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神社巡りするぞ 東京都杉並区「井草八幡宮」探訪

週末に、杉並区を代表するふたつの「八幡宮」さまにお参りしてきました。

ひとつは、JR西荻窪駅から徒歩で行ける「井草八幡宮」、そしてこちらも井の頭線西永福駅からほど近い「大宮八幡宮」。

どちらも杉並区で1,2を争う広さを誇る、格式の高い八幡宮さまだそうです。

ということで、たいへん広大な神社なようですが、まずは青梅街道沿いにそびえ立つ大鳥居に一礼し、ながーい参道をワクワク心踊らせながら進んでいったわけであります。

快晴の空に、朱色の大鳥居がデンと構える
社標も大通りからよく拝める

■「井草八幡宮」とはどんな神社なのか

  • その歴史はたいへん長いものらしく、なんでも、そのルーツは縄文時代にさかのぼるとかで(ホントかね)

  • そして平安時代の末期に、神社としてのカタチができあがり、そして鎌倉時代に「源頼朝」公が訪れたのを機に、武士の守り神でもある「八幡宮」になったらしい

  • 一番の特徴は、とにかく広い敷地で、東京ドームのグラウンドがすっぽり入るくらいらしいが、歩いているだけでは、その広さの実感はあまり感じず

脇にあった案内図、鳥居がいっぱいあるではないか

■祀られている御祭神はどなただろか

  • 最近勉強して覚えたが、「八幡宮」に祀られているのは「八幡大神(やはたのおおかみ)」つまりは第15代天皇であられる「応神天皇(おうじんてんのう)」に他ならない

  • 昔から文武の神様、そして国家を守る神様として、多くの武将や庶民から深く敬われてきたというわけだ

「北参道」側にある大鳥居

■そんなわけで「縄文時代の重要文化財」がザクザク

  • この神社とその周辺からは、大昔の住居跡や、土器がたくさん見つかっているという

  • 特に「釣手型土器(つりてがたどき)」なる縄文時代中期の土器は、国の重要文化財に指定されてるそうで

  • つまり、この場所がはるか昔から“祈りの場”であったことが証明されたということだ

こちらは「西鳥居」というらしい

■5年に1度「流鏑馬(やぶさめ)」が

  • 走る馬の上から、的に矢を射る伝統行事(流鏑馬)が、約5年ごとに行われるのだそうで

  • この行事は、とにかく長くてまっすぐな参道がなければ行えない

おっしゃる通り、参道はめちゃ広くて長い

■ということで、自慢の「長い参道」

  • この神社には、回ってみたところ4つほど入口(鳥居)があるようだが、青梅街道に面したメインの「大鳥居」から入るのが正解だ

  • ここからご本堂まで約200メートル、とにかくまっすぐな参道が続く

  • 確かに、「ウマの短距離走」ができそうな道

拝殿までなかなかたどり着けず、こちらは二階建て「楼門」

■夕方の「光」が見もの

  • 多くの神社は深い森のせいで、すぐ暗くなりがちだが、ここは日光があたる広い場所があり、晴れた日の夕方は「神聖でキレイな光」に恵まれるという(午前中に行ったからわかんねえよ)

これまた拝殿がキレイでご立派なのだ
あまりに美しくて、別アングルをば

■源頼朝がキレて名付けた「遅野井(おそのい)」

  • 頼朝公が軍を率いて東北方面に向かう途中、ここに立ち寄ったという

  • しかし当時はひどい干ばつで、飲水がなく兵士たちは困る

  • そこで頼朝公がヤケクソで地面を掘りまくってみると、水が湧いた

  • しかしその水の出方がアホみたいに遅かったそうだ

  • そして気の短い頼朝公は「なんじゃこの遅い井戸は」という意味で、これを「遅野井」と名付けたのだそうで

  • でもって、近くにある「善福寺池」の湧水地の名前由来となり、この地域はかつて「遅野井村」と呼ばれたそうな

■頼朝公御手植の松

これがそのありがたい「松」だ
  • 鎌倉幕府を開いた源頼朝公が、ゆかりの寺社に自ら植えたとされる松だそうで

  • 戦勝祈願や、平家打倒の誓いを込めたのだそうだ

…広いせいもあって、静かすぎるほど静かな境内。

いろ、と言われれば、いつまででもボケっとその場にいられる心地よい空気と景観に、後ろ髪をひかれる思いもありつつで

次なるターゲット「大宮八幡宮」へと向かうのでありました。

神社巡りするぞ  東京都杉並区「大宮八幡宮」探訪
に続く


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