継続=動機ー実効摩擦×逃走係数で考えよう③
< 前回までの要約 >
これまでの議論では、「継続」は才能や意志の強さだけで決まるものではなく、ある程度は「戦略」や「設計」として捉えられるのではないか、と考えてきた。そこで、継続を「動機-実効摩擦×逃走係数」という思考モデルで整理した。動機には、「好き・面白い・もっと知りたい」という引力と、「今の自分を変えたい・負けたくない・認められたい」という闘争型の斥力がある。一方、行動には必ず「疲れる・面倒・難しい・結果が出ない」といった摩擦が生じる。そして、同じ摩擦に直面しても、それに立ち向かう人もいれば、そこから逃げる人もいる。この違いを表すのが「逃走係数」であり、逃げる経験を重ねるほど逃げやすくなり、逆に摩擦を引き受ける経験を重ねるほど逃げにくくなる。特に斥力は、行動を始める強力なエネルギーになる一方、頑張ろうとするほど摩擦も増えるという矛盾を抱えている。では、この摩擦とどう付き合えば、継続を可能にできるのだろうか。今回からは、その具体的な構造をさらに掘り下げていきたい。
継続 = 動機* − 実効摩擦** × 逃走係数***
*動機 = 引力 + 闘争型の斥力
**実効摩擦 = 初期摩擦 − 習慣化による摩擦低減
***逃走係数 = f(継続経験、逃走経験)
「早く変わりたい」がアクセルを強くする
しかし、ここで、少し視点を変えてみたい。
問題は、本当に「意志(動機)が弱い」ことなのだろうか。
むしろ、時間軸が短すぎることが問題なのではないだろうか。
例えば、英語を身につけたいとする。
「10年かけて話せるようになればいい」と考える人と、「3か月で話せるようにならなければいけない」と考える人では、同じ目標でも一日に必要な努力量はまったく違う。
後者は、現在と「ありたい姿」の距離を短期間で埋めようとする。すると、
「まだ全然できていない」
「もっとやらなければ」
「このままでは間に合わない」
という不足感が生まれる。
その不足感が闘争型の斥力を強め、アクセルを踏ませる。
しかし、アクセルを強く踏めば、その分だけ摩擦も増える。そして、摩擦が増えれば、
「今日は疲れた」
「これだけやっても結果が出ない」
「もう少し楽にやりたい」
と、今度は逃走の誘惑が強くなる。つまり、
短い時間軸で大きな変化を求める → 強い斥力が必要になる → アクセルを強く踏む → 摩擦が大きくなる → 逃走したくなる、という循環が生まれる。
これは、「継続できない人は意志(動機)が弱い」という話とは少し違う。むしろ、最初から継続できない速度で走ろうとしているだけだ。
継続に必要なのは、最速ではなく巡航速度
ここで重要になるのが、「どれくらいの速度なら長く走れるのか」という発想である。
車は、常にアクセルを床まで踏み込んで走るものではない。長距離を走るのであれば、目的地までの距離を踏まえた出発時間を決め、そのうえで制限速度と燃費を考慮に入れてアクセルを踏むだろう。
継続も同じではないだろうか。大切なのは、「今日、どれだけ頑張れるか」ではなく、「この行動を、どれだけ続けられるか」である。
今日だけなら2時間勉強できるかもしれない。
今日だけなら10km走れるかもしれない。
今日だけなら限界まで仕事ができるかもしれない。
しかし、それを数か月、1年、さらに数年と続けられるかと問われれば、話は変わってくる。
だから、継続を考えるときには、「最大出力」ではなく「巡航速度」を見る必要がある。
どこまでなら、疲れても翌日にまた再開できるのか。どこまでなら、結果が出なくても「もう少しやってみよう」と思えるのか。どこまでなら生活そのものを壊さずに続けられるのか。
この時間軸=速度を見つけることが、継続の設計になる。
「ありたい姿」を小さくする必要はない
ここで一つ明確にしておきたいのは、時間軸をしっかりとるということは、ありたい姿そのものを小さくするということではない、ということだ。
むしろ、ありたい姿は大きくてもいい。問題にしているのは、それを「いつまでに実現するか」である。
3年後に大きく変わることを目指してもいい。一生かけて身につけると考えてもいい。
そうすると、ありたい姿はそのままなのに、一日あたりに必要な変化量は小さくなる。
つまり、目標を小さくするのではなく、時間を長くする。
これは、継続を考えるうえで意外に重要な発想なのではないだろうか。「もっと小さな目標を設定しましょう」という話はよく聞く。しかし、本当に小さくすべきなのは、必ずしも目標ではない。一回あたりの変化量である。
ありたい姿は遠くに置いたまま、その間を長い時間でつなぐ。そうすれば、強烈なアクセルを踏み続けなくてもいい。
時間は、摩擦を薄める
そして、長い時間軸を持つことには、もう一つ大きな意味がある。それは、時間そのものが摩擦を薄めてくれることだ。
最初は、勉強することが面倒かもしれない。ジムに行くことが億劫かもしれない。新しい仕事を覚えることが苦痛かもしれない。
しかし、何度も繰り返していると、少しずつ行動に慣れてくる。
準備の仕方が分かる
効率的な方法が分かる
自分に合ったやり方が分かる
どこで疲れるのかも分かる
どこまでなら無理なく続けられるのかも分かる
こうして、同じ行動でも必要なエネルギーが少しずつ下がっていく。これが、先ほど定義した
実効摩擦 = 初期摩擦 − 習慣化による摩擦低減
という考え方だ。
つまり、長い時間軸をとることには、一回ごとの変化量を少なくすることで摩擦を適切な大きさに調整することだけでなく、習慣化することで、そもそも摩擦として感じられる量が少なくなっていくという側面もあるのだ。
逃走係数も、時間とともに変わる
さらには、長い時間軸を持つことで逃走係数も変化する。
最初は、少し嫌なことがあるだけで逃げてしまう。
しかし、一度逃げずに乗り越える。
「疲れたけど、今日もやった」
「分からなかったけど、もう一度考えた」
「結果は出なかったけど、次の日も続けた」
こうした経験が積み重なると、嫌なことがあっても必ずしも逃げなくていい、という学習が生まれる。これが継続経験である。
だからこそ、継続する → 逃げなかった経験が増える → 逃走係数が下がる → 同じ摩擦でも逃げにくくなる → さらに継続しやすくなる、という循環をつくることができる。
継続の複利効果
そして、さらに重要なのは、これまで述べてきた長い時間軸を持つことによる効果が必ずしも「同じ対象」の中だけで起こるわけではないことだ。
例えば、最初は「毎日10分、本を読む」ことすら面倒だった人が、半年間それを続けたとする。
すると、その人は単に「読書を継続できる人」になっただけではない。
「面倒でも始められる」
「すぐに結果が出なくても続けられる」
「分からなくても、もう一度考えられる」
「予定通りにいかなくても、翌日に再開できる」
という、摩擦との付き合い方そのものを学習している。そして、その経験は、別の対象にも持ち込むことができる。
読書を続けられるようになった人が、今度は運動を始める。
運動を続けられるようになった人が、資格の勉強を始める。
資格の勉強を続けられるようになった人が、新しい仕事に挑戦する。
もちろん、対象が変われば摩擦の種類も変わる。それでも、「嫌だからやめる」という反応を一度乗り越えた経験は残る。
つまり、ある対象に対して継続することで得られるのは、その対象についての能力だけではない。
「摩擦に耐える能力」や「逃げずに再開する能力」そのものが蓄積されるのである。ここに、継続の「複利」がある。
だから、最初から頑張りすぎない
そのように考えてみると、「継続するために最初から強い動機を持とう」という考え方にも少し疑問が生まれてくる。
もちろん、闘争型の斥力は必要だ。しかし、それを最大化する必要はない。むしろ最初に必要なのは、逃げなくても済む程度の斥力で動き始めることなのではないだろうか。
そして、摩擦を経験し、そこから逃げなかったという経験を積み重ねること。その結果として、実効摩擦と逃走係数が少しずつ下がっていけばいい。
すると、以前なら「ものすごく頑張らないとできなかったこと」が、普通にできるようになる。
これは、能力が上がったからだけではない。自分の中の「継続するための環境」が変わったからである。
だから、最初から大きな結果を狙う必要はない。最初に狙うべきは、「続けた」という経験そのものなのだ。
継続とは、アクセルを踏み続けることではない
そうなると、「継続」というものの見え方も変わってくる。継続できる人は、いつも強い動機を持っているわけではない。毎日、「絶対に負けたくない」と思っているわけでもない。
むしろ、強い動機がなくても動ける状態を、時間をかけてつくっている。
最初は闘争型の斥力で動いていたものが、少しずつ習慣になり、やがて摩擦が下がっていく。そして、できることが増える。
できることが増えると、分かるようになる。そして、分かるようになると面白くなってくる。
「もっと知りたい」
「もっとできるようになりたい」
「次は何ができるだろう」
ここで至ると、斥力によって始めた行動が極めて「引力」に近くなり始める。つまり、斥力で始め、摩擦を下げ、継続経験を積み、その結果として引力が生じる領域に到達する。
そこで、始めから引力でドライブしていた一握りの人達と合流する。
そんな経路が見えてくる。
そうした意味では、最初から「好きなことを見つけなければならない」と引力に囚われる必要はない。誰にでも備わっている斥力を使ってある程度続けてみることこそが重要なのだ。
おわりに
結局のところ、継続に必要なのは、アクセルだけでも、ブレーキだけでもない。アクセルとブレーキのバランスである。
強すぎるアクセルは、強い摩擦を生む。強すぎるブレーキは、そもそも前に進めない。
だから必要なのは、「もっと頑張ること」でも、「もっと楽をすること」でもない。
自分が長く走り続けられる速度を見つけること。そして、その速度で走りながら、少しずつブレーキそのものを軽くしていくことだ。
そのためには、闘争型の斥力を高めるだけでは不十分である。
どれだけ時間がかかるのかを知る。
どれだけの摩擦が発生するのかを知る。
その摩擦から自分がどの程度逃げやすいのかを知る。
そして、そのうえで、長く続けられる速度を設計する。
ここで、最初に掲げた式を改めて眺めてみよう。
継続 = 動機* − 実効摩擦** × 逃走係数***
*動機 = 引力 + 闘争型の斥力
**実効摩擦 = 初期摩擦 − 習慣化による摩擦低減
***逃走係数 = f(継続経験、逃走経験)
つまるところ、継続とは、意志の強さを競うゲームではない。
「どれだけ長い時間を味方につけられるか」というゲームなのだ。

