200年間読み継がれている小説の書き方(2)
原作が発表されて概ね200年が経過した現在「フランケンシュタイン」は世間に広く知られる怪物キャラクターです。じぃじのように、ホラー映画は嫌いでも「フランケンシュタイン」の名前ぐらいは知っている人が多いですよね? ですが、このキャラクターを考え出した原作者が18歳の少女だったことを知っている人はなかなかいません。「何故、200年前の18歳の少女に『最初のSF』と呼ばれるような小説が書けたのか?」を調べてみることにしたのですが…
原作者メアリー・シェリー:フェミニズム批評からこぼれ落ちる史実の断片を拾い集める
伝記映画『メアリーの総て』(Mary Shelley)
まずは『フランケンシュタイン』の原作者、メアリー・シェリーを把握するために2017年に公開された伝記映画『メアリーの総て』を観てみました。
視聴後の感想はというと「???」でした。映像には説得されましたし、メアリー役のエル・ファニングは素晴らしかった(金髪でしたけどね)。問題はフェミニズムが主題に置かれている脚本で、パートナーのパーシーは終始ダメ男感が満載に見えてたし、後半から登場するバイロン卿はさらに輪をかけてって印象でした。後半の『フランケンシュタイン』の着想を得て、執筆プロセスに入ってからは…特にメアリーがパーシーの目の前で書き上げたばかりの草稿を叩き付けるのはいただけなかった。それではメアリーがパーシーに嫌々フランケンシュタインを書かされているみたいに見えます。史実でもこのカップルは19世紀初めとしては対等な関係性だったと知られてますが、このシーンではまるで時代劇のセットの前で俳優は現代劇を演じているみたいです。パーシーの手助けを得て、メアリーの才能が開花していくプロセスなので…もっとそれに相応しい表現はなかったのかなぁ?
あまりにガッカリしたので Wikipedia英語版の「Mary Shelley (film)」を見てみたところ「Reception(評価)」には次のように書かれていました。
興行収入
『メアリー・シェリー』の興行収入は、アメリカとカナダで97,321ドル、その他の地域で180万ドル、全世界で合計190万ドルとなっています。
批評家の反応
レビュー集約サイトRotten Tomatoesでは、130件のレビューに基づき支持率は41%、平均評価は10点中5.6点となっています。サイトの批評家総評では、「『メアリー・シェリー』は、主人公の魅力的な人生を平坦に描きすぎており、彼女の代表作が持つ閃きを伝えることに失敗している。時代描写の丁寧さやエル・ファニングの堅実な演技も損なわれてしまっている」と評価されています。
Metacriticでは、28人の批評家による評価に基づき、加重平均スコアは100点中49点となっており、「賛否両論または平均的なレビュー」を示しています。
また一部の歴史家たちは、映画におけるシェリーの人間関係の描写や、全体的な歴史的正確性に対して批判を寄せています。
確かに19世紀のロンドンを描写する映像やエル・ファニングのメアリーは素晴らしかったけど…僕も批評家の意見に賛成です。ちなみに、作品として評価が高かったのはサウンドトラックだけだったようです。
絵本『怪物があらわれた夜: 「フランケンシュタイン」が生まれるまで』
さらに『フランケンシュタイン』の執筆プロセスについて書かれた書籍を探してみると…なんと次の絵本が見つかりました。
対象年齢は「小学校中学年から」となってますが、読書習慣のない大人もターゲットになってるのでしょう。内容紹介には…
今から200年前、男性中心の社会や科学万能主義の風潮に疑問を抱く一人の女性がいた。やがて彼女は現代まで読み継がれる一冊の本を世に送り出す。『フランケンシュタイン』誕生の知られざる背景を描くノンフィクション絵本。
…とあり、なんだか「お前は対象ではないよ」とやんわりお断りをされている感じ😛で、気になってこの絵本のあらすじを Gemini に尋ねてみると…
リン・フルトンによる絵本「She Made a Monster: How Mary Shelley Created Frankenstein」は、メアリー・シェリーがどのようにしてあの有名な小説『フランケンシュタイン』を思いついたのか、そのインスピレーションの夜を描いた物語です。
物語は、200年前の嵐の夜に始まります。若いメアリー・シェリーは、作家として生計を立てたいと願っていましたが、まだ具体的なアイデアが浮かばずにいました。彼女の母親であるメアリー・ウルストンクラフトも有名な作家であり、女性の権利について書いていたため、メアリーは「女性の書くものが男性の書くものと同じくらい重要であることを証明したい」という強い思いを抱いていました。
その夜、メアリーは友人たち(詩人のバイロン卿や、後に夫となるパーシー・シェリーなど)と共に、スイスのレマン湖畔にある別荘で過ごしていました。彼らはそれぞれ一番怖い幽霊物語を書くという競い合いをしており、翌日には締め切りが迫っていました。
メアリーは他の男性たちが科学や生命の秘密について熱く議論しているのを耳にします。特に、当時広まっていた、電気で死者を蘇らせるという科学的な実験の話に、彼女は考えを巡らせます。しかし、いくら考えても、十分に恐ろしい物語が思い浮かばず、疲れ果てて床に就きます。
しかし、眠りにつくと、メアリーは鮮烈な夢を見ます。それは、人間ではない、恐ろしい怪物がテーブルの上に横たわり、創造主である若い学生がその怪物から恐れおののいて後ずさりする光景でした。その怪物は、命を与えられたのに創造主に嫌悪され、孤独と絶望の中にいるように見えました。
この夢に打ち震えながら目覚めたメアリーは、心臓の鼓動が激しくなるのを感じます。そして、ついに自分の物語のアイデアを見つけたと確信します。それは、科学の限界、創造主の責任、そして孤独な存在の悲劇を描いた、後の『フランケンシュタイン』の原点となる構想でした。
この絵本は、『フランケンシュタイン』という古典が、単なるホラー物語ではなく、当時の科学的・哲学的議論や、メアリー・シェリー自身の内面的な葛藤から生まれたことを、幼い読者にもわかりやすく伝えています。
かの有名な「ディオダティ荘の怪奇談義」のお話のようです。日本語で読めるメアリー・シェリーのお話はどうやら「メアリーが見た悪夢」が定番のようです。で、読者メーターをチェックみてみると…
感想・レビューが60以上寄せられているので、人気のある1冊のように見えます。ちなみに、この絵本はニューヨーク・タイムズの2018年の「最も優れたイラスト入り児童書10選」に選ばれています。それもこの本が人気が出た理由なのかも知れませんね。
メアリー・シェリーとフェミニスト
調べてみると、メアリー・シェリーの再評価にはフェミニストが重要な働きをして来た歴史がある事がわかりました。じぃじのような老人には、子供の頃(1970年代)ウーマンリブ(女性解放運動)のブームがあったことを記憶しているのですが、その時代にフェミニズムの視点から注目されるようになった女流作家のひとりでした。
それ以前は『フランケンシュタイン』の作者としてしか認知されていなかったメアリー・シェリーですが、この時代にフェミニズムの先駆者として知られるメアリー・ウルストンクラフトを母に持ち、その思想の影響を作品からも窺えることから、ジェンダーや社会問題に対する鋭い洞察力を持った重要なフェミニスト作家として再評価するようになったそうです。もっともこの当時のフェミニスト文学批評は「女性を一括りにして、男性と対峙する構図の中で考える」という現在からすると少し乱暴な考え方でした。
その後1980年代に入って、メアリー・シェリーやその家族の手紙などの書簡が収集・整備されるようになって、小説『フランケンシュタイン』執筆のプロセスが徐々に明らかになってきました。「1次資料を徹底的に読み込む」アプローチは(NHKの英雄たちの選択でも知られてますが)歴史学者の磯田道史の『武士の家計簿』が日本では有名ですが、このような歴史学の方法が現在のメアリー・シェリーの文学研究のようです。Wikipedia英語版のメアリー・シェリー関連ページを辿るとエビデンスとなる文献が山のように出てきます。
義姉ファニー・イムレイ(Fanny Imlay):ゴドウィン家のタブー
時にはこれまでの定説を覆す新説も登場します。例えば「クリーチャー(怪物)のモデルは義姉のファニー・イムレイだったのではないか?」といった話がザ・ガーディアンに登場するといった具合に…
映画ではゴドウィン家の娘はメアリーとクレアの二人姉妹と描かれていましたが、史実ではメアリーの3歳年上のファニーがいます。メアリーの父、ウィリアム・ゴドウィンが母メアリ・ウルストンクラフトと結婚した時、連れ子がいました。ウルストンクラフトがフランス滞在中にアメリカ人外交官のギルバート・イムレイとの間にできた女の子、ファニー・イムレイです。ギルバートとの結婚を望んだウルストンクラフトは彼を追いかけましたが希望は叶えられずに、失意のままイギリスに帰国しました。
その後、ウィリアムと出会ったウルストンクラフトは二人目の娘メアリーを身篭り、今度はめでたく結婚することになりました。が、メアリーを出産した直後にウルストンクラフトは亡くなり、ウィリアムはシングルファザーになってしまいました。元々子育てには向いてなかったウィリアムには、幼い二人の娘は手に余る有様で、隣人であったメアリ・ジェーン・クレアモントと再婚しました。その連れ子がクレアでした。つまり史実ではゴドウィン家には三姉妹がいました。
継母とは諍いが絶えなかったことのは映画でも描かれていましたが、メアリーが「知識への欲求が大きく、何事にも決してあきらめない」性格だったのに対し、ファニーは「おとなしく控えめな性格」だと父親は評しています。そして、メアリーがパーシー・シェリーと駆け落ちをする際、妹のクレアだけでなく姉のファニーも同行を望みましたが、結局ファニーだけが置き去りにされてしまいました。
その後、スイスへの逃避行を経てへ『フランケンシュタイン』の着想を得たメアリーとパーシーは執筆・出版のために一時的に英国に帰国しましたが、その際にファニーの失踪と自殺に遭遇します。Wikipedia英語版のファニーのページには次の遺書が掲載されています。
I have long determined that the best thing I could do was to put an end to the existence of a being whose birth was unfortunate, and whose life has only been a series of pain to those persons who have hurt their health in endeavoring to promote her welfare. Perhaps to hear of my death will give you pain, but you will soon have the blessing of forgetting that such a creature ever existed as...
私の誕生が不幸であり、その人生が、彼女(おそらくファニー自身のことを指す)の幸福を促進しようと健康を損なった人々に、ただ苦痛を与えてきた存在の終わりを告げることが、私ができる最善のことであると、私は長い間決心していました。私の死を知ることがあなたに苦痛を与えるかもしれませんが、あなたはすぐに、そのような生き物がかつて存在したことを忘れるという恵みを得るでしょう…
ファニーの自殺は、メアリーたちが英国のパースに身を隠して『フランケンシュタイン』の執筆を進めていた最中に起きた出来事ですが、その後ゴドウィン家の人々はファニーの願いを叶えて、彼女の存在そのものが無かったことにします。ですが、この遺書を読めば『フランケンシュタイン』のクリーチャ(怪物)の嘆きは、自殺に至ったファニーの心情を投影したものと容易に想像できます。
不思議なことに映画では、義姉ファニー・イムレイは全く登場しませんが…
「望まれない生」は「科学技術を追い求める人間の傲慢さ」とともに、小説『フランケンシュタイン』を支える非常に重要な二大テーマです。ヴィクター・フランケンシュタインが生命の創造という禁断の領域に踏み込み、その結果として生まれたクリーチャーを拒絶するという行為は、科学の進歩が倫理や責任を伴わない場合にどのような悲劇を生み出すかという「人間の傲慢さ」を象徴しています。そして、その結果生まれたクリーチャーが、誰からも愛されず、理解されず、社会から排除され続ける中で抱く「望まれない生」の苦悩は、存在の尊厳、他者との関係性、そして社会における個人の居場所といった普遍的な問いを投げかけています。
この二つのテーマは密接に絡み合っており、片方だけでは『フランケンシュタイン』の深遠なメッセージを完全に理解することはできません。ヴィクターの傲慢さがクリーチャーの「望まれない生」を生み出し、その「望まれない生」がクリーチャーを復讐へと駆り立て、さらなる悲劇を招くという連鎖が、物語全体を構成しています。
ともあれ…
18歳の少女が『フランケンシュタイン』の根幹を成す「私は何故生まれてきたのか?」という普遍的なテーマを着想したのは「その問いが彼女の日常の中に常に存在したから…」という答えが得られたところで、次回はもうひとつのテーマ「科学技術に追い求める人間の傲慢さ」について考えてみます。
◀️「『フランケンシュタイン』 怪奇小説の定番キャラクターの背景にある原作のプロット」
「18歳の少女が最初のSF小説を構想できたのは何故か?」▶️
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