怪談:【臍がらみ】第3話 “だるまさんがころんだ” 【創作大賞2024参加作品】
僕は、幽霊が見える。
母が言うには物心つくころから、何もないところをじっと見つめて、しばらくの間動かないかと思えば、急にわっと泣き出すことがあったそうだ。
記憶の中で最も古い幽霊の記憶は、小学校に上がる前のころ、家の近所の道路で遊んでいた時に、誰かに呼ばれた気がして上を見上げると居酒屋とかネットカフェが入っている雑居ビルの屋上から落ちてくる女性を見た。
ほんの一瞬だったのにその女性が満面の笑みを浮かべていたのをはっきりと認識できていた。女性の影が地面にぶつかる瞬間、それはふっと消えてしまった。 僕は、幽霊が見える。でも彼らと交信できたり、この世の未練を無くさせて成仏させたりなんかできない。彼らは常に一人で物陰にいて、こちらを見ているだけだ。歩いている人に覆い被さっているのも見た事があるが、そういうのを見かけても僕にはどうしようもない。彼らに目をつけられてしまった人たちがその後どうなるかについては、知る由もない。
僕は、幽霊が見える。でもこれまで15年生きてきて、毎日彼らを見ているのに、彼らのことは何もわからない。幽霊を見る事ができる僕は心底彼らを恐れているし、僕が彼らを見る事ができるということを知られたくないと思っている。彼らには意思があるのか?何のためにそこにいるのか?成仏することがあるのか?何もかもがわからない。
僕は、幽霊がわからない。
僕の通っている高校は⬛︎⬛︎区の私立校ではあるが特段頭がいいわけでも部活動が強いわけでもない。特進クラスなるものが用意されてはいるがあまりにも平凡な学校だ。それでもそれなりに学生同士は仲がいいし、雰囲気もいい。
第一志望の試験に落ちた僕は第二志望のこの学校に入学して2ヶ月が経っていた。
正規の部活には入ってはいなかったが何人か、学校帰りに話す友達もできたし学校生活は順調だ。
ある一点を除いては。
残念ながら学校という場所は彼らを見る機会が多い。
世の中に溢れる怪談話でも学校で起きた話は多い。全国どんな小学校にも学校の七不思議があるし、学校からの帰り道には口裂け女が出るものだ。
しかし、この高校には夜中に歌うベートーヴェンの絵画や学生を襲う人体模型のようなユーモアのある幽霊はいない。
僕のクラスの教室は教壇から見て右側に窓がついており外には校庭が広がっている。左側には廊下があるわけだが窓側の奥、そこには掃除用のロッカーがある。そこにいる。
教室前方の廊下側が僕の席だが、授業中や休み時間中、ふと気づいた時に嫌な気配を背中に感じる時がある。目だけをロッカーへ向けるとそこには少しだけ戸が開いたロッカーが佇んでいる。少しだけ開いた戸の奥は真っ暗でよく見えないが、少しだけ薄赤い何かが見える。
それはまるで蛇の頭をかしげるようにゆっくりとあたりを伺うようにロッカーの奥で蠢いている。
それは大きく口を開けて舌をうごかしている人型の何かだと気づいたのは入学して2週間してからだった。
恐らく、この教室にいる人間でそれに気づいているのは僕だけだ。それが戸を開けて真っ赤な舌を蠢かせている時に掃除当番がロッカーを開ける時がある。そうすると幽霊はフッと消えてそこには箒やモップ、バケツなどが煩雑に収納されたロッカーがあるだけだ。誰にも見えていない。今のところは何も悪いことは起きていない。
でも、それが舌を覗かせる時、少しずつロッカーの戸の開き方が大きくなりつつあるのを僕は知っている。初めて気づいた時には真っ暗で何がいるのかがわからなかったのに、今でははっきりと見える。薄暗く狭いロッカーの中で細長く真っ白い身体を折り曲げ、大きく口を開けて真っ赤な舌を隙間から覗かせている何かが。
あれは、外に出ようとしている?なんのために?あれが完全にロッカーの外に身体を出したとき、いったい何が起こる?そもそもなぜあんな場所にいる?そんなことを考えていると高く良く通る声が現実へと引き戻した。
「ハナシ、聞いてる?」
「ごめん、考えことしてたよ」
「なんかぼーっとしてたよ?寝不足?」
顔を上げると僕の席の前で髪色を薄く脱色し、制服の上にピンクのカーディガンを羽織ったいわゆるギャルが不服そうにしていた。彼女の名前は結衣、このクラスの中心人物のうちの一人だ。
「あんた変わってるよねえ。まあいいけどさ、今度の文化見学、ミュージカルか歌舞伎かの投票、やってないのあんただけだから今聞いちゃおうと思って」
「じゃあ、歌舞伎で」
「なるほどね。ありがとう。まああんたがどっちを選んでもミュージカルが圧倒的多数だったんだけどね」
じゃあ聞くなよと言いかけたがすでに結衣は教室の外にいるであろう友達に話しかけに行った。自分勝手だが友達も多く、多分いい奴なんだろう。あまり話すわけではないが授業中にみんなを和ませるような事を言ったり、遊びに行く提案をしたり、明るい雰囲気を作る奴だと思う。
それだけに少し心配でもある、彼女の席は、掃除用ロッカーの目の前なのだから。
彼女が教室から出た後、視線を教室の隅へ送ると、ロッカーの戸が少し開いていた。
その次の日から、彼女は体調を崩し学校を休むようになった。彼女の友達の話では熱が40度も出ており、食事もままならないようだ。
更に日にちが経つと彼女の隣の席の女子が授業中に失神し、保健室へ運ばれた。彼女が教室の床に倒れ込み、痙攣しながら嘔吐し、教室が大騒ぎになっている時もロッカーの奥で舌が蠢いていた。悪意そのものが蠢いているようだった。
なんとかしなくては。でも僕に何ができる?幽霊を見えていながら見ないふりをしてきた僕に?
それに結衣の体調不良も倒れた女子もただの偶然ということもある。考えすぎだ。
そんな安易な考えを嘲笑うように、次は結衣の前の席の女子がロッカーの中で見つかった。
経緯については、聞き伝えなので詳細はわからないがある日、放課後の部活動の時間にも現れず、家にも帰って来ず、学校の連絡があったという。警察沙汰にまで発展し、学校周辺を探し回ったものの発見はされなかった。
その日の真夜中、警備員が学校内を周回すると僕らの教室の奥から光が発せられていたので、中に入り、光の方へ向かうと、ロッカーの中にその子はいた。その子は虚な表情でスマホを操作し、
「次はあなた次はあなた次はあなた次はあなたはあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた次はあなた」
というような内容のチャットを友達へ送っていたそうだ。そして、送られた女の子は送った女の子の更に前の席の子だった。
そう言った騒ぎがあってから、すっかり学校内では呪い騒ぎが広まっていた。昔いじめられてロッカーの中で自殺した子の幽霊が自分をいじめた奴を探しているだとかそういった具合だ。
チャットを送られた女の子はすっかり怯えてしまい、今では登校拒否をしている。
今の騒ぎの原因は確実にロッカーの中の舌の幽霊だ。
でも、だとして僕に何ができる?僕は幽霊が見える。でも見えるだけだ。何もできやしない。
きっと何人かは幽霊の被害に遭うかもしれないがいずれは治るかもしれない。幸い僕の席はロッカーから最も遠い。見ないふりをしつつじっと耐えていればきっと。
僕があの時見ないふりをしていたから。
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