伝説のクソ映画はどうやって生まれるのか?
こんにちは!えひめITラボの代表のせいけです。今回はちょっと趣向を変えて「映画」のお話をします。
世の中には、数えきれないほどの映画がありますが、中には「どうしてこうなった…」と、観た人全員が頭を抱えてしまうような、語り継がれるレベルの「クソ映画」が存在します。
プロのクリエイターが集まり、何億円もの大金をつぎ込んで、なぜそんな失敗作が生まれてしまうのか。その裏側にある、切なくてちょっと笑える理由をわかりやすく解説します。
(今日の一言: クソ映画を見た時の時間を無駄にした感はキツいですよね)
誰も「ダメ」と言えない空気が地獄を作る
映画作りにはたくさんの人が関わります。でも、そのパワーバランスが崩れると、一気に完成度が危うくなります。
偉い人のこだわりが暴走する
監督やプロデューサーがものすごく力を持っている場合、その人の「どうしてもやりたいこと」を誰も止められなくなります。たとえそれが、ストーリーの流れをぶち壊すようなアイデアであってもです。
「砂漠の真ん中に巨大なクモを出そう!」なんて誰かが言い出して、それがどんなに物語に合わなくても、周りは「いいですね!」と言うしかない。そんな「裸の王様」状態が、クソ映画への第一歩です。
周りがイエスマンばかりになる
映画はチームプレーです。お互いに「それはおかしい」「もっとこうしよう」と言い合える関係ならいいのですが、現場が「偉い人の機嫌を損ねないこと」を最優先にするようになると、内容のチェック機能が完全に死んでしまいます。
「足し算」ばかりで中身がぐちゃぐちゃ
「いい映画にしたい」という気持ちが空回りして、何でもかんでも詰め込みすぎてしまうのもよくある失敗パターンです。
あれもこれも詰め込みすぎる
「派手なアクションも入れたい」「感動の恋愛要素もほしい」「今流行りのギャグも入れたい」と欲張ると、映画のテーマがボヤけてしまいます。結果として、何が言いたいのかさっぱりわからない、支離滅裂な内容になってしまうのです。
現場での修正が追いつかない
撮影が進む中で「やっぱりここを変えよう」という変更が何度も入ると、前のシーンとつじつまが合わなくなります。後から無理やりつなげようとして、説明不足のまま話が進んでしまい、観客は置いてけぼり。これが、クソ映画あるあるの「意味不明なストーリー」の正体です。
そもそもお金と時間が足りない
身も蓋もない話ですが、予算とスケジュールが破綻しているケースも多いです。
予算が尽きてCGがスカスカ
最初は壮大な計画を立てていても、途中で予算が底をつくことがあります。すると、一番の見せ場のはずのシーンで、急にCGのクオリティが20年前のゲームみたいに安っぽくなってしまう。そんな「見た目のガッカリ感」が、クソ映画の烙印を押される原因になります。
スケジュールがタイトすぎて妥協の連続
「この日までに公開しないといけない」という期限が厳しすぎると、本当は撮り直したいシーンがあっても「もうこれでいいや!」と妥協せざるを得ません。その妥協の積み重ねが、映画全体の質をどん底まで落としてしまうのです。
最後に:クソ映画は「本気の失敗」から生まれる
実は、本当に語り継がれるようなクソ映画というのは、適当に作ったから生まれるのではありません。作り手たちは意外と、大真面目に「最高に面白いものを作ろう」としていたりします。
その「情熱」と「ボタンの掛け違い」が奇跡的なバランスで組み合わさったとき、誰にも真似できないような伝説のクソ映画が誕生するのです。
私たちITの世界でも、良かれと思って入れた機能が使いにくくて不評を買う、なんてことはよくあります。映画制作の失敗から学べることは、意外と多いのかもしれませんね。
以上、えひめITラボのせいけでした!
