離職率の「中身」と「選ぶ経営」〜誰にとっての居心地良さを目指すのか〜
組織の「代謝」と「リテンション」の本当の意味
社員が辞めてしまう。
これに対してネガティブな感情を抱くのは、当然のことです。
苦楽を共にしてきた仲間がいなくなるわけですから、どんな理由であれ、そこには寂しさがあります。
「できれば長く一緒に働きたかった」「残ってほしかった」と思うのも、人間として自然な気持ちでしょう。
ですが、経営や組織運営の視点に立ったとき、少し冷静になって考えてみたいことがあります。
私たちは、会社の「人数」や「退職率」という数字に、少し囚われすぎてはいないでしょうか。
もちろん、極端に高い退職率は問題です。一般的に「健全な代謝」と呼ばれる退職率の適正範囲(例えば10〜15%程度など)という目安も、一応の定義としては存在します。
※業種、採用難易度、成長フェーズにも依ります。
しかし、私がここで問いかけたいのは、もっと本質的な部分です。
本当に大事なのは、何人辞めたかという「人数」でも、何%かという「比率」でもありません。
大事なのは「中身」です。
「今回辞めたその人は、誰だったのですか?」
その方は、会社としてこれからを託したかった優秀な人材、ハイパフォーマーだったのでしょうか。
それとも、会社としては高い評価をしていない、あるいは期待に応えられていなかった人材だったのでしょうか。
数字の裏にある、この「誰が」という事実こそが、組織の健康状態を知るための本当の指標なのです。
会社は学校ではない、という当たり前の話
ここで、ひとつの問いを立てさせてください。
「あなたの会社は、”誰にとって” 居心地の良い場所を目指していますか?」
「みんなにとって働きやすい会社」
「社員全員が笑顔でいられる職場」
そんなスローガンをよく見かけますが、はっきり言います。
「みんなにとって居心地が良い」なんていうことは、ありえないわけです。
なぜなら、会社は学校ではないからです。
学校には、授業料を払ってそこに通う生徒がいます。生徒には「そこにいる権利」があり、学校は生徒を守る義務がある。
でも、会社は違いますよね。「そこにいる権利」という考え方は、一度手放したほうがいいですね。
企業は、何のために存在しているのか。
それは「目的」を達成するためであり、突き詰めれば「企業価値の最大化」のために存在しています。
私たちはその目的のために集まっていて、それぞれの役割でパフォーマンスを発揮する。
その対価として報酬を得ているわけです。
もちろん、そこに「自分らしさ」という概念は必要でしょう。「自分ならではの価値の出し方」があっていいし、個性が尊重されるべきです。
けれど、それはあくまで「価値が発揮できている」という前提があっての話です。
もし、その人がパフォーマンスを発揮できず、価値を生み出せていないのであれば、その人を養い続ける義務は会社にはないですね。
これは冷酷な話ではなく、契約の基本です。
少し前に流行った「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」とか「心理的安全性」といった言葉。
これらが現場でうまくいかないのは、この「前提」を履き違えたまま、都合よく解釈されてしまっているからではないでしょうか。
「痛手となる離職」と「健全な代謝」
そうやって「企業は価値を生む場所である」という前提に立ったとき、初めて「退職」という現象を正しく評価できるようになります。
人事や組織マネジメントの世界には、「Regrettable Turnover(痛手となる離職)」という言葉があるのをご存知でしょうか。
これは文字通り、会社として将来を期待していた次世代リーダーや、替えの効かないハイパフォーマーが辞めてしまうことを指します。
経営として、最も避けなければならない事態です。
一方で、会社のカルチャーに合わない人や、求められるパフォーマンス基準に達していない人が辞めることはどうでしょうか。
冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、組織にとっては「健全な代謝(メタボリズム)」と言えます。
ここで一番恐ろしいシナリオは何だと思いますか?
それは、離職率が高いことではありません。
「Regrettable Turnover(痛手となる離職)が起きているにもかかわらず、全体の離職率という数字に埋もれて見えなくなっている状態」です。
もっと言えば、優秀な人から順番に愛想を尽かして辞めていき、変化を好まない「ぶら下がり社員」だけが残っている状態。
これで離職率が低く出ているとしたら、それは「安定」ではありません。
組織の「壊死」が始まっているサインだと、私は思います。
這い上がるための「梯子」はかかっているか
誤解してほしくないのですが、私は「評価が低ければ見放すべき」と言っているわけではありません。
今はまだ評価されていない人、あるいは一時的にパフォーマンスが落ちている人に対して、「二度とチャンスがない組織」であってはならないと思っています。
健全な組織とは、適切な評価と、耳の痛いことも含めたきちんとしたフィードバックが行われる場所です。
「あなたは今、ここが足りていない」「会社はあなたにこうなってほしい」ということを明確に伝え、そこから這い上がるための機会(チャンス)は常に提供されているべきです。
梯子は、常にかかっています。
しかし、その梯子を登るかどうかは本人次第です。
フィードバックを受け止め、行動を変えようとする人には全力で支援をする。
けれど、梯子を登ろうともせず、変化を拒む人にまで、いつまでも寄り添い続ける必要はないのです。
「機会は平等に与えるが、結果に対してはシビアであること」
これが、プロフェッショナルな組織の優しさだと私は考えます。
経営の責任は「選ぶ」こと
組織の壊死を防ぐために、経営者は何をすべきなのでしょうか。
答えはシンプルです。
「誰をバスに乗せるか(誰を大切にするか)」を、覚悟を持って選ぶことです。
成果を出したい「優秀なチャレンジャー」にとっての居心地の良さは、成長や貢献の実感です。
一方で、変化を拒む人にとっての居心地の良さは、現状維持とぬるま湯です。
この二つは両立しません。
あなたが本気で企業価値を高めたいなら、成果を出す人を徹底的に優遇するべきです。
そうすれば必然的に、ぶら下がりたい人にとっては「居心地の悪い会社」になります。
それでいいんです。
むしろ、そうでなくてはいけません。
万人に好かれようとする八方美人の経営は、結果として誰からも愛されない組織を作ってしまいます。
形から入ってはいけない。組織づくりの正しい「順番」
最後に、具体的な手順についてお話しします。
多くの組織が不一致を起こす最大の原因は、「順番」を間違えていることにあります。
よくあるのが、「最近流行りだから」と、ジョブ型雇用や1on1、D&Iといった「制度(システム)」から導入してしまうパターンです。しかし、本来あるべき順番は逆です。
1. ビジョン・パーパス(目的):
まず、会社として何を目指すのか。どこへ向かうのか。
2. 求める人材像(人):
その目的を実現するためには、どんな人材が必要なのか。誰と一緒にバスに乗るのか。
3. 人事制度(仕組み):
その人たちが最大限のパフォーマンスを発揮し、報われるためには、どんな制度が最適なのか。
この「1」と「2」がないまま、いきなり「3」の制度だけを整えても、それは魂の入っていない仏像を作るようなものです。
「私たちの会社は、ここを目指す」
「だから、こういう人を求めている」
「そういう人が一番輝ける制度を、こうやって作った」
この一貫性が、本当に必要な人材を惹きつけ、組織に健全な代謝をもたらします。
離職率という数字に惑わされず、その「中身」と向き合うこと。
そして、嫌われる勇気を持って「私たちの会社」を定義すること。
それが、強い組織を作るための第一歩だと、私は考えています。
著者プロフィール:
Effica株式会社 代表取締役
全米NLP協会認定トレーナー
柳下早紀
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