中学生でもわかる「日本書紀」天皇編④ <第11代>垂仁天皇
※中学生でもわかる「日本書紀」天皇編③
<第10代>崇神天皇
からの続き
「日本書紀」は全部で30巻あるそうで。
最初の2巻は「神話編」。
こっちはワリと有名な話が多いのだが。
残りの28巻はすべて、歴代の「天皇」のハナシ。
さて、ここに何が書いてあるんだろう?
この手の初心者である吾輩は知るはずもなく。
知りたいではないか。
でも、原文なんて読めるわけねえし。
解説書なんかもいろいろ出てるけど、どれもなんだか難しい。
中学生程度な頭脳の吾輩にも、理解できるのないかね
ないなら、自分で書いてみよう!
ということで。
【日本書紀 第6巻:<第11代>垂仁(すいにん)天皇】
前代・崇神天皇の後を継いだのが「垂仁天皇」
崇神天皇は、お父さんだったようで
いわゆる国技の「相撲」は、この時代に始まって
「(伊勢)神宮」ができたのもこの時代なんだって
土の人形「はにわ」が生まれたのもこの時代だそうで
そんな頃の天皇さま、さて何が書いてある?
こんなのも参考にしました
■#即位前紀・元年紀
天皇になる前、当時は「イクメイリビコ」と呼ばれた
この方は、父親である崇神天皇の三番目の息子だった
崇神天皇から「何が欲しいものあるか?」と問われ、賢い答えをした三男を、次の天皇(皇太子)に選んだ
崇神天皇亡き後、予定通り次期天皇となり、奈良県の「マキムクタマキノミヤ」に宮殿を建てて国を治めた
■#相撲の元祖
当時、「出雲の国(島根県)に、「野見宿禰(のみのすくね)」という、めちゃめちゃ怪力の大男がいたとか
いっぽう、大和の国(奈良県)にも力自慢で有名な「當麻蹴速(たいまのけはや)」がいて試合をすることに
結果は、野見宿禰が相手のあばら骨や腰の骨をへし折って大勝利、これが日本における初の「相撲」試合
■#伊勢の祭祀
これは、三重県にある「(伊勢)神宮」誕生のお話し
それまで、最高神とされる「天照大御神」は天皇の近くに祀られていたが、そこに垂仁天皇が異論を唱える
「神様がもっと落ち着ける、ふさわしい場所を探してきなさい」と娘(倭姫命=ヤマトヒメ)に旅を命ずる
姫が日本中を探し回った結果三重県の伊勢に行き着く
そこで「ここは波も穏やかで、素晴らしい国であるぞ、ここにいたい」という神様の声を聞き、神宮を建てた
■#埴輪の起源
以前は、偉い人が亡くなると、仕えていた部下や奴隷を「墓に生き埋める」という、残酷な習慣があった
垂仁天皇はこれに否定的
ならばと野見宿禰が「人のかわりに人形を」と提案しこれが埴輪の始まりとなる
■#田道間守(たじまもり)
垂仁天皇は晩年「不老不死の果実が欲しい。海の向こうの国へ行って探してこい」と家来の田道間守に命を
田道間守は10年も探し回り、ついに「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」なる霊薬を入手し帰国する
しかし天皇はすでに他界され、田道間守はお墓の前で悲しみのあまり泣き叫び、後を追うように亡くなった
ちなみにこの「不老不死のみかん」は日本初の「甘い果物」だったため田道間守は“お菓子の神様”となる
...このあと「蘇我氏」だの「物部氏」だのが出てきて
波乱万丈な世の中になるのかと思うと
なんだか平和なひとときだったんだなあと
そんな気がした次第で。
中学生でもわかる「日本書紀」天皇編⑤
<第12代>景行天皇
に続く
