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【第2章】NICUでの日々⑥次女に起きた予想外のミラクル

2012年、出産で重症心身障害児となった次女のお話を振り返りながら綴っています。
NICUに入院してからのお話の続きです。

▼前回(第5話)のお話はこちら

次女の脳性麻痺という障害にショックを受け、ドン底に落ちていた私。
でも、「障害は変えられなくても、自分の心のあり方次第で現実が変わる」ということに気づいたことで、次女にミラクルな出来事が起こり始めました。

「いいエネルギー」の効果

私は引き続き、いいエネルギーでNICUに面会に行くことを意識していた。

そして、日常で「徳を積む」ことをした。

・スーパーのカートが乱れていたら、直す
・お店の洗面台が濡れていたら、自分じゃなくても拭く
・店員さんに、笑顔で「ありがとう」という 

当たり前のことだけど、
「一日一善」の気持ちで
誰も見ていないところでも人の役に立つ行動を心がけた。

もちろん、こんなことをして、
何になるんだろう…ということばかり。
こんなことをしたって、
次女が良くなるわけじゃない。
お医者さんじゃないので、病気を治せるわけでもない。

でも、「意識を向ける先」を変えたことで、
思いがけないミラクルが起こり始めた。


まずは、
次女の人工呼吸器の酸素濃度の数値が
当初より少しずつ改善して、
ほぼ空気に近い状態で呼吸できるようになった。


そして、喉の気管に直接
人工呼吸器を挿入する
「気管切開手術」ができるまでになった。
(生まれた当初は難しいと言われていた)

同時に、
「一生開くことはない」と言われていた
次女の目が、うっすら開くようになった。

さらに、
これも「一生動かせない」と言われていた手が
少しだけ反射で動くようになった。


その日の命を繋ぐだけでも精一杯だった次女に、
少しずつだけど良い変化が表れ始めた。

障害に落ち込み、泣き続けても
何も変わらなかった現実が、意識一つでこんなに変わるなんて…

偶然かもしれないけど、
障害を恨んで、泣きながら過ごすよりは、
はるかに次女にいい影響を与えられたのだと思った。

気管切開手術

気管を切開して呼吸器を喉に挿入する
「気管切開」の手術を受ければ、
呼吸の管理が今よりも少し楽になる。

そうすると、NICUを退院できるかもしれないとのことだった。

もちろん、今の状態の次女を在宅でケアするのは
まだまだ難しい。

でも、気管切開をすれば
重症心身障害児専門の病院に転院できるので、
一般の病室のように家族が出入りできるようになる。

当時6歳と3歳だった兄と姉は
NICUの中には入ることができないので、
まだ一度も次女に触れていない。

次女の気管切開が成功すれば、
初めて兄姉と一緒に過ごすことができる。

まだ完全ではないけど、
一歩ずつ未来が開けていっていることが嬉しかった。


手術の日、私は県内で有名な神社を参拝し、
手術の成功を祈って絵馬を書いた。


手術の成功を祈って書いた絵馬

内心、とても心配でたまらなかったが、
手術室へ入っていく主治医が
「よし!次女ちゃん、いくよ!」
と言ってくれたので、
その頼もしい姿に少しほっとした。

手術が不安にな私に
「次女さんは、強い子ですから…」
と、あのセリフで勇気づけてくれた主治医を
私も腹をくくって信じることにした。

先生が一緒なら、きっと大丈夫だ。


数時間後、無事に手術を終え、
口に管の入っていない次女の顔を
初めて見ることができて、なんだか新鮮だった。

手術を持ちこたえられた安堵と、
これで家族で過ごせるかもしれない期待。

こうして少しずつ次のステップに進んでいくのだった。

1年越しの初対面

呼吸管理がしやすくなったので、
12月の1歳の誕生日には
なんと、NCIUでささやかな誕生会を開くことができた。


NICUの隣の部屋で
特別に祖父母や兄姉の入室が許可され、
次女を抱っこさせてもらえた。

ふだんはガラス越しにしか会えなかったので、
一年越しに初対面を果たした兄姉や家族は
とても喜んでいた。

教員だった私は、お得意の工作で
誕生日ケーキを作って持って行った。

新しい、ふかふかのブランケットを
プレゼントした。

NICUで一歳の誕生会

長女は、覚えたてのひらがなで
次女に手紙を書いていた。

家にいなくて、ずっと触れられなかった
小さな妹の手を、初めて握った。

その日初めて、家族写真を撮った。

初めての家族写真

今にも消えそうだった次女の命の火は
なんとか一年、持ちこたえてくれた。

献身的にケアしてくれている
スタッフさんたちのおかげで、
家族に会わせることができた。

ここまで乗り越えてくれた次女はやっぱり
「強い子」だな、と改めて思った。

そしてそんな私に、
運命を変える大きな転機が訪れるのだった。

次回はこちら


【これまでのお話はこちら】
超緊急帝王切開、早期胎盤剥離による壮絶な出産、NICU入院、障害の告知など、重症仮死で生まれた次女とのはじまりの日々を綴っています。

その経験を経て、現在は子育て講師として
障害児ママや教員等に向けて「勇気づけの子育て」を伝えています。

【ブログはこちら】


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