見出し画像

年齢は日々変わっても、変わらない大切なものがある

「あなた、何歳?」

背後から、囁くような問いかけ。

お、オバケ!?

ここ出るって先輩言ってたっけ。
有料老人ホームでオバケって洒落になんないよ。

恐る恐る振り向いたら、小さなおばあちゃんがニコニコして立っている。
まって。
なんでこんな時間にニコニコしてるんだ!?
深夜2時ぞ!?

10分前の巡回ではぐっすり寝てたじゃないか!


真っ暗な廊下で深夜に元気な老婆に会うほうが、現実的には怖い。
全介護士共通の願いだと思うが、深夜2時はみんな寝ていてくれ。
頼む。

「カヨさん!?(仮名)」

鮮やかなピンクのブラウス。
パンタロン風の紺のズボン。
毎日眉毛をきちんと描いて、身ぎれいにしているカヨさん。
性格もおっとりで、癒し系と職員のなかでの人気も高い。

ただ、深夜だ。
パジャマどうした。

「あなた、何歳?」

「29歳だよ(当時)」

カヨさんは「ふうん」と興味なさそう。
聞いといてリアクション薄いのやめて。
事実を言っただけなのに、わたしが滑ったみたいになるやん。

そうじゃなくても滑り気味なのだ。
滑り散らかす介護士には全高齢者が優しくするべきだ。
介護士の心を折るな(多分そこじゃない)

「カヨさんは何歳?」

わかっていて訊く。
毎日このやり取りを繰り返しているのだ。

「39歳よ」


カヨさんは自信満々だ。
誇らしそうでさえある。

うん、普通に実年齢、倍なんだけどね。
倍でも足りないか。

実年齢は……
85歳だ。


でもカヨさんは自分の年齢を絶対受け入れない。
それどころか、毎日年齢が変わる。

一番若いときは15歳だった。

はじめて話したときには、えらいこっちゃ若作りだなと思ったけど、そうじゃないっぽいと、日々関わるなかで気づいた。

「うちの母が心配でね」
15歳の日は実家のお母さんの心配をしていた。
病弱でよく寝込んでいたそうだ。

39歳の日は、お子さんの心配をしていた。
寮にいるけどご飯を食べているかしら?と。
この話しをすると、面会に来たお子さんたちが喜ぶ。
「母さんはいつまでもうちらを子どもだと思ってる」と文句を言いながら、嬉しそうに微笑むので、つい伝えたくなるのだ。

カヨさんはアルツハイマー型認知症だった。
自分が何歳かわからなくても。
自分がどこにいるのかわからなくても。
それでも家族を心配する心を持ち続けている、素敵な人だった。

認知症でも、記憶がなくなっても、自分の年齢がわからなくても。
まわりの人を心配し続けるあたたかな心は失っていない。
わたしもこうでありたいと思うが、カヨさんほど優しい人になれている自信がない。

めっちゃいい人だし。
夜中起きても静かにわたしの巡回を手伝ってくれて、美味しい味噌汁の作り方も教えてくれるカヨさん。

でもね。
カヨさん。
頼むから、となりの人のお皿から果物だけ横取りしないで!

職員とカヨさんの攻防が続いていた。

毎日のように隣の人のお皿を狙うカヨさん。
妙にすばしっこくて、職員も負け気味だ。
最終的に、両サイドの隣人が、ほかのテーブルに避難することになったが、カヨさんはどこ吹く風だ。

暴れん坊将軍を見て微笑んでいる。
つ、つよい。

後日のこと。


フルーツどっさりのロールケーキと、どら焼きと水ようかんを差し入れしてくれた娘さんにその話をすると、さもありなんとケラケラ笑った。

「うちの母、甘いものだけは昔から分けてくれなかったんですよお」




いいなと思ったら応援しよう!

綾瀬そら@ワーママ介護福祉士 いただいたチップは賢くなるために使わせていただきます!