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noteを書くとき、私はやっと呼吸ができる

書くことが好きなのに、続けられない。
書きたい気持ちはあるのに、気づけばnoteの画面を開けなくなっていました。

SNSのタイムラインを流れていく言葉の速さに、置いていかれそうになる日もある。

本当は言いたかったこと、届けたかった気持ち──
あなたは、どこに置いていますか?


三日坊主。継続が苦手。
心も身体も、すぐに疲れてしまう。
今日も“がんばれない日々”を、私なりに生きている。

“ていねいな暮らし”なんて、私には到底できそうにない。
SNSで見かける理想のライフスタイルを目にするたび、実践したいとか羨ましいとか……
いろいろな気持ちを持ちながら、「無理だよ、そんなの」って、心の中でつぶやいてる。

仕事はしんどいし、人間関係も息苦しい。
朝が来るたびに、「今日も仕事か……」とため息をつく日々。
「私にはキラキラとした日常を過ごすことは無理なのかもしれない」なんて思っている。

それでも今、そんな私が、毎日のように言葉を綴っている場所がある。
現実逃避のように、夢中になってnoteを書いている。

毎日更新はできないけれど、下書きに思いをため込んだりもしている。
うまくいかない日々の中で、それでも「自分の言葉を残すこと」だけは、私を少し救ってくれている気がする。
書いているときだけは、やっと少しだけ、呼吸ができる気がする。


この記事は、継続が苦手で、頑張れない毎日を過ごしている私が、
「なぜ書くのか」「どうして続けてこれたのか」を振り返った記録
です。

世の中には、継続力があって、努力家で、毎日なにかを発信している人がたくさんいる。
でも、私にはそこまではできなかった。

そんなふうに感じたことがある人にとって、
このnoteが、ほんの少しでも気持ちを軽くする“処方箋”になっていたら嬉しいです。


もしあなたにも、「言葉にできないもやもや」や「すぐには言葉に表せない気持ち」があるのなら──
一行でもいい、noteに書いてみませんか?
うまくまとまらなくても大丈夫。
ただ“今の気持ち”を残すだけで、少しだけ呼吸がしやすくなるかもしれません。


▼前回の記事はこちら

▼マガジン:【連載】習慣化に失敗した私の“感情優先ライティング” はこちら



なぜ、私は書くのか

なぜ、私は書くんだろう。
書きたい気持ちはずっとあるのに、続けるのは苦手なのに、それでも「書かずにはいられない」と思うときがある。

たぶん私は、気持ちを整理するために書いている。
誰かに話すには未整理すぎる感情も、文字にすることで少しずつ形が見えてくる。
話すのが苦手だからこそ、書くという手段に頼ってきたのかもしれない。

どんなに頭の中がごちゃごちゃでも、キーボードの音は静かで、心地いい。
noteを開いて文字を打っていると、不思議と呼吸が深くなる。
沈んだ気持ちも、イライラも、ふっと軽くなる瞬間がある。

「伝えたいから書く」というより、「自分の中を片づけたくて書く」。
それが、私がnoteを続けられている理由のひとつだと思っています。


「ちゃんとできない」日常の中で

現実の私は、相変わらずうまく生きられていない。

仕事に行く足取りは重いし、できればずっと布団の中にいたい。
朝ごはんを食べる気力もなくて、コンビニで買ったエナジードリンクを流し込む。
職場では気を張りすぎて、帰る頃にはどっと疲れ切ってしまう。

SNSで見る「整った暮らし」や「ていねいな日常」なんて、私にはまったくできていない。
でも、そんな自分を責めたくなる日でも、書くことだけはなんとかできている。

もちろん、毎日なんて無理。でも、それでもいい。
noteを開いて何かを書けた日は、それだけで少し、自分を許せる気がする。

今日も仕事はしんどかったけど、noteだけは書けた。
それが、“ちゃんとできなかった日”を、少しだけ救ってくれることもある。


誰かの「いいね」が、私を救ってくれる

実は、少し前まで「もう書くのはやめようかな」と思っていた。
続ける理由がわからなくなって、SNAPSHOTへの記事投稿も、noteも、しばらく放置ぎみだった。

そんなときに投稿したのが、NEXZ トモヤの魅力にハマって抜け出せそうもないという記事。
ただ「好き」という気持ちを、自分なりの言葉で綴っただけだった。

でもその記事に、たくさんの「いいね」がついて、
note公式にもピックアップされ、X(旧:Twitter)では見知らぬ誰かが「すごく共感した」とコメントをくれた。

その瞬間、忘れかけていた感覚がよみがえった気がした。
「ああ、誰かに届くって、こんなに嬉しいことだったんだ」って。

ひとつの「いいね」が、次の一歩の背中をそっと押してくれる。
誰かの共感が、「また書きたい」という気持ちを、静かに呼び起こしてくれる。


▼『NEXZ トモヤの魅力にハマって抜け出せそうもない』はこちら


おわりに|書くことで、少しだけ気持ちが軽くなる

誰かに認めてほしくて書いているわけじゃない。
誰かとつながりたくて始めたわけでもない。
ただ、書いているときだけは──嫌なことを忘れられたり、他のことを考えずにすんだり、どこかで少し、気持ちが楽になっている自分がいる。

だから、書いている。

それに気づいたとき、思った。
「ああ、やっぱり私は書きたいんだ」って。

書く原動力が何かなんて、どうだっていい。
書かない人がいるように、書く人がいる。
その理由も、目的も、みんなバラバラだ。

私のnoteは、“がんばれない日々”を生きている私が、
ほんの少しだけ呼吸を整えるように綴っている、小さな記録の集まり。

うまくいかない毎日の中でも、
ことばと向き合う時間だけは、自分の味方をしてあげられていると思うから。


継続に悩む誰かにとって、この考え方が少しでもやさしく響いたらうれしいです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


「続ける」ことは難しくても、「書きたい」と思う瞬間は、確かにある。
そして私は、noteに言葉を綴るたびに、少しだけ息ができるような気がしていた。

次回は、そんな感覚をそのまま込めた一篇、
『noteを書くとき、私はやっと呼吸ができる』をお届けします。

「書くこと」が、私にとってどんな場所なのか。
そんな話を、もう少し続けさせてください。


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Eum(うむ)|K-POP雑食オタクのエンタメライター このnoteも、スタバで書きました☕️ カフェラテ片手に、誰かの心に届く言葉を探しています✍️ もし少しでも何か残ったら、300円の応援で“また書きたい”を支えてもらえたらうれしいです🕊️