短編60「小さく照らしたくて」
あらすじ
絵本作家の千紗都は、書店で自分の作品に対する辛辣な言葉を耳にしてしまう。深い喪失感に苛まれながら、子どものときから読み続けている絵本を読み返して……。
私の頭からは、創作のアイデアがどんどん溢れてくる。
子どものときに読んだ童話。夢中で読み進めた長編ファンタジー小説。暖かい気持ちを引き出してくれた切ない恋物語。
そういったものが、私、古都 千紗都という絵本作家をつくっている。
「先生は、スランプとかないんですか?」
ある日、雑誌のインタビューを受けることになって、インタビュアーは何気ない質問という口調でそう言った。そこには恐らく、深い意図はなかったのだと思う。
「はい、いまのところは……。アイデアは日常生活でたくさん湧いてきますし、いまはAIにすぐ相談できる時代ですから」
微笑みながらそう言うと、みんな笑って場が明るくなった気がした。
……って、そんなわけあるかーい!
ソファのクッションに跨ってぽすぽす殴りながら、私はもやもやとした気持ちを解消していた。
毎日毎日悩んで考えてアウトプットして、納得いかなかったらやり直して、編集からの修正依頼に対応して、余暇はインプットに充てる。そんなことを一体何年繰り返してきたのだと思っているのだ。
私はこの魂が枯れるまで。
いや、枯れ果てたとしても、書き続けるしかないのだ。
一番緊張する時間は、書店の棚に自分の本が並ぶとき。Webで公開されるときもドキドキするけど、やっぱり物理的に並ぶという現実の説得力は強い。
児童書コーナーに平積みにされた自分の本を一冊手にとって、レジへと向かう。献本はいただいているけど、わざわざ自分のお金で買うのが個人的に好きなのだ。
会計を済ませて出口へ向かおうとすると、
「古都 千紗都の新作、微妙だよな。最近、つまらなくなってきた」
と、誰かの声が、鼓膜を震わせた。ぎょっとするような言葉が耳に入ってくる。その言葉はまるで氷の刃のように、無防備な私の心の急所を撃ち抜いた。
先程の平積みにされた棚の前で、2人の男性が話しているのが見えた。1人が本を手にとって、ぱらぱらとめくっている。
「俺が子どもの時は、もっと切り口が独創的だったというか、勢いがあったと思うんだよな」
……それ以上、聞いてはいけない。私はすぐに書店を飛び出した。
銃で深手を負った動物が、安全な巣へと逃げ戻るように。
震える手で玄関の鍵を開け、まるで何かに追われるように室内へ逃げ込む。ドアを閉めて、背中と体重を預ける。
心臓がうるさいほどに鼓動を打っている。私は鞄をそこらに放り投げ、床にへたり込んだ。
どうしようもない喪失感。まるで、正体の見えないなにかに追われているような焦燥感。魂というエンジンが疲弊したような感覚。出口の見えないトンネル。
そういったものにたった1人で迷い込んでいる気がした。
なんとか自分の本棚に辿り着く。無意識に掴むのは、ボロボロになった一冊の絵本。
『小さく照らす物語』。
子どものときから繰り返し繰り返し、大切に読み続けていた絵本だ。柔らかいタッチでクレヨンの暖かさが溢れるイラスト。色褪せかけた本が、心の柔らかいところに染み込んでくると感じさせてくれる。魂へ新たな血を注いでくれるかのように。
開くとすぐに、私はワクワクして読み進めた子どもの頃を思い出す。
夜空の片隅で、誰にも気づかれずに小さく瞬く星の物語。その星は自分の光が弱いことを嘆いていたが、旅をするうちに小さな光が集まって、大きな光で照らすことができるようになっていく。迷子のホタルや、暗闇で咲く花をそっと照らしていくのだ。
この物語は、『自分が誰かの光になること』の喜びを優しく教えてくれた、一冊だった。
私は本を読み終えて、静かに涙を流した。
悲しいのとは、ちょっと違う。でも、感動ともちょっと違う。
どちらかといえば、『溢れる想いがこぼれた』という表現が適切なのかもしれない。熱意と情熱が再沸騰して、溢れたぶんが流れている感覚。
私はいつも、教えてもらっている。誰かの評価とは無関係に、ただ純粋な『好き』という気持ちで自分を満たせるということに。あの日の自分がそうだったように。
誰かの期待に答えるというより、『好き』と思ってくれるたった1人のために。自分が書きたい『好き』を追求するために。
私は、物語を紡ぎ続ける。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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