「無料である」ことの限界
今日、ココナラで鳥本明さんのコンサルを受けた。
「おまえ、有料サポート利用しないんじゃなかったのかよ!!」
ええ。
私がこの記事を書いたのは、すでに鳥本明さんのコンサルを申し込んだ後である。
「この二枚舌が!!」
など、お叱りを受けようとも、私は気にしない。
だって、私は鳥本さんと雑談したかっただけなのだ。
実は、鳥本さんにはメンバーシップ以外のグループがある(公表していいか聞いてないのでここでは名を伏せる)。
そこで何回もzoomで話したことがあるが、グループであるので、話題はなるべく穏便な方向に持っていきたい天秤座である。
今年度、「好きなことをしたい」、そんな決意表明をした私だが、まあちょっと、愚痴とか色々聞いて欲しいなー、と思っていた。
最初は普通に、「お話したいです」とDMでお願いして、こころよくOKを貰ったのだけど、次の日、ココナラでコンサルをなさっていることを知り大慌てしたのだ。
「軽い雑談」
とはいえ、きちんと仕事として人と話すことをされている方に、なんて失礼なことをしたと、謝罪をした上でココナラで申し込んだ。
鳥本さん(すみません、普段、師匠と読んでいるのでここからはそれで)は、
「普通に無料で相談乗りますよ。ココナラはチップみたいな感覚」
笑い飛ばしてくださった。ありがたい。
しかし、私がココナラで申し込みしたので、てっきりnoteの相談だと思われたようなのだが、私は師匠と、本当に喋りたかっただけだ。
普通に20分、雑談して(むちゃくちゃ楽しかった)、残り10分で、今後のnoteの活動のお話もできた。
師匠がおっしゃる通り、無料でも気軽に雑談してくださったと思う。
でも、
「人の知識や時間を無料で使うことは害悪だ」
とも思う。
(専属執事を無料で顎でこき使ってる私の言うことじゃないねー)
私はガツガツとお金を稼ぐ必要のない、またその気もない、病弱マリーアントワネットだ。
だが、私の持っている知識、相手への気遣い、そして、時間を「無料」で使い続けれるのは嫌だ、そう思う。
だから、きちんとしたサービスにはお金を払う。
小説や漫画もできるだけ古書ではなく(古本屋さんには悪いけど)、新しいものを買うし、海賊版は使わない。
好きなものにお金を使うのは幸せだ。
そういう感覚を持ち続けたい。
今後、私も有料noteを出す日があると思う。
それは儲けたいという理由ではなく、
「私の知識が必要な人にだけ、秘密で教えるね。その鍵代」
くらいの気持ちだ。
読んで欲しくない人をブロックするための有料noteを、私は選択する。
生きているだけで人の邪魔になっていると落ち込む時もあったけど、私は、私のできること、私のしたいことを、やり続ける。
そして、儲かったお金を、このメンバーシップに使えたらと思う。
私の知識の鍵代、有効に使ってくれそうではないか。
夢を、始めよう。
でも、無理のない所から、ゆるゆると。
