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ロスジェネ脱線学 #36 睡眠スコアに励まされない朝


朝、スマホを見たら、


睡眠スコアが出ていた。

63点。

微妙である。

赤点ではない。
でも胸を張れる点数でもない。

学生時代なら、
「まあ、追試は免れたか」
くらいの数字だ。

こちらとしては、
ちゃんと寝たつもりだった。

布団にも入った。
電気も消した。
途中で一度、トイレには起きた。
そのあと少しだけ考え事をした。
少しだけ、のはずだった。

気づいたら、
昔の職場のことを思い出していた。

なぜ今それを思い出すのか、
自分でも分からない。

夜中の脳は、
倉庫整理が下手である。

もう使わない段ボールを、
わざわざ引っ張り出してくる。

それで朝になって、
スマホに言われる。

「睡眠の質が低下しています」

知っている。

身体で知っている。

目の奥が重い。
肩がこわばっている。
起きた瞬間から、もう少し寝たい。

そこへ数字で追い打ちをかけられる。

63点です、と。

令和は、
何でも点数にしてくる。

歩数。
心拍数。
睡眠時間。
ストレス度。
消費カロリー。
集中時間。

そのうち、
「今日のため息回数」
まで出るのではないか。

いや、もうどこかにはあるのかもしれない。

昭和の頃、体調はもっと雑だった。

眠い。
だるい。
腹が減った。
風邪っぽい。

だいたいそれで済んでいた。

熱があれば体温計。
なければ気合い。

もちろん、それでよかったとは言わない。

無理も多かった。
今なら止められるようなことも、
普通にやっていた。

平成になると、健康診断の数字が気になり始めた。

血圧。
中性脂肪。
肝機能。

封筒を開ける時の、
あの何とも言えない緊張感。

学生時代の通知表より、
よほど現実味があった。

そして令和である。

毎朝、スマホが小さな健康診断をしてくる。

頼んだ覚えはある。
アプリを入れたのは自分だ。
設定したのも自分だ。

だから文句を言う筋合いはない。

でも、
朝起きてすぐに点数をつけられると、
まだ一日が始まっていないのに、
もう評価された気分になる。

ロスジェネ氷河期第一世代は、
評価というものに、少しだけ敏感である。

就職活動の頃から、
こちらはずっと何かに見られていた。

学歴。
職歴。
年齢。
経験。
空白期間。

「あなたは何点ですか」
とは言われなかったが、
だいたい似たようなことは感じていた。

だからなのか、
睡眠スコア63点にも、
必要以上に反応してしまう。

寝ることくらい、
放っておいてくれ。

そう思う一方で、
明日は70点を目指そうかな、
とも思っている。

このあたりが面倒くさい。

反発しながら、
少し乗っている。

50代とは、
そういう年頃なのかもしれない。

若い頃は、
体力を借金のように使っていた。

多少寝なくても、
何とかなると思っていた。

夜更かししても、
翌朝コーヒーを飲めば動けた。

今は違う。

睡眠不足は、
きっちり利息をつけて返ってくる。

膝に来る。
目に来る。
機嫌に来る。

特に機嫌に来るのが厄介だ。

自分では普通のつもりでも、
返事が少し雑になる。

物を置く音が大きくなる。

洗濯物の袖が裏返っているだけで、
人生全体が面倒になる。

たぶん睡眠スコアは、
そういう未来を知らせているのだろう。

親切なのだ。

分かっている。

ただ、親切も朝一番だと、
少し胃に重い。

スマホを閉じて、
湯を沸かした。

台所に立つと、
昨日洗ったはずの茶碗が一つ残っていた。

見なかったことにしようかと思ったが、
63点の人間としては、
ここで逃げるとさらに点が下がる気がした。

誰も採点していないのに。

結局、茶碗を洗った。

蛇口の水が冷たい。

その冷たさで、
少しだけ目が覚める。

睡眠スコアは63点でも、
茶碗を洗った私はたぶん2点くらい加点である。

何の採点かは知らない。

でも、そういう小さな加点を
自分で勝手につけていかないと、
この年齢の生活は少ししんどい。

アプリの数字は参考になる。

けれど、
数字にならない朝もある。

ちゃんと起きた。
湯を沸かした。
茶碗を洗った。
今日の予定を思い出した。

それだけで、
もう十分に動き始めている。

たとえ63点でも。

私はスマホをもう一度見た。

画面には、
「睡眠改善のヒント」
と出ている。

ありがたい。

ありがたいが、
今はまだ読まない。

まずは味噌汁を温める。

健康は、
アプリの中だけではなく、
鍋の中にも少しある。

そう思ったら、
63点の朝も、
まあ悪くはない気がしてきた。

高得点ではない。

でも、今日を始めるには、
ぎりぎり足りている。

50代の朝なんて、
それくらいで十分なのかもしれない。

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