「11時23分の時計台」~#天音町の奇妙な名所~ジョジョ企画
天音町の中央にある広場には、明治時代に建てられた時計台がある。
奇妙なことに、その時計台は「11時23分」を指したまま止まっている。
__「故障して動かないのではなく」、最初から動かないのだ。
天音町の正式コンサルタントの新構造真(しんこうぞうしん)は、町役場から依頼を受け、シンボルの時計台を調査していた。
動かない時計台の意味は無く、取り壊して作り直す計画があるとのことだ。
助手の三枝が横で呟いた。
「私も小さい頃から知っていますが、この時計台の意味は何でしょうね」
「この時計台を設計したのは、数学者だろう」
「数学者?」

「11時23分。見てごらん、11も23も、立派な素数だ。だが、それだけじゃない。この数字を並べてごらん。『1、1、2、3』……。数学に詳しい者なら、この数列を見て身震いしないはずがない」
「助手の三枝は、手帳にメモを取りながら首をかしげた。 「1、1、2、3…。あ、フィボナッチ数列ですか?」
「その通り。前の二つの数字を足すと、次の数字になる。1+1=2、1+1+2=4……いや、1+1=2、1+2=3。生命の螺旋、黄金比を司る神秘の数列だ。この時計を設計した数学者・博士は、この町にある『ある法則』を封じ込めるために、あえて時間を止めたのだよ」
「時間を……封じ込める?」
新構造真は時計台の土台にある、古びた真鍮のプレートを指さした。そこには、幾何学模様と共に奇妙な一文が刻まれている。
『割り切れない真実(素数)は、螺旋(フィボナッチ)の中にのみ眠る。』
「三枝君、この時計台を壊してはいけない。これは単なるシンボルじゃない。天音町に流れる『不規則な時間の歪み』を、数学の力で固定している『重石(おもし)』なんだよ。
「先生、どういうことですか?」
「もしこれを取り壊してみろ。天音町の時間は、それこそ収拾のつかない『奇妙な事態』に陥るだろう」
「そんなの信じられません!」
「三枝君、君は『不思議の国のアリス』をただの童話だと思っているのかい? 作者のルイス・キャロルは、保守的な幾何学を愛した数学者だ」
「えっ?あのアリスの作者が?」
「例えばアリスが大きくなったり小さくなったりするのは、時間が円環構造(ループ)に陥った時の『四元数』的な停滞を表しているという説がある。
つまりだ、数学者が設計したこの時計台が指す『11時23分』も、止まっているのではなく、『この場所だけ論理の座標がズレている』ことを示しているのさ」
「全て先生の妄想では?」
「さぁ、どうかな……見てごらん三枝君。この真鍮の歯車、一点の曇りもない。明治時代の100年前の潤滑油が、今さっき塗られたかのように瑞々しい。これをどうやって説明する?」
__真はペンライトで巨大な脱進機(エスケープメント)を照らした。
「通常、機械は動くために作られる。だがこの時計台は違う。『いつでも動けるが、動かないこと』を維持するために、この複雑な機構が完璧に機能しているんだ。 宇宙の崩壊から取り残されたように、この空間だけが、時間が止まっているのだッ!」
「そんなこと…」
「町役場も知らない"時計守"が天音町のどこかに潜んでいる。この時計台の管理者はもしや‥‥」
「そういえば、時計台のベンチに座っている、あのおじいさん。私が小さい頃から姿が変わらない。噂では透明なチェスを使って勝負を挑むらしいわ」
ゴゴゴゴ‥‥
「そうか。なるほど。管理者はヒントをくれている。スコットランドの牛の話を知っているかい?
普通の人は牛を見て『スコットランドの牛は黒い』と言う。物理学者は『黒い牛もいる』と言う。だが数学者はこう言うんだ。『ここには少なくとも1頭の牛がいて、少なくともその片面は黒い』とな」
「先生、またおかしなこと考えてるんでしょ」
「姿が変わらない……。それは彼が『時間の流れ』というベクトルを持たない存在であることを示唆している。そして『透明なチェス』か。
数学者にとって、見えない駒を扱うことは苦ではない。盤上に存在するのは木製の駒ではなく、論理の座標(インデックス)そのものだからだ」
「不可能を消去して最後に残ったもの、それがどんなに信じがたいことでも、真実なんだ」
‥‥ドゴゴ ドドドドドォ
__真はゆっくりと、老人の方へ歩み出した。その足取りには、未知の数式を解く時のような、静かな狂気と歓喜が混じっている。
「……先生、それ以上はやめてください!」
真は老人の前のベンチに腰を下ろした。そこには、一見して何も置かれていないテーブルがあるだけだ。

「おじいさん。チェスの対局をお願いしたい」
老人は、彫刻のように動かない。ただ、見えない右手をゆっくりと盤上に伸ばし、「カツン」と、そこにあるはずのない駒を動かす音が響いた。
「何を賭けましょうか」真が尋ねる。
「ワシが勝っても何もいらんよ。ただし、君が勝ったら、失くした靴下の片方を見つけてあげるよ」
「……靴下の、片方?」
助手の三枝が吹き出した。だが、新構造真の顔からは血の気が引いていた。
「三枝君。この靴下の片方が紛失する現象こそ、この宇宙で最も抗いがたい力、『エントロピーの増大』の象徴なんだ」
新構造真は震える指でメガネを押し上げた。
「洗濯機の中で、あるいはクローゼットの隅で、なぜか一つだけ消える靴下。それは、宇宙が混沌へと向かうプロセスで生じる、不可逆な秩序の崩壊――散逸構造そのものだ。この私が再定義されたッ!」
「それを『見つける』ということは、時間の矢を逆転させ、増大し続ける混沌をねじ伏せ、失われた秩序を完璧に再構築することに他ならない……」
「初手、D4(クイーンズ・ポーン)!」
老人が透明な駒を動かす宣言をした瞬間、止まっているはずの背後の時計台から、「ギチッ……」と、巨大な圧力が軋む音が響いた。
その瞬間、三枝の声が一拍遅れて耳に届いた。
「おじいさんの影だけが、11時23分の角度で固定されています」
「なるほど、透明のチェスで素数の【混沌の中の秩序】の解を教えてくれるのかッ!リーマン予想の零点の座標が、Nf6…面白い!こいつぁグレイトだ!」
助手の三枝は、新構造真がこうなると、何も耳に入ってこないことを知っていた。
「あの‥‥先生。時計台の調査報告書どうしますか?」
「君が適当にしてくれたまえ」
「あの説明を報告しても誰も信じないですよ」
「そうだな…あの時計台は世界一正確な時計で、『町の宝』ですと書いておけ」
「はぁ?」
「止まっている時計は、一日に二回、完璧に正確な時刻を示す。更に、この時計台は11時23分という永遠の秩序を保っている。
一日に二回どころか、この場所においては常に『今』が正解なのだよ。 これ以上に正確な時計が、この宇宙のどこにあるというのかね?」
「先生‥‥いつものオラオラ『これでイイのダ』ですか!」
「真に完成された時計は、動く必要すらない」
新構造真は震える指先で、何もない空間にあるはずのナイトを跳ねさせた。
三枝は呆れたように二人のチェスの対局を見守った。「失くした靴下の片方が見つかるといいですねぇ…」
――そして時計台は、やはり11時23分を指したままだった。

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〇新構造真 スタンド物語
