愛される遮光器土偶「しゃこちゃん」のふるさと 青森県つがる市 亀ヶ岡石器時代遺跡へ #青森の縄文遺跡群×フェリシモ vol.1
この夏、世界遺産登録5周年を迎える青森の縄文遺跡群の魅力を、フェリシモの「ミュージアム部」&「青森部」がお届けする新連載スタート!
みなさまこんにちは、ミュージアム部です。フェリシモでは、この夏、世界遺産登録5周年を迎える「北海道・北東北の縄文遺跡群」その中でも青森の縄文遺跡群から出土した「土偶」をモチーフにしたグッズを発表しました!

土の中に眠っていたものが、ある日突然掘り出される。数千年前に誰かが込めた思いが、そこには確かに宿っています。縄文時代は、思っているよりずっと近くにあるのかもしれません……。
このロマンをお伝えするべく、フェリシモ「ミュージアム部」の内村が、同じくフェリシモ「青森部」の小倉とともに、実際に青森の縄文遺跡群を巡り、その魅力をお伝えいたします!

今回がきっかけで縄文時代のおもしろさに目覚めた青森部の小倉がお届けします。
フェリシモ青森部
青森の伝統や生活文化を深く理解し、地元の魅力を共有しながら、メンバー(部員)が個々の興味からさまざまな青森を探求するフェリシモの公式部活。 青森を、もっと話したくなるように。 青森好きが、伝わるきっかけを。 青森のことをあまり知らない人、青森出身の人、青森に住む人と共感しあいながら、青森の魅力を発信していきます。
青森部公式X:@aomoribu
遮光器土偶のふるさと、つがる市へ
青森県西部、津軽半島の付け根に位置するつがる市。田んぼと湿地が広がるおだやかな里の景色の中に、縄文晩期を代表する遺跡が眠っています。国史跡「亀ヶ岡石器時代遺跡」です。

史跡「亀ヶ岡石器時代遺跡」
つがる市木造亀ヶ岡にある縄文時代晩期(約3000年前〜2300年前)の遺跡。竪穴住居跡がほとんど見つかっておらず、周辺集落の人々が集まって共同で葬送儀礼を行った集団墓地・祭祀の場であったと考えられている。遮光器土偶をはじめ、漆塗りの土器や精巧な「亀ヶ岡式土器」が出土しており、その影響は北陸・関東・西日本にまで及ぶ。2021年、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産のひとつとして世界文化遺産に登録された。
まず最初に、水を張った田植え時期の津軽平野と残雪が残る岩木山の景色を横目に、亀ヶ岡石器時代遺跡へ。車を降り立つと、まだ新緑を感じる青々とした香りが、心地よい風とともに吹き抜けます。

亀ヶ岡石器時代遺跡の顔ともいえる遮光器土偶が発見された低湿地には、立派な石像が建っています。

現地に立ち、草の生い茂る湿地を見つめていると、この下に数千年もの時間が積み重なっていることをじわじわと実感しました。ここからあの遮光器土偶が現れたのかと思うと、発見した人の驚きが伝わってくるようです。

続いて、亀ヶ岡石器時代遺跡から車で5分とかからない場所に位置する田小屋野貝塚へと向かいます。

亀ヶ岡石器時代遺跡・田小屋野貝塚に関するパネル展示が見れたり、市内資料館ガイド、遺跡周辺の案内マップなどがもらえるので、こちらにもぜひお立ち寄りください!
遺跡となっている敷地は見渡す限り原っぱのように見えますが、あちこちに看板が点在しています。

この遺跡では竪穴建物、墓、貝塚、貯蔵穴などが見つかっており、土坑墓からは女性の埋葬人骨も発見されているそう。田小屋野貝塚も亀ヶ岡石器時代遺跡と同様、北海道・北東北の縄文遺跡群として世界文化遺産に登録されています。

つがる市縄文住居展示資料館「カルコ」
亀ヶ岡石器時代遺跡から車で20分ほどの場所にあるガイダンス施設「つがる市縄文住居展示資料館カルコ」。

ここでは縄文時代の竪穴住居が復元展示されているほか、亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した遮光器土偶の精巧なレプリカ、つがる市内の遺跡から出土した土器、石器などを展示している施設です。今回は、遺跡に関わって10年近くになるという、つがる市縄文住居展示資料館カルコの堀内さんに館内を案内していただきました。

カルコの館内に入るとまず目の前にあるのが、復元された竪穴住居です。建物の中に入ったらまた建物があるという不思議な光景です。

関東から東北にかけての縄文住居は、防寒のために屋根に土を盛った「土屋根」が一般的だったことや、縄文時代にも温暖な時期と寒冷な時期があり、それが集落の規模や文化の変化に影響を与えていたことなどを、展示とともに解説いただきました。
「縄文時代の研究もどんどんアップデートされています。昔は竪穴を『住居』と呼んでいたけれど、今は必ずしも住居ではないということがわかってきた。人が住んでいたわけではない可能性もあるんです」と堀内さん。

今後の研究次第では展示の様子も変わっていくのかも!?
当たり前と思っていた知識が更新されていく——それもまた、縄文研究の醍醐味のひとつです。
「しゃこちゃん」土偶と、ついに対面!
復元竪穴住居のすぐ横に、ガラスケースの中に鎮座する遮光器土偶のレプリカがありました。大きな目、がっしりとした胴体、張り出した腕——。教科書や図鑑で見たことのある、あの有名な「しゃこちゃん」の姿です。

堀内さんによると、現在は一面の草地に見えるあの低湿地は、かつて苗代として稲が育てられていた土地だったそう。
発見されたのは明治20年(1887年)のこと。当時の記録に発見者の名前はなく、詳細は今もわかっていません。
遮光器土偶とは
縄文時代晩期に東日本を中心に作られた土偶の一種で、大きく張り出した目の形がエスキモー(イヌイット)の雪中眼鏡「遮光器」に似ていることから、その名がつきました。
「遮光器土偶」という言葉自体が、明治時代にこの亀ヶ岡の個体が発見されたことをきっかけに生まれたものです。考古学者の坪井 正五郎が当時の学術誌に掲載された図について、「雪中眼鏡に似ている」と指摘したことで広く知られるようになりました。
亀ヶ岡から出土した遮光器土偶の高さは約34.2cm。頭から足まで全体が残っているものとしては最大級の大きさです。「大きくなればなるほど、中を詰めた状態で焼くと割れてしまう。だから中は空洞になっているんです」と堀内さん。実際にX線で撮影すると、胴体の内側が驚くほど薄く、中空の構造になっていることが確認されているそう。さらに内側には制作時に残った縄文人の指紋もあるそうで、「中は見えないので、あえてそのまま残したのかもしれない」と堀内さんは語ります。

土偶は頭・胴体・足などのパーツを別々に作り、完全に固まる前につなぎ合わせて仕上げられました。そのため、つなぎ目の部分が弱く、亀ヶ岡の遮光器土偶も、片足が失われた状態で発見されています。
全国初の土偶・重要文化財、その道のり
遮光器土偶が国の重要文化財に指定されたのは昭和32年(1957年)のこと。「土偶が重要文化財に指定されたのは、このときが全国で初めてだったんです」と堀内さん。明治時代から縄文の遺物を美術品や骨董として重視する文化はあったものの、戦後になってようやく「縄文時代のものも大事だ」という考え方が根付いてきた——そのなかで、亀ヶ岡の遮光器土偶は最初の一歩を刻んだ存在でもありました。

指定の背景には、地元・木造町(現つがる市)の人々の思いもありました。代々受け継がれてきた土器や土偶が、世代交代とともに散逸してしまうことへの危機感から、重要文化財指定と時を同じくして昭和30年代に資料館が開館。地域の宝を守ろうという動きが生まれていたのです。

「江戸時代から、亀ヶ岡という地名にはブランドがあったんですよ」と堀内さんは言います。亀ヶ岡式土器と呼ばれる、漆塗りや精巧な文様を持つ土器は、その影響を受けたものが北陸・関東・西日本でも出土しており、江戸時代の骨董の記録にもすでにその名が登場するほど。ちょうど有田焼のように、産地の名前がブランドとして定着していたそうです。

また、この地が特別なのは、遺跡の性格にも理由があります。「亀ヶ岡石器時代遺跡は、竪穴住居がほとんど見つかっていないんです。代わりに、丘の上に土坑墓というお墓がたくさん広がっている」と堀内さん。周辺集落から人々が集まってきて、共同で葬送儀礼を行った集団墓地・祭祀の場だったと考えられているのです。「土偶というものが、出産や豊穣を象徴する女性の形。それがお墓の遺跡から出てくる。死と生、世代の入れ替わり、生命の循環を表しているんじゃないかといわれています」。
しゃこちゃんグッズを企画しました!

今回フェリシモが企画した、この遮光器土偶をモチーフに「手のひらで発掘!土偶ハンカチ」&「社交的な遮光器土偶の手つなぎマスコット」を企画しました。商品開発にあたっては、堀内さんにも監修いただいています。

せっかくなので、遮光器土偶の魅力についても改めて聞いてみました。「美しいかどうかという点で言えば、現代人が見ても『美しい』『良いな』と思える形をしているんですよね。縄文時代の人が作ったものと、現代の私たちが感じる美しさが一致している。そこが面白いと思います」と堀内さん。時代を超えて人の感覚は共鳴する。そのことを、遮光器土偶はまざまざと教えてくれます。

亀ヶ岡石器時代遺跡は現在、整備工事が進んでいます。「2026年からようやく工事に着手して、今後3年間で整備を進める予定です。遺跡の上に建ち並んでいた集落も移転していただいて、可能な範囲で縄文時代の地形に戻しながら、ゆっくり歩いて巡れるような場所にしていきたい」と堀内さん。世界遺産登録5周年を迎える2026年7月に向けて、亀ヶ岡はさらに進化しようとしています。
しゃこちゃんが愛される祈りの地へ

亀ヶ岡石器時代遺跡は、人々が暮らした住居跡がほとんど見つからない、祭祀と葬送の場でした。ここに集まってきた縄文人たちが、何を祈り、何を願ってこの土偶を作ったのか。その答えは、今もわかっていません。
でも、遮光器土偶が明治時代に掘り出されて以来、しゃこちゃんとして人々に愛され続けていることは確かです。
数千年の時を越えて、縄文の祈りはかたちを変えながら生き続けています。ぜひ一度、亀ヶ岡石器時代遺跡とカルコへ。
今回ご紹介したスポットへのアクセス方法
亀ヶ岡石器時代遺跡
青森県つがる市木造館岡
アクセス
【列車】JR五能線木造駅から車で20分、津軽道つがる柏ICから車で25分【バス】弘南バス「五所川原~市浦庁舎線」亀ヶ岡停留所下車(五所川原駅前より約35分)
田小屋野貝塚
青森県つがる市木造館岡田小屋野
アクセス
【バス】弘南バス「五所川原~市浦庁舎線」田小屋野停留所下車(五所川原駅前より約35分)
※田小屋野貝塚には駐車場がありませんので、縄文遺跡案内所の駐車場をご利用ください(亀ヶ岡石器時代遺跡南側隣接)
※亀ヶ岡石器時代遺跡⇔田小屋野貝塚 徒歩5分
縄文住居展示資料館カルコ
青森県つがる市木造若緑59-1
アクセス
【車】津軽道つがる柏IC から車で10分
【列車】JR 五能線木造駅から徒歩20分
【バス】弘南バス「五所川原~市浦庁舎線」「鯵ヶ沢線」「出来島線」乗車、停留所「有楽町」「つがる市役所前」「しゃこちゃん温泉前」下車徒歩5分(五所川原駅前より約20分)
vol.2では特別史跡「三内丸山遺跡」vol.3では「是川縄文館」をご紹介します
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