案内所流 後悔のトリセツ ~episode1~
「あ~…もう、なんで!」
「…どうしよう。私、どうしよう…」
通る人は一日に何度でも通る。
『後悔』
この人はあまりなさそうだけど、
聞いてみましょう。
「後悔? してるわよ、何度も。
あなた、
私をロボットか何かとでも思ってるの?」
私は急にもごもごと、
「いえ、とんでもないです」と、
次の言葉たちが泡沫に消えていく。
(…この人の眼光はなかなかのものです)
蒼子さんは、
私の沈黙をどう受け取ったのか、
「お茶が必要?」
「いえ、自分の家から持ってきたので」
「…そう」
分かり易すぎる落胆の表情。
半分本気で半分計算。
この人は、本能も武器にできる人だから。
「後悔が始まったら、うじうじくじくじ。
その泥沼から抜け出せないのが、
普通だと思うんですけど…」
蒼子さんは自分にだけお茶を淹れる準備。
ちらっとこちらを、
一瞥(いちべつ)するのみ。
「…少数ですけど、
『後悔はもう終わり。次に行こう!』
みたいな思考ができる人、
確実にいますよね。
この、二人の違いはなんなんでしょう?
ちなみに私は圧倒的に、
うじうじなめくじ君ですけど」
蒼子さんはクスリともしてくれない。
(ほんと、ユーモアのセンスが合わない。
…めげないけどさ。
…そもそもセンスがないのか?)
私はお出かけの際に必ず携帯している、
水筒から薄紅色の液体を、
トクトクと水筒付きのコップに注ぐ。
蒼子さんはクンと鼻を鳴らし、
「お酢?」
「ザクロ酢です。原液を薄めてます。
かぶかぶ飲んでも、
カロリーはそれほどですし、
果糖もほとんど入ってません」
蒼子さんが「私にも」とばかりに、
カウンターから身を乗り出し、
春の暖かな日差しを柔らかく反射する、
グラスのコップを差し出してくる。
「あなた、時々女の子よね」と、
蒼子さんはザクロ酢を一口。
感想はない。
想定内ということか。
「味はおまけです。
抗酸化作用がメインテーマですから。
で。
雑談しながら思考を回してますけど、
さっぱりです」
「答え、もう言ってるわよ、それ。
その二人、どこを見ながら言ってるの?」
「え?
散らかった自分の部屋の床か、
雲一つない青空ですか?」
「あなた、基本的に面倒よね」
「それ、よく言われます」
「『軸』が違うわよ」
「軸ですか…ぱっと思いつくのは、時間軸か。
ふむ…そういうことなのか」
私は薄いザクロ酢を飲み干し、
水筒に戻す。
「後悔は当然、
過去の出来事に対してだから、
思考まで『過去』に囚われていては、
脱出しようもない?」
「もっと言うなら、『感情』ね」
「なるほどね。
感情もまた過去のもので、
変えることはできない。
そこに執着しても出口は初めからない。
でっかい開かない扉があるだけ」
私は案内所の重厚な扉を見やる。
今日は黒猫、いないのかな。
「自分を責めることを『目的化』してる、
とか言うわね」
蒼子さんは、
「あなたといると説明過多になるから…」と呟き、はっきり言った。
「嫌いだわ」
でも、そう言う蒼子さんは、
口の端が挑戦的な笑み。
「私は好きですよ。だからここにいる」
私は仕事の延長のつもりで、
つい返してしまう。
それから少し大仰に腕を組み、
考えてみる。
「…感情を排して…分析してますかね?」
「一個、抜けてる」
「え……わからん。
すみません、不肖(ふしょう)の弟子で」
「いやよ、あなたの師匠なんて」
(あ、これ、本気で嫌がってる)
「ん? 現状を認めることかな。
後悔している自分を認めてあげる、
みたいな?」
蒼子さんは「色はいいのよね」と、
ザクロ酢のグラスを、
キラキラと反射させている。
これはもう、何も言いません。
という意思表示か?
「後悔の原因は、
性格とか意思の薄弱じゃ…
なかったですもんね?」
蒼子さんの舌先が出ていた。
チラとだけこちらを見る。
「認めることですね?
自分は完璧じゃないみたいな。
…うん、受容か」
「ただ、止まってみるのよ。
深呼吸でもしながらね」
瞬間、誰の声か疑うほど優しい吐息。
「…視界が広がるイメージですね」
「思考もね」
私は水筒をリュックに仕舞い、
帰り支度を始めようとして、止まる。
「蒼子さん、最後にいいですか?
後悔は『もし』という仮定で、
現実逃避したくなりますけど?
つまり、
現状分析が分析の体をなしてない」
「それも答え、言ってるでしょ?」
蒼子さんが「はい、どうぞ」と、
リュックを背負わせ、
私もつい背負ってしまう。
私は声でも抵抗しようと――
「後悔するのは良いこと? 悪いこと?」
「え、良いことにしたいですけど」
蒼子さんは「らしいわね」と、肩を落とす。
「良いこと、と決めつけなさい。
理由はいくらでも後付けできる。
向上心の裏返し、とかね」
「後悔は良いもの。ラッキーみたいな
そこからスタートしなさい、と」
「あ~あ、全部言っちゃった」とばかりに、
蒼子さんが肩をすくめる。
そのタイミングで、
黒猫が玄関の猫用扉から入ってきた。
「にゃー」
私は面と向かい、そう言われた。
【本日のお題】
『蒼子さんは高嶺の花?』
【かみこて流一歩目】
『こんな恋の始まりもあるかも』
【次に進む】
【前に戻る】
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太っ腹♥
きっと、良いことがあったんだね💫