【第二章】逃げ込んだクリエイティブの世界:保険営業マンから映像クリエイターへ
はじめに:数字とノルマに追われた日々
前回の記事では、私が音楽やアートに触れながらも、自分の道を見つけられずに保険コンサルティング会社に就職するまでをお話ししました。新卒で飛び込んだ社会は、私にとってとても有難い会社でしたが、本音では決して居心地の良い場所ではありませんでした。
私がいたのは、複数の保険商品を組み合わせる「乗り合い代理店」の先駆けのような会社でした。仕事自体は革新的で面白かったものの、私の心を重くしたのは「営業」という仕事の本質。元々人見知りで、お金のブロックが強かった私にとって、数字の目標や飛び込み営業は、日に日に大きなプレッシャーとなっていきました。
「元々人見知りが結構あるタイプだったんで。物を売る仕事っていうのは苦手なんですよ。自分の中に苦手意識はすごくあるんですよね。」
3年経つ頃には、その気持ちは限界に達していました。そんな時、一本の電話が私の人生を新たな方向へと導くことになります。
転機の訪れ:大学時代の先輩からの「救いの手」
電話の主は、大学時代の部活の先輩でした。「新しく映像制作の会社を立ち上げたから、来ないか」と。それは、数字とノルマの世界からもがいていた私にとって、まさに「救いの手」のように思えたのです。
保険コンサルの会社には本当にお世話になり、円満に退職させていただきました。そして私は、期待と少しの不安を胸に、クリエイティブな世界へと飛び込んだのです。気の合う仲間たちと立ち上げたばかりの、自由で混沌としたベンチャー企業でした。
CG黎明期へのダイブ:企画とアイデアに明け暮れた毎日
私がジョインしたのは、3Dコンピュータグラフィックス(CG)がCMやミュージックビデオで使われ始めたばかりの、まさに「CG黎明期」。私は技術者ではなかったので、直接CGを作ることはできませんでした。「企画」や「アイデア出し」という形で、クリエイティブな業務の最前線に関わっていたのです。
「当時は映像制作ですから、CGですよね。それも本当に黎明期。私はどっちかって言うとアイデア出しみたいな役割でした」
新しい技術が次々と生まれる熱気を肌で感じられる環境は、新しいもの好きの私にとって刺激的でした。どうすればもっと面白くなるか、どうすれば人の心を動かせるか。仲間たちと夜通し語り合った日々は、今でも鮮明に覚えています。
「堕落」と「楽しさ」の狭間で
正直に告白すると、この時期の私はかなり「堕落」していました。仕事をしている時間よりも、みんなでゲームをして遊んでいる時間の方が長かったかもしれません。会社に大きく貢献できているという実感もなく、「なんで俺はここにいるんだろう」と感じることもありました。
「正直、私は本当仕事できない人間だったので、かなり堕落してたと思いますね。仕事はできないわ、遊んでばっかりだわ、みたいな感じで。」
ただ不思議なことに、そこには後悔や自己嫌悪だけがあったわけではありません。気の置けない仲間たちと過ごす時間は、純粋に楽しかったのです。みんなで海外旅行に行ったり、くだらないことで笑い合ったり。その「わきあいあいとした楽しさ」は、私の人生にとってかけがえのない時間でした。この経験が、後に私が画廊で「人が集まる場」を作りたいと思うようになった、一つの原点かもしれません。
次なる転機への序章
クライアントの都合に合わせて、昼夜問わず働く生活をしていました。毎日マクドナルドで食事して、不健康に太ったボディに。楽しいけれど、どこか満たされない日々。「このままじゃいけない。」心のどこかで、そう感じ始めていました。
そんな堕落と楽しさが入り混じった生活に、突然の終わりが訪れます。それは、私の人生を根底から揺さぶり、「リセット」を強制する、ある出来事がきっかけでした。
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