ヒューマンドラマ×グルメ小説|タバスコが辛くなくて困る(11)|白ワインとしらすと大葉のブルスケッタ①
【この小説は一頁につきおおよそ4分で読めます】
【あらすじ】
ライターの東海林町子は40歳独身女。花より団子の食道楽。
大学からの友人、芙由美とまどかと3人で、独身を脱却するぞと宣誓するが、実は一人がまあまあ楽しかったりする。
立ち飲み屋で楽しむビールと焼き茄子、激安スーパーで買った鶏ハツでスパークリングワイン——
最高過ぎて、結局今日も一人飲み——?
【この小説は途中から有料になります】
(1)はこちら
白ワインとしらすと大葉のブルスケッタ①
「私、昔は小説家になりたかったんだよね」と町子は言った。
駅前に新しく出来た創作イタリアンの店内、ぼんやりと光を灯すカウンター席の傍らに、町子と大和はいた。無造作に纏められた町子の後れ毛を、少々色っぽい気持ちで見ている大和の気持ちなど、町子は今日も知る由もなく。
町子がやや豪快に白ワインのグラスを傾ける度、しどけなく抜かれた町子のシアーシャツの襟元から、わずかに紅潮した首元がちらちらと覗く。
好きな女性に全く意識されていないからこそ見られるこの光景は、ご褒美なのか罰ゲームなのか、大和も判断に悩むところだ。
「おーい? 大和くーん? 聞いてる?」
ぼんやりしている(正確には自らの煩悩と戦っている)大和の眼前で、町子が遠慮なしにぶんぶんと手を振る。華奢な指先を掴みたい衝動に駆られるのは、仕事終わりで空きっ腹にビールを注いだせいだろう。
ともあれ、ここまで堪えて築けた関係性を、一か八かの可能性に掛けられるほど、町子も自分も簡単でないことを大和は知っていた。数学的帰納法ならn=1 の次はn=2 なのに、実際の社会はそんな美しく整ったロジックでは語れないことを、もうさすがに35ともなると嫌というほど知ってしまっている。そして、悲しいかな何でもないように装えるだけの経験値もそれなりにあった。
大和は仕事疲れとともにふいに出そうになる溜め息を飲み込み、とりあえずといった調子で箸で掴んだままだったタコのカルパッチョを口に運んだ。それでなくてもほろ酔いの町子がいつまでも大和を見つめている訳もなく、その目はいつの間にか次の料理を選ぶべく、メニュー表に向けられている。
「小説家、似合いそうですね」と大和が言ったのは、町子がスマホでしらすと大葉のブルスケッタを注文したのと同時だった。タコのカルパッチョに使われているオリーブオイルの、フルーティーな香りが鼻から抜ける。
スマホから大和のほうに向き直った町子が、「え、本当に言ってる?」と怪訝な顔で言う。
「本当ですよ。町子さんの書く文章、香りや感触まで伝わってくる感じがちょっとフランシス・メイズっぽいし、エッセイとも小説ともつかない感じのとか良さそうですよね」
大和は言って、何杯目かのグラスのビールを飲み干す。元々、ミステリーなんかは読むが、フランシス・メイズなんて読み出したのは言わずもがな町子の影響だ。
「もう。そうやって言えば私が喜ぶって分かってて。おだてなくても今日誘ったのは私なんだから、ここは私の奢りだよ」
町子はそう言って、タコのカルパッチョの脇のクレソンを摘んだ。いつも通り、大和の匂わせる程度の好意の言葉は華麗にスルーして。
仕方なく、やや不本意ではあるが、町子の話したいだろう本筋に話を戻す。
「で、小鈴ちゃんの言葉から何でまた『小説家』なんですか?」と大和は言った。
そもそもこの話が始まったのは、小鈴ちゃんが少し前に言った「同じクラスの子たち、みんな夏休みはおじいちゃんおばあちゃんの家に行くんだって」という台詞がきっかけだ。
大和の発言に、「え? そこ?」と町子が言う。
「え? 変ですか?」
「いや、変というか何と言うか——んー、まあそうか。私の話が飛躍してるのか」
勝手にひとりごちるように町子が言う。町子が今、頭の中で思い描く地図と、大和が思い描いているそれは、色も形も異なるようだ。
ふとその違いを教えて貰えないのかと焦った大和が、「え、待って、待って。町子さん。勝手に一人納得しないで話してよ」と言う。学生時代を理数系一筋で来てしまったことを言い訳にする訳ではないが、こうした場面は大和にとって珍しくはなかった。過程が曖昧な情緒的な会話はたまに置いてけぼりになることがある。
ここから先は

ヒューマンドラマ×グルメ小説。お腹がすく小説を目指して。不定期更新。現在公開部分無料(最終価格未定)。
この記事が参加している募集
応援宜しくお願いします∩^ω^∩いただいたチップは、資料購入や取材活動などに使わせていただきます☆★☆
