ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(29)|雨に唄えば
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田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
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雨に唄えば
「前にさくらさんが話してくれたときは、しばらく会ってないって言ってました。あの口ぶりだと、会ってないのは数年どころの話じゃない気がします」
「そうなの」
人には色々と事情があるものだな、と紫は思った。70も過ぎて、家族との繋がりがないというのも寂しい気がする。まあ、親もなく、子どももいない、自分がいうのも可笑しな話かもしれないが——
「今度、宗四郎がさくらさんから何か聞いてないか、訊いてみます。やっぱり心配ですし」
「そうね。息子さんと疎遠なら、尚更そのほうがいいかも」
「そうですね」と茉莉花は言って、ふうと息をついた。手に持っていたマグカップを、ちゃぶ台に置く。
「茉莉花、今日は喫茶店のパートは?」
「今日は雨降りで、お客さんも少なそうってことで、休みになりました。紫さんは?」
「私も今日は休み」
「何か予定が?」
「ううん。何もすることなくて、どうしようかなって思ってた」
紫が言うのに、茉莉花の表情がパッと明るくなる。
「それなら、私と一緒にケーキ作りしませんか?」
「え、ケーキ?」
「作ってみたいレシピがあるんです」
茉莉花が、目をキラキラさせて言う。
「私に出来るかしら。むしろ邪魔にしかならない気が——」

「紫さんなら大丈夫。洗濯物だって洗い物だって手際いいし、きっと苦手意識が先立ってしまってるだけですよ」
「そう?」
「そうそう。私が言うんだから間違いないです」
茉莉花が言って笑う。
「茉莉花、何だか最近、宗四郎に似てきてない?」
「え。やだ」
「やだって——」
紫は言って、心底おかしそうに笑う。躊躇いもなく即答されて、さすがの宗四郎も不名誉に思うかもしれない。
「でも、教習所に通い始めて、車のハンドル握ってみたら、ちょっと楽しいんですよね。結婚して、子ども産んで、離婚して——こんな自分でも、まだ何か新しいことにチャレンジ出来るんだって気がするんです」
「え、まさか。茉莉花、車のハンドル握ると人が変わるタイプ?」
「え、違っ——」と、茉莉花が恥ずかしそうに顔を赤くして、慌てた様子で言う。
茉莉花の様子に、「嘘嘘。冗談」と紫が笑った。2人の笑い声が、居間に響く。
「いい傾向なんじゃない? その調子で、自分のスイーツ店開きなさいよ」
「え、それは無理ですよ」
「どうして? 前から言ってるじゃない。茉莉花は自分の店やるべきだって」
「ええ? うーん。まあ、考えておきます」
茉莉花は言って、また笑う。
「それで——これから、紫さんは私のケーキ作り手伝ってくれますか?」
「仕方ないわね。やりますか。宜しく頼むわ、先生」
茉莉花と紫の笑い声が、再び居間に響いた。
「どうしたの?」と葉がひょっこり居間に顔を出す。
外は、変わらず雨がしとしとと降っていた。ガラス戸をぽつぽつと叩く雨音が、軽やかに部屋に響く。グレーに染まる空が、猛暑の合間に、少しばかりの涼と切なさを連れている。

【1182文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】
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