interview Camila Meza "Portal":人間にはもっと美しい現実をこの世界に生み出す力があるって信じてる(9,000字)
カミラ・メサが久々の新作を発表した。リリースはスナーキー・パピーのマイケル・リーグ率いるGroundUPから。
カミラと言えば、卓越した歌とギターを駆使した音楽のイメージだが、本作そこに止まらない。エレクトロニックなサウンドやポストプロダクションにもチャレンジをしてる。彼女のはエレクトロニックでシネマティックなサウンドを自ら作り出すことに成功している。
また本作にはカミラの視点を通して見た世界を巡る様々な状況が映し出されている。もともと彼女のはメッセージのある曲を歌う人だ。
ミルトン・ナシメント「Milagre dos Peixes」、パット・メセニー&デヴィッド・ボウイ「This is not America」のような政治的な文脈が感じられるもの。ジャヴァン「Amazon Farewell」、ヴィクトル・ハラ「Luchin」のような環境問題にも通じるもの。彼女は積極的にそういった曲を歌ってきた。そして、チリの先住民のことにも思いを馳せる人でもあった。
その姿勢はそのまま新作『Portal』にも入っている。つまり、これまでの彼女の姿勢そのままの部分もあれば、新たなチャレンジもある。それらがこれまでの彼女の作品とは少し異なるムードで調和している。
そんな彼女の新境地について話を聞いた。

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:原口美穂 | 協力:コアポート
◉ "Portal"のコンセプト
――このアルバムのコンセプトから聞かせてください。
まず最初に言っておきたいのは、このアルバムのほとんどの楽曲が、NYのジャズ・ギャラリー(Jazz Gallery)から依頼を受けたコミッション・ワークの一部だったということ。約8ヶ月間で1時間分の音楽を書き下ろる必要があった。私にとっては、それだけの音楽をその期間で作るのは短いなって感じ。普段はもっと長い時間をかけるから。つまり、今回はまったく違うやり方で曲を作ってる。
ほぼ毎日作曲していたから、アイデアが連続してつながっていく感覚があって、楽曲全体がひとつの物語のようになっていって、最終的には、まるで頭の中に映画が流れているような感覚になった。
当時の私は、全体が「何についての音楽なのか」は自分でもはっきりわかっていなかった。でも、頭の中には「変容」や「闇を光に変えるようなイメージ」が浮かんでいて、自分の音楽を通して「調和」をもたらしたいという強い思いがあった。それは私の個人的な生活のあらゆる領域にも当てはまったし、社会全体――正直言って、今もなお見えている社会の状況にも当てはまった。
だからこのアルバムに関しては語るべきことがたくさんある。テーマがとても広範だから。そしてこの曲たちは6年の時を経て、私にとってさらに豊かな意味を持つようになってる。
――そのコミッションを受けたのはいつ頃ですか?
2019年。2019年の6月にライヴで演奏したから既に6年経ってる。
多くの曲は、NYのアパートで書きました。何ヶ月もずっと取り組んでいたから、チリで作曲した時もあったと思う。
作曲の面でも、今回のプロセスは興味深かった。インスピレーションを得るために、さまざまな方法を探る必要があったから、時にはギターを手放してピアノを弾いたりもした。私はピアニストではないけど、何かの音からインスピレーションが湧くかもしれないと思って、特に意味も考えずにとりあえず音を出してみたりしてた。ギターを弾いてると、「あ、このコード知ってるな」と思ってしまって、それに対してすぐに判断してしまって、そこで止まってしまう。だからそういう思考から逃れるための方法をいろいろ試してみた。ギターのチューニングを変えることもそのひとつ。それにより新しいコードや響きを手に入れようとした。そういうプロセスを経て曲が生まれていくのはとても楽しかった。
――手癖から逃れることで新しいものを自分の中から出そうとしたと。
あと、世界の状況とこの作品の関係についてなんだけど、これはある意味で「続き」のような感じもある。ここ10年くらい、ずっと続いてる流れというか。重たい空気だったり、人間同士の対立とか不協和音があちこちで起きてる。でもその一方で、そこに対抗するようなエネルギーも確実にあって、「目覚め」とか「気づき」みたいなものを感じてる。「こういう世界があったらいいな」っていうビジョンをちゃんと描くことで、それに向かって進もうとする力があるなって。
だからこのアルバムの曲たちは、どこか祈りのような形でできていて、私が信じてる理想や、こうなってほしいって思ってる世界を音楽の中で描いてるんです。今の世の中はまだ暗い部分もあるけど、それでも私は希望を失ってないし、人間にはもっと美しい現実をこの世界に生み出す力があるって信じてる。
このアルバムはずっとそのエネルギーに立ち返っていて、「光を探し続けよう、私たちにはできるんだ」って何度も語りかけてくるような作品になってると思う。
◉ 予言的な側面
――僕は最初に聴いたときにそんな前に書いた曲だとは思わなかったんです。もっと今に近い時期に書いたのかなと。なぜなら2019年ごろから世界はかなり大きく変わりました。にもかかわらず、今聴いても歌詞にリアリティがあるんですよね。
あぁ、それは的を射たコメントだと思う。というのも、いくつかの曲の一部は、書いていた当時、まるで「これから起こること」を見ているような感覚だったから。実はアルバムには収録しなかった曲が一つあって、それは全体の中でも最も暗い部分にあたる曲だった。結果的に外してよかったと思ってる。あまりにもダークすぎたから。その歌詞の一部や歌詞の傾向としては、「みんな隠れている」「誰の顔も見えない」みたいなことが書かれていて。他には「ひとり立っている男が、隠れている魂たちをすべて見つける」とか、そんなフレーズもあった。とにかく、深い闇のようにすごく暗いイメージ。
その数ヶ月後、パンデミックが起きた。様々なことが起こり、当時は本当にいろんなことをエネルギーレベルで感じ取っていたと思う。きっと私だけじゃなくて、多くの人たちも「何か大きな変化が起こる」とか、「何かが迫ってきている」と感じていたんじゃないかなって思う。
社会全体に関して言えば、確かにいろんなことが起きてはいる。実際、私はここ何年もずっと続いている“脅威”のようなものを今も感じてる。まるで、「調和」や「当然享受すべき自由」や「平和」や、私たち全員のつながり、相互理解を本当の意味で実現しようとする戦いが、ずっと続いているような感覚。
だから、ある意味でこのアルバムに収められた曲たちはすべて、そういう理想を手にするための闘いについて歌っていて、そういう意味では、6年後の今でも、もしかしたら20年後でも、きっと意味を持ち続けるんじゃないかと思う。だって、それは人間にとっての普遍的な闘いだから。一方で、より明るい側面もあって、いくつかの曲では「育む人のアーキタイプ(原型)」をテーマにしてる。母性を象徴するようなビジョンをたくさん取り入れて、そのキャラクターが世界に愛をもたらすという発想を探求した。
そして面白いことに、数年後、私は実際に母親になった。だからこの点でも、“予言的”な側面があったとも言えると思う。
◉ 出産と育児を経たこと
――へー、面白いですね。ところで僕はグレッチェン・パーラトや、ベッカ・スティーヴンスにインタビューした時に彼女たちから子育てがインスピレーションになったって話をたくさん聞きました。あなたはどうでしたか?
確実にある。このアルバムは特にそう。収録されている多くの曲に、私はとても強く共感できるし、今ではその意味を心から感じ取ることができる。たとえば、「The Nurturer」ではこんな一節を書いた。
「胸に抱いた子供のぬくもりを感じる彼女/まるでブライトコードが時を超えて/生まれてきた魂たちをすべて結び合うように」(訳詞は日本盤ライナーより)
その時はあくまでイメージとして描いたんだけど、今ではその歌詞を歌うと、本当にリアルに感じるし、自分自身と深くつながっている感覚がある。そしてこういった曲を解釈するときの深みがまるで違う。というのも、曲の多くが、私が後に経験することになる出来事について語っているから。
このアルバムを録音できたことに、心から感謝してる。2019年には「そろそろ新しいアルバムを作る準備ができた」と思って、すぐにでも曲をレコーディングしたいと思ってた。でも、その後まるで巨大な干渉があったかのようにいろいろなことが起こって中断されてしまった。でも、今思えば、もしあのとき録音していたら、今のような深みを持って歌うことはできなかったと思う。
それからちょっとしたエピソードなんだけど、アルバムのタイトルにもなっている「Portal」という曲がある。
この「ポータル」っていうコンセプト自体、すごく広がりのあるもので、物語の中では「その扉をくぐって、ようやく自分が思い描いていた場所にたどり着く」という意味合いを持ってるんだけど、その曲のヴォーカル録音をしたのが、ちょうど出産のすぐ後だった。
子どもが寝ている間に、自宅スタジオで録ったんだけど、「ポータルの川の流れを感じる、何か別の世界がそこにある気がする」みたいな歌詞を歌っているときに、自分の出産のときの映像が頭にバーッとよみがえってきて、思わず泣いてしまった。本当に、すべてがすごくつながっている感じがして、ものすごく深く腑に落ちた。
だから、そういう意味でも、このアルバムは私にとってすごく個人的な作品だったんだなって、あとから気づいた。本当に、自分自身を変えるような体験だったと思う。
◉ エレクトロニックなサウンドのこと
――今回のアルバムはエレクトリックで、たぶん色々な加工をしていると思います。こういったサウンドにした理由を聞かせてもらえますか?
実はこの音楽を構想して、実際にJazz Galleryでライヴ演奏をしたとき、既にいくつかエレクトロニックな音を加えていた。でも、その後アルバムとして形にしようと考えたとき、私は一人でコンピューターを使って作業をすることにした。すると、自然とより空間的で抽象的な方向に進んでいった。
完全にアコースティックで地に足がついたような実感のあるサウンドではなくて、もっと浮遊感のある感じ。その理由の一つは、電子音というツールが持つ力だと思う。使うことで“絵を描く”ように音を構築できるから。まるで映画のようなサウンドスケープを本当に作り出せる。
実際、この音楽を考えていた頃のブレインストーミングのようなメモ帳を見返したら、「この音楽にはたくさんのイメージを持たせたい」とか、「映画のようにしたい」って書いてあった。つまり、私はこの音楽をシネマティックにしたかったってこと。視覚的な物語を伴うような作品に。
そして現実的な状況としても、すべてが変わってしまった中で、「この音楽を今、どうしても録音したい」という衝動に駆られるようになった。でもその頃、友人たちは世界中に散らばっていて、誰もが孤立して離れ離れになっていた。だから、これまでとはまったく違うやり方を取らざるを得なかったのもそうなった理由。私は今まで、一斉にスタジオに入って「1、2、3」と全員で演奏するやり方しかしてこなかった。でも、今回は全部レイヤーで録音してる。パートごとにひとつひとつ重ねていくという方法。そしてここで感謝しなければならないのが、シャイ・マエストロ。彼がいなかったら、今こうしてこの作品について話すこともできていなかったと思う。彼がそばにいて、制作を一緒に支えてくれたからこそ、このアルバムは完成したと思うから。
――今回のサウンドに関してインスピレーションになったもの、参考にしたものはありましたか?
直接的な参照元があるわけではないと思う。でも、柳樂さんなら(何度も取材してるし)もう私の「様々な人のサウンド」への愛着を知ってくれているよね。その愛着って私の中でもはやひとつのスタイルになったって感じがする。例えば、ビョークみたいな存在。彼女の音楽は時には、存在の状態(state of beings。自己を超えた精神的・感覚的な次元に到達すような状態)みたいなところに入り込んでいく瞬間もあって、それってエイフェックス・ツインの世界にも少し似てるなって思う。
でも同時に、完全にエレクトロニックというわけではないけれど、すごく繊細な音が重なり合って音の風景を描いているような作品にも惹かれていて。たとえば、スフィアン・スティーヴンスの『Carrie & Lowell』。ほとんどアコースティックだけど、ほんの少しの音がレイヤーを生み出していて、ああいうのはずっと探究したいと思ってた。私はディテールが本当に好きで、以前のアコースティック中心の作品でも、左右に広がる層や、一度だけ現れて二度と出てこないような音を常に求めてきた。今回、それを電子音のサウンドスケープで探求するというのは、まさに自分にとっての「遊び場」みたいなものだった。
◉ チリの先住民マプチェの詩人とのコラボ
――なるほど。あと個別の曲の話しも聞きたいです。「Nieno La (La Eterna)」という曲にファウメリサ・マンケピジャン(Faumelisa Manquepillán)が参加していますが、この曲とそのフィーチャリングされているその詩人の方の関係を教えてもらえますか。
「Nieno La」は、アルバム全体の「旅」の中で言えば、ある意味“瞑想的な瞬間”のような位置づけ。つまり、自分が追い求めてきたビジョンを実現するための「欠けていたピース」を見つけるような瞬間。この曲をライヴで演奏していたときは、あるフレーズをもとに即興で展開していくような探求をしてた。でもこの曲は私にとって、とても内省的な感覚を呼び起こすものでもあって、私はこの曲を通して深く内面と向き合うことになる。とても深いところで自分自身とつながれるような感覚になる曲だと思う。
そして、アルバムの制作を進めていく中で、私はこの曲に「もう一人の存在」を加えたいという欲求がどんどん強くなっていった。実際、それは夢の中にも現れた。私はそれを“もう一つのアーキタイプ(原型)”――つまり「賢女(ワイズ・ウーマン)」と呼んでる。
この旅、つまり“自分のルーツや本質を見つけて、それをもとに前に進む”という探求のなかで、この「賢女」という存在――そのイメージ、エネルギー、もたらすものすべて――が物語の鍵になると感じるようになった。つながりを築き、先へ進むための「パズルのピース」を見つけるためには、この存在が必要不可欠だと。そこで私は、マプチェ(チリ先住民)の女性の詩を探し始めた。
チリ南部の先住民の女性たち――その中には、本当に大きな知恵を携えた存在がいる。彼女たちは「マチ(machis)」と呼ばれていて、ヒーラーとして知られてる。彼女たちは自然と深くつながり、植物とも、そして私たちが今この社会で本当に必要としているあらゆるものとつながっている存在。
そんななかで、私はファウメリサ・マンケピジャンの詩に出会った。彼女の詩すべてに心を打たれて、本当に感動して、すぐに連絡を取った。彼女のことは以前から知っていたわけではなくて、本当にこの“探求”の流れの中で自然に出会ったような感覚だった。それで彼女と一緒に、私の作品に合う詩を選び、最終的に彼女が朗読を担当してくれることになった。朗読はチリから録音してくれたもの。本当に特別な体験でした。
――マプチェ族ってあなたが尊敬しているビオレータ・パラも彼らのことを曲にしたりしてましたよね。
そうですね。ビオレータ・パラは、チリ中を旅して、フォルクローレ(民俗音楽)を集めて、それを蘇らせ、共有し、歴史から消えてしまわないように保存するという活動をしていた。彼女はマプチェ音楽のリズムにインスパイアされて書いた曲もいくつかあって、それが本当に素晴らしい。ものすごく力強くて。
それに彼女は、マプチェの人々が直面している大きな闘いについても常に語っていた。というのも、彼らは今もなお、チリ政府と対立しながら、自分たちの存在や権利を尊重してもらうために、ずっと闘い続けてる。まさに今も続いている闘争だと思う。
「暴力を受ける」とまでは言いたくないんだけど――チリ政府からの抑圧は本当にひどくて政治的な問題も山ほどある。だから、ビオレータ・パラは自身の歌の中で、そうしたことについてたくさん語っていた。彼女がマプチェの人々とつながることで発信したメッセージは、とても力強いものだったと思ってる。
――あなたがそのマプチェ族の詩人と一緒にあの音楽を作ったりすることも、単純にいい音楽を作るっていうこと以上の何かメッセージのようなものもあるのかなと思ったのですがどうですか?
それは、その通りだと思う。この曲って、実は私自身は演奏にも参加していない。だからこそ、より「アーティスティックな判断」で成り立っている。私個人を前面に出すというよりも、その曲が象徴するもの、美しい言葉たち、そして今この時代における“賢い女性”のメッセージの重要性――そういったものを中心に据えている曲だから。
◉ 世界における「Overgrowth」(過剰成長)
――なるほど。 あと、「Overgrowth」っていう曲がありますが、これは結構ダークな側の曲だったりするのかなと思ったんですけど、この曲の歌詞については、どんなことを書こうと思ったのか聞いていいですか?
うん、確かにこの曲にはちょっと「プロテスト(抗議)」的な姿勢があると思う。書いていた当時、いろんなことを考えていた。一つは、今の世代やもっと若い世代が、上の世代の誤りや欠点に気づき始めているということ。もし彼らが本当にすべて正しかったなら、こんなにも破壊や荒廃が起きているはずがないと思う。
たとえば、地球環境の汚染がこれほど深刻になっていて、エコシステムのバランスや調和も崩れている。人間自身の健康にまで影響が及んでいる。そういう現実に直面すると、「気づき」が生まれてくる。この曲の中でも「子どもがすべての欠陥と、これまでに教え込まれてきた嘘を暴く」みたいな一節がある。
それからもう一つの問いとして、「どうしてこれほど豊かさがあるのに、それがすべての人に行き渡らないのか?」という思いがあった。誰かが独り占めしているように感じられる。「季節ごとに実りはあるのに それでもあなたの目は飢えを湛えている」というような歌詞もある。つまり、「どれだけ作り続けて、どれだけ搾取して、どれだけ稼げば満足なのか?」という問いかけ。
そして、どこかで「これは行き過ぎなんじゃないか」と立ち止まって、考え直す必要があるんじゃないかってこと。
ーーなるほど。
でも、私の音楽にはいつも希望も含まれている。この曲でも「その下に肥沃な大地がある 明日まで踏みとどまって」という歌詞があって、そこにまた希望が込められている。何が間違っているのかを理解したうえで、それでも進んでいこう、明るい未来に向かって歩みを止めずにいこう――そういうメッセージ。
曲の最後には、「私たちはここにいる、立ち上がるために。私たちにはできる」というような、まるで祝祭のようなパートもある。そう、タイトルの「Overgrowth(過剰成長)」が示すように、壊れたものの中からこそ光が見える。何が本当に必要なのかが見えてくる、という希望も込められている。
◉ 「持ちこたえること」「生き続けること」
――最後に「Persist」という曲でこのアルバムは終わるんですけど、ストーリーが最後にこの曲で終わって、それがどういう形でこの物語が終わったのかということも聞かせてもらえますか?
パンデミック中に書いた曲が2曲ある。ひとつは「Persistir」、もうひとつは「Remecer」。この2曲はどちらも、アルバムの旅の物語に、今もなお組み込まれているように感じてる。
「Persistir」に関しては、日本盤にはスペイン語バージョン「Persistir」と英語バージョン「Persist」の2種類が収録されている。どちらも似たようなテーマを扱っているけど、内容は完全な翻訳ではなく、それぞれ異なる表現になってる。そこも面白いところ。
ここではスペイン語バージョンについてお話しします。
この曲は孤立感や、パンデミックという長年続いた未曾有の出来事が人々に精神的にも、そして当然ながら身体的にもどれだけの影響を与えたか、ということについて触れている。でもその中には自分自身への問いかけもある。こんなことが起こっているのに、私はここで「一体私は何者なのか?」という、ある意味で“存在の危機”のようなもの。私たちは一体誰なのか? つまり、全てが空っぽだったような感じだった。音楽が作れない。家族にも会えない。私は3年間家族と会うことができなかった。それは本当に大きな傷として残ってる。
だから、この曲が語っているのは、そうした痛みや不確かさの中にあっても、それでもなお歩みを止めずに「持ちこたえること」「生き続けること」――つまり、“Persist(持続する、耐える)”ということなのだと思ってる。
――結構前から取り組んでいた作品がようやく出ました。今、世界がとんでもないことになっていますが、それはあなたの創作意欲に火を着けるんじゃないですか?
今は「とにかくやっとこの作品を出せる」という気持ちが強い。すごく長いあいだ、このアルバムを出すのを待っていて、いまはようやく自分の中の「創作の引き出し」を整理しているような感じ。アイディアはたくさんあるんだけど、それをちゃんと消化する時間が全然取れていなかったから。
このアルバムがリリースされた瞬間、たぶん新しいアイディアが「火山の噴火」みたいに一気に出てくる気がしていて。
それくらい、私にとってこの作品をリリースすることは本当に必要なことだった。ずっと自分の中に溜まりすぎていて、これを出さないと前には進めなかった。制作のプロセスもすごく時間がかかって、こんなに長く1つのアルバムに向き合ったのは初めてだったから、頭の中もずっとそこに縛られていた。でも、きっと、もうすぐ始まる気がする。
※ カミラ・メサの過去のインタビュー
2020:この世の中の、できる限り最高に美しいバージョンを作り出すこと
2020:政府が真っ先に攻撃するのはアーティスト
ここから先は
このnoteの執筆や編集の費用や通訳への支払いなどは皆さんの記事購入で賄っています。制作費用のサポートをお願いします。
