見出し画像

幸福は「快楽」か?"快楽主義元祖アリスティッポスは肉体的快楽,刹那的幸福を肯定"-幸福の本質3

刹那的、肉体的快楽を認め「今を楽しむ」ことを肯定するアリスティッポス

幸福に関する主要三学説
1.快楽説
2.欲求達成説
3.客観リスト説  のうち

「快楽説」の元祖、アリスティッポスの紹介です。

「快楽主義」で有名なのはエピクロスですが
元祖はアリスティッポスとされています。

「キリギリス的快楽も、
それはそれでいいではないか。」
我々が通俗的な意味で理解する
「快楽主義」に最も近い
のが古代ギリシアの哲学者
アリスティッポス(Aristippus 紀元前435年-356年)
の思想です。
※本記事は下記記事の続編です。

時代的には、エピクロスよりも先行しており
「快楽主義」の祖とされています。

「快楽説」を意味する英語
Hedonism Theory」の語源となっているのは、
ギリシア語の「ヘードネー」(ἡδονή=hedone)
という言葉であり、快楽を意味します。

エピクロスの「快楽主義」は
アリスティッポスの思想を、
正反対と言っていいほど修正したもの
です。

アリスティッポスは、ソクラテスを慕って
アテネに行き弟子となっていますが、
ソクラテスが決して受け取らなかった
説法の謝礼を、彼は積極的に受け取るなど、
その異端ぶりは際立っています。

贅沢な暮らし、美食や高級ワイン、
性的享楽による官能等を謳歌し、
「肉体的快楽」の方が「精神的快樂」
よりも大きいと主張したとされています。

刹那的な快楽、肉体的な快楽を
積極的に肯定したので
「快楽の奴隷」などと攻撃されましたが、
それらを人間の本性として認め、
向き合ったと見ることもできます。

彼は
「将来の『快楽』のために、手元にある
『快楽』を先送りするべきではない」
と教えました。

エピクロスがあくまで、今は我慢しても将来得る
結果の「快」「幸福」を重視する
―倫理学で言う帰結主義(consequentialism)―
であるのに対して、
日常生活における、その時々の幸福感としての
「Happiness」を積極的に肯定する立場です。

アリスティッポス(=キュレネ学派)
は次のように言っています 。

  1. (違う種類の)快楽と快楽との間に(質的な)差はない。

  2. ただし、精神的な快楽よりも、肉体的快楽のほうがはるかに優れている。苦痛についても、精神的なものよりも、肉体的なものがずっと悪い。

  3. 快楽は、苦痛がないという状態のような静的なものではなく、動的な肉体的、精神的運動の中にある。

  4. 幸福は、部分的な(個々の)快楽を合わせ集めたその総計である。その中には過ぎ去った快楽も将来起る快楽も含まれている。

また
「最高のことは『快楽』を控えることではなく、
『快楽』にコントロールされずに、
それらをコントロールすることだ」
と述べました。(注*)

古来、偉大な哲学者と言われる人たちの思想は、
枯淡の境地と言うべき「悟り」を開いた末、
たどり着いた思想が多いように見受けられます。

やや聖人君子の理想論にすぎるきらいがあり、
日常生活の上で実践していくのには、
大変な克己心が必要なです。

美しいけれど大多数の人々に実践困難な規範は、
タテマエと本音という乖離を生じがちです。

そうすると、人々は形骸化した規範に
後ろめたい罪悪感を持ちながらも、
糸の切れた凧のような、
欲求の放縦を制御できない
アンビバレンス(両面価値)
に悩むことになります。

時代と地域が異なる中世日本のことですが、
親鸞は、そのようにして形骸化し、
多くの人々を救えていない
既成の仏教界の偽善を厳しく批判しました。

私は、アリスティッポスの思想を
全面的に受け入れるものではありませんが、
人間の本性をおおらかに受け入れた上で、
自己の適切な管理下に置くという考え方は、
自然で現実的なものだと考えます。

(注*) Internet Encyclopedia of Philosophy https://www.iep.utm.edu/aristip/

最後まで記事を読んでいただき
ありがとうございます。

今後も幸福に関連する記事を
毎週数回は投稿してまいりますので、
好き・コメント・フォローなど
いただけますとありがたいです。

イーハピネス株式会社 代表取締役 松島紀三男

いいなと思ったら応援しよう!

イーハピネス(株) 代表取締役 松島紀三男 ご支援ありがとうございます。くださったチップは、調査等に使わせていただきます。