たまプラーザという街に刻まれた“物語”
小さい頃から、たまプラーザにはよく来ていた。
祖父母や親に連れられて東急百貨店へ。デパ地下の匂い、屋上の遊び場、喫茶店のソーダ水。幼少期の私には、それが「ちょっと背伸びしたお出かけ」だった。
うちは用賀に住んでいたけれど、親世代はまさに“タマプラ移住第一世代”。ドラマ『金曜日の妻たちへ』の舞台にもなり、一気に“憧れの街”としての顔を持った。親世代では一大ブームだった金妻。私の世代だと『私鉄沿線97分署』が印象深い。このドラマは刑事物でそれまでやっていた西部警察のような派手なアクションや暴力的表現とは対象的な作品で人情味と人間味を主に置いた当時としては珍しいものだった。どちらにしても、メディアが街に物語を与え、私たちの記憶に焼き付けたのだ。
駅前は“衰退しない郊外”の象徴だった
あれから40年以上。普通なら郊外は高齢化で活気を失うものだ。
でも、たまプラーザは違った。
東急百貨店を中心に駅前の再開発が進み、今でも人が集まる磁力を持ち続けている。
「たまプラーザテラス」や、住民同士がゆるやかにつながれる“CO-NIWA”、WISE Living Labといった新しい仕組み。再開発は単なるハコモノではなく、“人が住み替えながら世代をつなぐ街”を目指した。
だからこそ、駅前は今もにぎわいを保ち、若いファミリーも集まってくる。
とはいえ、坂の上には課題がある
もちろん良い面だけではない。
駅から離れた高台の住宅地では、65歳以上が3割を超えたエリアもある。庭木は伸び、空き家が目立ち始めている。
駅前と坂の上、この温度差をどう埋めていくか。
これはたまプラだけの話ではなく、日本中の郊外が抱えるテーマでもある。

個人的な感覚でいうと…
私にとってのたまプラは「デパートで飲んだソーダ水の味」と「テレビで刷り込まれた憧れの街のイメージ」がセットになっている。
街そのものが“物語”として生きているんだ。
だから衰退しないし、若い人も「なんかいいな」と思ってやって来る。
たまプラが教えてくれること
駅前を大事にすること
住み替えを受け入れる器を用意すること
街に物語を持たせること
この3つが揃えば、街は世代を超えて生き残る。
たまプラはその見本みたいな街だ。
さて、皆さんに聞きたい。
あなたにとって“物語を背負った街”はどこですか?
私にとっては、それが「たまプラーザ」なのです。
もちろん「二子玉川」「用賀」も育った街として外すことは出来ません。

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