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書かずにいられない心を、手紙に託す

京都の友人から分厚いクラフト紙の封筒が届いた。
シン・ゴジラ沼の知己で、わたしの師匠でありお姉様のようなお方からだ。
彼女は数回続く手紙のやり取りのなかで、わたしのことを「お孫ちゃん」と呼び、自分のことは「オバァ」と呼ぶようにと言ってくれるのだ。
うちの子どもたちは「曾孫ちゃん」と呼んで、
家族のように大切にしてくれている。

実際年上だけれど、「オバァ」と呼べるほどの年嵩ではないはず。
会ったことないから、よく知らんけどね?

旧TwitterのDМで萌え情報を共有したり、お互いの作品についてかなりガチな感想を言い合ったり、趣味で作った本を交換したこともあったなぁ。
作品に押し込めた内面のえげつないところを、お互いに叩きつけ合うような時間だった。
お互いの性癖をさらけ出して苦しくとも恥ずかしくとも、これがわたしの生きる道だ!と誇り合うような間柄だった。

わたしもオバァ(友人)も変な人ではあった。
ニッチな方に向かいたがる傾向も強い。

わざとニッチに突き進むわけではなく、気づけばそちらを選んで居るそうなのだから、性癖というのは不思議だ。

わたしがオバァ(友人)について知っていること
・中国地方出身
・LGBTQフレンドリー
・家族と疎遠
・深く考察した文章が美しい
・ちょっとミリオタ(自衛隊ネタ大好き)
・ちょっと特撮オタク
・俳優声優には疎いかも?

個人情報保護のため
やや情報操作してみたけど
概ねの印象は変わらないはず

手紙のやり取りは映画シン・ゴジラ公開の翌年には始まっていた気がする。
自分で作った本を封筒に入れて、便箋に一筆認めて同封して送る。

これがいつの日か、作った本を封筒に入れて、ぎっしり文字で埋まった便箋を4枚、同封して送るようになった。

むしろ作品がおまけで私信が主役みたいな。

わたしとオバァ(友人)の心の距離はグングン近くなっていく。
お互い人見知りなオタクなのに、顔も見た事のないオタクなのに。

やりとりする便箋の枚数は増え、たまにかわいいメッセージカードやシールなんかが混ざるようになった。
密度のめちゃくちゃ濃い手紙の応酬。
ただの文通と呼ぶにはあまりに、がっぷりよつに組み合っているようだった。

わたしの恥も大概、この便箋に濃く書き連ねているが、オバァ(友人)のほうも引けを取らないスタイルを貫いていた。

別に喧嘩してないよ?


オバァ(友人)が亡き家族の話しをしたら、わたしも亡き家族の話しをする。
みたいなやつ。

境遇の全てが似ているわけではないけれど、考え方や価値観、そだった環境の近さは感じていた。

こりゃわたしのおねえちゃまだわ。
「だからオバァじゃなくておねぇちゃまって呼ばせて」
TwitterのDМで送った。 

直ぐにリプがきて「あなたはかわいいから私のお孫ちゃん」 
「あなたのお子ちゃまは可愛いからひ孫ちゃん」

お、おう。
なんか強すぎて逆らえないぜ。
わたしはお利口さんにイエスマンをした。

この日がきっかけでわたしは、おばぁちゃまと友人を呼ぶようになる。
案外呼んでみると悪くない。
面白いくらいの新鮮さだ。

悪くないぞ!


そのおばぁちゃまから、春に送った手紙の返信が届いた。
夏と秋のことが書いてあった。
おばぁちゃまは今年に入って、大きく体調を崩されたようだ。
自分を取り巻く支援や見守りの温かさや有り難さにも言及があった。
公的な支援の大きさにも触れていた。
窓口では相性があるとか、そういう細やかなところを書いてくれるひとだった。

そして、ひとの心を傷つけるのがとても不得意なひとだった。


やさしくて、あたたかで。
わたしは今回もらった手紙も大好きになった。
内容はヘヴィなんだけど、いかにも彼女らしい横顔が見えるようで。

嬉しくなって即返事を書く。
真っ白い罫線だけの便箋4枚に赴くままにペンを走らせる。
あれもこれも伝えたい。
溢れてしまいそうだ。

子どもの頃のことだ。
みんな寝静まったころ、母はレターセットが入った引き出しから無印良品のクラフト便箋と封筒を引っ張り出してきた。
そして、母の友人に当てて手紙を認めるのだ。

電話でもFAXでも電報でもなく、手紙。

母は目の前の生活からかけ離れた友人(例えば大学の同期とか)と文通をしていたようだ。
たまに来る分厚い封筒のなかには、便箋のほかにお菓子や写真も入っていた。

その中身をテーブルに広げて顔を綻ばせる母。
意味がわからん。
小学生の綾瀬ちゃんは思っていた。
会えもしない人と手紙のやり取りをしてどうするんだ?って思っていた。

でもさぁ。そもそも違うよね。

みんなそれぞれ違う不幸や大変さがあっても、誰のせいにもせず。
たまに懐かしい人からの手紙に励まされて、それならと一念発起して。
次の手紙が来るまで頑張るよ、と便箋にほほ笑みかける母の姿を、わたしはもう笑えない。

あれは、かけがえのないもの対話のときだったのだ。

わたしも今回おばぁちゃま(友人)からもらった便箋を端から端まで読み通して、つい便箋に微笑みかけてしまった。

「お互い生きて、いつか会おうね」と。

それからもうひとつ。

「あなたの手紙を待ちながら歳を重ねるのは悪くない」


思いついたら嬉しくてフフフと‪笑う。

書かずにはいられないことも。
書かずにおいた方がいいことも。
つい心を預けるように手紙を書いてしまう。

心を預ける手紙、悪くないよ。
書きたいことでうわーってなる。
おすすめ。



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