介護はそもそも贅沢なもの?
ひとはいろんな理由で介護を受ける。
認知症だけじゃない。
疾患が原因で身体に障害を持ったとか。
生まれ持っての身体・知的障害とか。
精神障害だって介護の対象だ。
それぞれ専門は違ったりするけれど、大きく括ったらみんな「介護」だ。
ちなみにわたしは高齢者介護(施設)がメイン。
認知症だいすき(語弊がある)
わたしは介護の仕事が好きだ。
ちょっと離れようとした時期もあったけど、大好きだ。
でも、よく言われるネガティブなワードがずっと心に引っかかっている。
介護って生産性ないよね。
うるせえ。
黙れ。
(失礼しました)
生産性、ほんとにないか?
ほんとか?
よし、考えてみよう。
認知症のおばあちゃん、カヨコ(仮名)がいます。
夫は既に死亡。
子どもは長男と長女の2人。
長女は同市内に暮らしていますが、フルタイムで働いています。
カヨコは長男夫婦と暮らしています。
長男は会社勤めで通勤は片道30分。
残業もあり、朝8時に家を出て夜9時に帰ってくる毎日です。
長男の妻もフルタイムパートで朝9時から夕方5時まで働いています。
長男の子どもたちはそれぞれ独立して遠方にいます。
カヨコは自宅から一歩出ると、帰る家がわからなくなります。
過去に数度交番に保護されています。
そのたびに長男の妻が仕事を早退して引き取りに行っています。
でも長男夫妻は日中のほとんどが仕事です。
カヨコを常に見守れるのはネコしかいません。
カヨコがいなくなったことに気づける人は誰もいません。
時間や食べ物の認識ができないので、定期的に食事を摂ることもできません。
水道の水を飲むことや、室温に合わせてエアコンをつけることもできません。
真夏にエアコンをつけずに自宅にいて熱中症で倒れたこともありました。
尿意や便意はあるけれど、トイレの場所がわからなくて失禁してしまいます。
でも日中に汚れた下着を取り替えたり、床を掃除してくれる人はいません。
土日は長男夫妻が協力してカヨコを介護しますが、どちらかが家にいないとカヨコが心配なので、夫妻がそろって気軽に出かける機会はなくなりました。
長女も母のことを気にかけていますが、平日は身動きがとれません。
長男の妻はカヨコの介護のためにパートを辞めることを考えていますが、せっかく築いたキャリアを捨てるのは辛いと感じています。
長男は母の面倒を自宅で見続けたいと考えていますが、仕事もあり物理的に困難な状態です。
居宅は専門外だけど、わりとライトな状況だと思う。
これでもね!
ケアマネ試験の問題みたいだな……
(ケアマネは毎回2点足りなくて落ちている)
ここに経済的な問題を入れていないのは話がややこしくなるからだよ!
でも多分カヨコは専業主婦だったから、国民年金+遺族年金くらいじゃないかな。知らんけど。
各立場で意見はあると思う。
カヨコの目線か。
長女の目線か。
長男の目線か。
長男の妻の目線か。
隣近所とか交番のおまわりさんの目線か。
はたまたケアマネとか介護士の目線か。
でも、このままじゃ誰も幸せにならんことはわかってもらえるはず。
じゃあ、だれかが仕事を辞めてカヨコとずっと一緒にいたら全部解決する?
残念ながらしない。
定収入と社会的な地位やキャリアを投げ売って、介護に専念して、それで生活は成り立つかな?
妻がひとり我慢したら済む?
投資とか介護が必要になったとき用の積立保険とか掛けて、金銭面クリアしたら、家族の誰かが日常を犠牲にして面倒見られる?
蛇足だけど、我が家は無理っす。
夫婦揃ってずっと働いてないと無理っす。
今、夫の両親に介護が必要って言われても、両親のために仕事を辞めたら我が家の生活が破綻する未来しか見えないよ。
よしんば仕事を辞めても生活できる経済力があるとしてだよ?
ずっと24時間365日、カヨコを介護できるか?
認知症の高齢者って夜中の3時とかに起きるんだよ。
ずっと見張ってるのはしんどいよね。
見張られるほうだって多分嫌だと思う。
そもそも見張るって、人間の尊厳を守る言葉じゃないよね。
刑務所かいな。
そもそも認知症の家族を、自宅で、家族だけで介護するってさ。
友だちと遊ぶとか、散歩するとか、ふらっと外食するとか、好きな映画や小説にのめり込んで時間を忘れるとか。
そういうことが全部できなくなるってことだよ。
家庭内がギスギスしそうだね?
多分するよ。
仮に長男の妻が仕事を辞めてカヨコを看ているとして。
夫妻の慢性的な寝不足と。
長男の妻の自分が犠牲になったことへの恨みと。
夫や長女が長男の妻を犠牲にした負い目と。
長男の妻が社会との接点が減った寂しさと。
カヨコ本人も家族に恨みを向けられて混乱するかもしれないよね。
誰かに助けて欲しいって思うんじゃないかな?
でも助けを求める先が、なかったとしたら?
だいたい向かう先は虐待か無理心中。
日本国内でも痛ましい家族の虐待や無理心中が絶えない。
身内の恥とか、家族の責任とか、みんなそれぞれ自分に重たいものを背負わせて苦しんでいる。
無理だからだよ。
人ひとりの人生の最後を、丸ごと家族だけで支えるのはそもそも無理だからだよ。
そのために「介護職」がいる。
そのために「介護保険」がある。
そのために「介護施設」がある。
そのために「訪問介護」がある。
「介護」は家族の問題じゃない。
老いていくことを自然な現象として、人間として生ききって人生を終えてもらうために「介護」をする。
姥捨て山でもなく。
家庭の女性を犠牲にすることなく(そうとも言い切れんけど)
人間として安全に命を終えてもらうために、専門職がいる。
正直なところ。
介護制度って、完全じゃない。
お金もかかる。
利用できる範囲が状態によって、段階的に決まっている。
施設介護になれば自宅のような自由な暮らしは難しい。
自宅にいながら介護サービスを利用するなら、24時間のうち数時間しか介護サービスは使えない。
結局家族にしわ寄せがいく側面は否定できない
(同居や近居の家族がいれば、ね……)
でも、道端で迷子になったり、自宅のリビングで熱中症で倒れたりするリスクは限りなくゼロに近づく。
家族が自分の時間を犠牲にすることも減る。
かつては自分を育ててくれた人を家族間で「お荷物」として押し付け合わずに済む。
これって、ほんとに生産性ないですかね?
専門職が代わる代わる看ていることで、あなたは仕事ができて、友人とランチができて、夫婦で外出できて、交番からの電話に怯えなくてよくなる。
ぐっすり夜眠れて、自宅を気軽に留守にできて。
明日の予定が立てられる。
これさ、めっちゃGDP底上げしてるかんね?
経済活動の下支えが社会保障だ。
介護職は社会保障の一端を担っている。
わたしたちは今や社会に必要不可欠なインフラと言っても過言ではない。
でも、専門職だけど、全員が国家資格じゃない。
国家資格持ってたって、人間性とかさ、いろいろあるやん。どの職種でも(こそっとね)
介護職のすべてに高い専門性が担保されるのかとか。
介護施設でも虐待が起きるリスクがあるとか。
心配はあるよね。
確かにそれな。って思う。
全部が全部、高い品質とは思わないし、相性とか考え方とか複合的な視点で見ると絶対これ!っていうのがない。
高い金額出せば満足いくかって言うとそうでもないところが、また問題を複雑にする。
ややこしい。
こんなに偉そうに言ってるわたしだってね。
完璧じゃないから!
命を預かるってめっちゃ怖い。
技術の不安とか、関わり方の試行錯誤とか、ずっと抱えてる。
この人、今わたしが手を離したら転んで脳挫傷するかもって、ものすごく怖いよ。
それに人の手を借りるって、自分のペースを維持できなくなるってこと。
好きなときにテレビ見て昼寝して、お風呂入って散歩して。
そういうことが選べなくなる。
1対10とか、複数の人を同時に看るしかない介護する側としては、管理のしやすさを選んでしまう(施設介護はね)
安全と公平さを担保するために、自由を差し出してもらうってことかもしれない。
個別ケアとか、尊厳とか、パーソン・センタード・ケアとか、言われるけど、全部叶えるのは無理だ。
だから現場の職員は葛藤する。
「そのひとのため」になるように最大限頑張っている人が、家族以外にいるって、その時点でもう贅沢じゃない?
ケアマネ
サービス提供責任者
社会福祉士
相談員
介護士
看護師
医師
薬剤師
福祉用具専門相談員
清掃
調理(栄養士含む)
事務
施設管理
介護ってひとくちに言うけど、いろんな人の手が入って成り立っている。
それが年金だけじゃ賄えないにしても、借金せずに払っていけるくらいの値段で提供されている。
あなたの家族を、あなた以外の赤の他人が、大切に命と尊厳を守ろうと必死で足掻いている。
わたしが、介護好きなとこって、どうにもならんけどどうにもならんなかでどうにかしたくてがんばれることかもしれない(伝わるかな?)
制約は多い。
予算とか、人手とか、設備とか、家族の考え方とか、本人の性格とか。
言い出したらキリないし、介護職の人権とか尊厳とか守られてないって思うときもある。
でもさ、わたしたちが頑張るのやめたらどうなる?
持て余された、お荷物になりかけた大切な家族は、誰が守るの?
介護ってさ、最後の砦だよ。
汚いし、責任重いし、セクハラモラハラあるし、そのわりに社会的地位も収入も低い。
夜勤もある、肉体労働だ。
土日祝日も交代で誰かが働いている。
そうやってあなたの家族は、命と安全が保障されている。
わたしはね。
その最後の砦になれているのが嬉しい。
不自由と不便と不安しかない施設の生活のなかで、笑顔を見せてくれる瞬間が好き。
介護ってほかに仕事がなくてやる印象が昔は強かった。
家政婦みたいなもんだって。
これはこれで家政婦さんに失礼千万すぎるが……
今は専門職としての地位を確立しようって方向へ動いている。
いなきゃいけない、みんなが困る職種だよって、やっと認知されてきた。
介護保険制度ってものができるずっと前から、介護に携わってきた先人たちの努力と忍耐がやっと今だ。
仕方ないから、介護受けよう、かもしれない。
家族が施設に捨てるみたいだって思うかもしれない。
だけど、だけどね?
介護って、いつかあなたのことをあなた以上に考えて、生きるお手伝いをするかもしれない。
なにげない日常を継続するために、たくさんの人の手と、税金と、叡智が結集している。
介護って、そもそも、贅沢なものだと思わない?
今の職場のひどさに怒り続けているが、どうにも介護は楽しいから困ったもんだ。
新卒1年目の洗礼を受けてる。
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