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短編87「おひとりさま! ヒトカラ天国へようこそ」

あらすじ
仕事の疲れを癒すため、誰にも気を使わない「一人カラオケ」へ。フライドポテトやピザを堪能し、自分のセトリを全力で歌い上げて……。

 戦場から戻った私、畑 仁美はた ひとみは、自己完結する世界で翼を広げる。
 ここでだけは、私が私でいられるのだ。

 毎日毎日、朝から晩までお仕事。
 デスクワークで身体は凝り固まり、頭の中はタスクが積み重なり、リマインドが鳴り、大量のメールが飛び込んでくる。まるで戦場だ。
 好きで選んだ事務のお仕事だけど、疲れが溜まるのはどうしても避けられない。

 そんなときは……。

 自分への最高のご褒美を!
 疲労回復の特効薬、それこそが一人カラオケ、『ヒトカラ』だーっ!

 私はきっと、いらぬ気を使っているのだと思う。
 友達とカラオケに行けば、場の空気を読んで流行り曲だったりTikTokの話題曲をつい入れてしまう。上司のおじさんがいれば、今どきのアイドルソングを熱唱させられる。
 これってなにハラ? カラハラ?

 私はもう、他人のためのプレイリストを歌うのは疲れた。
 自分のセットリストで歌いたいのだ。

 だからこの空間では、誰にも遠慮しない。
 この喉とマイクが許す限り、自分の好きなアーティストの歌を歌い続ける。時代を超えて歌い継がれる名曲たちを、心いくまで。

 記念すべきヒトカラの一曲目はもちろん、テンションを上げるロックナンバー。Mr.Childrenの『シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜』! 
 最初のイントロが流れた瞬間、身体の底からエネルギーが湧き出してくるようだ。心臓の鼓動が、楽曲のビートと同期する。
 実はこれ、元カレの持ち歌だったのを、あまりにも良い曲だからとさらりとパクった。過去の因縁も、この部屋を熱狂させる最高の燃料になる。日頃のストレスを声に変えて、天井へと吹き飛ばす。

 ここで、最初の至福が到着する。フライドポテトだ。皮付きで太めのポテトが大好き。
 表面はカリッと、中はホックホク。揚げたての熱々を頬張りながら、キンと冷えたアイスティーで流し込む。このジャンキーで背徳的な組み合わせが、心の飢餓感を満たすヒトカラには欠かせない!

 喉が温まってきたので、少し落ち着いたミディアムバラードへ。サザンオールスターズの『TSUNAMI』を熱唱する。
 湘南出身の上司にカラハラされて知った曲なのだが、歌詞の深さとメロディの美しさに心を奪われ、持ち歌にしてしまった。目を閉じて歌えば、都会の喧騒から切り離された自分だけの青い波間に漂っているような気分になる。

 そしてカラオケの王道といえば、これも外せない。熱々の照り焼きチキンピザ。部屋いっぱいに広がる甘辛いタレの香りと、チーズの濃厚な匂い。すべてを許すかのようにとろりと垂れるマヨネーズごと、ふうふうとしながらぱくりと食らいつく。
 誰も見ていないから、口いっぱいに頬張っても恥ずかしくない。もう、幸福感で胸がいっぱいだ。

 さて、次の曲ではジャンルをぶっ壊していく。アニソンだ! May’n/中島愛の『ライオン』!
「生き残りたい! まだ生きてたい! 君を愛してーる!!」
 そして、誰もいない空間に向かって、全力で叫ぶ。

「お前たちが俺の翼だーっ!!」

 友達には理解されない選曲と全力の叫び。これこそが心の解放。
 隣の部屋から苦情が来ないことを祈りつつ、魂を込めて歌い続けていた。

 締めの儀式は、一人遊びの極致、一人ロシアンたこ焼きである。
 どれにしようかな〜これかな〜と、まるで子どもに戻ったように楽しみながら選んで、ぱくり。

「――かっら! 激辛!」

 けれど、この予想外の刺激も、自分で選んだ楽しみだ。誰のリアクションもないけど、自分で用意した水を飲みながら一人で悶える。完璧に自己完結した遊びだ。

 ――というわけで、フリータイムの8時間は本当にあっという間に過ぎ去っていった。歌って、食べて、叫んで、最高の気分。
 最後に、この最高の時間と空間に感謝を込めて、『仰げば尊し』を歌って終えるのが私の神聖なルーティンだった。

 心のエネルギーは充分に補充できたと思う。
 さて、そろそろ帰ろう。顔は火照り、喉はガラガラだったが、心は驚くほど透明で軽やかだ。

 また、明日がやってくる。
 今日の蓄えたエネルギーを使い果たしたら、私はきっとまた、この場所に戻ってくるのだろう。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。


作者のひとこと
三曲目は「もってけー」「キラッ☆」で悩みましたが、文字にしたときの強さを重視してこんな形になりました。元ネタが伝わるかどうかだけが不安です。

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