短編61「誰かの地図」
あらすじ
仕事に疲れた真依子は、依存という理想を抱きつつ、専業主婦のさちと再会する。友人との対話を通して、彼女は現実を見つめ直して……。
依存。
誰かに依存したいという思いは、確かにあった。大切な人の言うことを疑わず信じて、大切な人が書いた地図に従って進む。
そう思えることは、幸せなことだと思っていた。
もしかして、私は疲れていたのかもしれない。
社会という名の巨大な渦に足を取られて、その新しい価値観に戸惑っていた。SNSでバズってる誰かのイケてる社会人像を見たり、仕事の成果を常に数字で求められたり。そんなものは手の届かない蜃気楼としか思えなかった。
誰かの肯定という燃料なしには自分という存在が宙ぶらりんで、足元が揺らいでしまうような、紐の切れた風船のような、不安定な日々を送っていた。
「それって、依存?」
「そうかもしれない」
しばらくして、同級生と電話で話して、会うことにした。
彼女は卒業と同時に恋愛関係にあった男性との間に子どもを授かって結婚し、専業主婦になっていた。
私は、彼女の意見を聞いてみたいと思っていた。
「真依子《まいこ》! 久しぶり」
幼い子どもを抱っこ紐で抱えながら現れた石黒 さちは、笑顔で私にそう言った。
「さち、久しぶりだね。最近、どう?」
「それがさあ、あのね――」
普段あまり喋ることがないのか、さちは怒涛のように言葉を吐き出す。時々、私が「ちょっと待って」と隙間に入れながら、話は目まぐるしく展開していた。
「ごめんね、ほんと家では育児と家事ばかりで。旦那も帰り遅いし、人と話すことがなくてさ」
さちがそう言うのに、私は困ったような微笑みを返す。
「ううん。なんか大変そうだよね。専業主婦ってそんなに大変なの?」
「そりゃもう! 子どもはこちらの都合に関係なく泣くし、旦那は、仕事という名の免罪符を振りかざして好き勝手言ってるし。この前なんて、深夜に帰ってきて私が寝かしつけたばかりの子どもを抱っこして『ああ、可愛いなぁ』って。起こすなよアホかってかんじで。私は結局寝れなくてさ。私の人権どこいった、って本気で思う」
おどけながらも一気に言うさちの瞳には、疲れ切った魂が一瞬だけ見え隠れしていた。
私はなんとも言えない笑みを返す。
なにかを他人に依存すると、そのぶん依存されてしまうのだろうか、と曖昧な理解をしていた。
「それって、依存なのかな?」
「うん、そうだよ。だって私、旦那がお金入れてくれなかったら、生きていけないし。それにね、真依子。私、最近思うんだよね。誰かに褒められたり、誰かに必要とされたりすること。それも、依存してるんじゃないかって」
私は、彼女の言葉に息をのんだ。依存に憧れていた理由が、まさにそこにあったからだ。
誰かに認められたい、必要とされたい。
それは、孤独な私を救ってくれる光だと思っていた。
でも、さちの瞳は、その光が時として影を落とすことを教えてくれた。
それは、私が想像していたような、温かくて甘い依存ではなかった。
「さちは、自分でそうしたくて、いまの生活を選んだの?」
私が言うと、さちは困ったような顔をした。どうやら想定外の質問だったらしい。
「うーん……もちろん私も悪かったと思うよ。好きになって、子どもをもうけて、そしたら後は彼に任せておけば良い、って思ってたんだもの」
さちが眉根を寄せながらそう言うのに、私も困った顔になった。
……依存って、なんだろう。
依存って、もっとこう、安心感に包まれた温かい羊水みたいなものを想像していたと思う。でも、実際は、見えない鎖の連鎖なのだと、私は理解できたと思う。言うなれば2人でお互いに縛り合った縄のような関係性。
それって私が求めていることとは、違う。それが分かっただけでも、一歩だけ先に歩けた気がしていた。
「なんだろうね、依存って」
私は思わずそう言っていた。
答えはまだ見つからない。
でも、私はもう、誰かのなにかに沿って生きるのではなく、自分の地図を少しずつ、新しく描いていこうと心に決めていた。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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