短編62「静かな知性のバニーガール」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#4
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
クールなバニーガール、ニナ。彼女は他のキャストをフォローする調整役としての役割をこなしていた。プライベートは意外と……。
バニースーツを洗うときというのは、自分の心をリフレッシュしている時間なのだと思う。
レナは、桶に中性洗剤を入れてお湯を注ぐ。軽くかき混ぜてから、いつものバニースーツを浸した。
愛用の濃緑色のスーツ。チャックを全て閉じてから、桶に浸す。しばらくしてから、優しく押し洗い。すすいでから、形を整えて陰干しをする。
時計を見ると、まだ午前。デスクに座ると、棚から書籍を取り出す。行政書士のテキスト。
レナにとって、自分の力で大切なものを守り抜く力を身につけるために、必要な知識を学んでいるのだった。
週末の繁華街は、いつものごとく混み合っている。
平日の疲れを洗い流したい人々が安息を求めて訪れているのだ。
繁華街の最奥のちょっとカオスな区域にある、「Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)」。ロップイヤー、『垂れ耳』を意味するこのお店は、バニーガールのコンセプトカフェだった。
今日はなぜか、客の入りが良い。隣の保護猫カフェも盛況なようで、売り上げが期待できる日なのではないだろうか。理由は分からないが、客商売には不思議とそんな、見えない流れみたいなものがある。
濃緑のバニースーツに身を包んだレナは、混雑する路上で誘導を続け、たまに店内に戻ってはフォローをして、慌ただしく過ごしていた。
「ニーナ、あちらのお客様、ドリンクが空よ」「はいっ!」
「アリス、新規のお客様について」「hi、はい」
調整役としての立ち回りが、彼女に求められている仕事だった。
やがて、ピークが一段落したようだ。店員たちがカウンターの空グラスや食器類を下げて清掃を終わらせていく。レナは小さく息を吐きながら、店内を見回した。
いま着席されているのは、カウンターに4名ほど。時計を見ると時間は21時。しばらくすると、二次会・三次会の場所を求めている客が大量に押し寄せてくる可能性がある。
「アリス、いまのうちにミックスナッツの数を確認して、足りなかったら作っておいて」
レナがそう伝えると、アリスは大きく頷いてバックヤードへ戻っていった。
さて、いまのうちに次のピークの準備をしなければ。レナはそう思いながら、額を手の甲で軽く叩いた。
「やれって言われたらやりゃいいんだよ!」
突然店内に響く怒号。
しん、と空気が静まり返り、あまりの重さで床に溜まったと思ってしまうほどだ。
レナが振り返る。声の主は、カウンターの中で接客しているニーナの向かいに座る、男性客。がっしりとした体格で日常的に身体を鍛えているのがよく分かる。それを惜しげもなく見せる白いタンクトップに、ゆったりとしたパンツ。程よく焼けた肌と、刈り上げられた短髪が威圧感を与えているようだった。
「お客様、なにか問題がございましたか?」
レナは即座にその男の隣に向かうと、腰を少し落としながら、なるべく刺激しないように穏やかな声で聞く。
「なんだぁ? お前、ニーナの上司か? こいつ、高いボトルを注文したくせに、俺からの『特別な時間』のお誘いに乗れねぇとか言ってんだけどよ」
ちらりと視線をカウンターに向ける。テーブルの上に置かれているのは、モエ・エ・シャンドンのアンペリアル。店内で2万円で販売しているが、取り扱っているボトルの中では一番安いものだ。
「だから、うちはアフターとかやってないんですってば」
ニーナが言う。視線は客を見据えて、手にはおしぼりを強く握りしめている。
レナは2つのことを懸念している。
ひとつ、店の雰囲気が悪くなること。
ふたつ、ニーナがブチ切れて客の顔におしぼりをぶん投げること。
どちらが起こっても、店にとってはデメリットしかない。
「お客様。こちらで話を聞かせていただけませんか」
レナはバックルームの空き部屋を促して、客を案内した。
空き部屋に置かれたソファの上座に客を座らせると、その向かいにレナが座った。もちろん、証拠保全のためにスマートフォンで録音を開始している。
「まずは、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。お話をくわしく聞かせていただけますか?」
レナはなるべく穏やかに冷静に、聞き取りやすい滑舌と発音を心がけて、そう伝えた。
「あいつふざけてんのか? 高っけぇボトル入れたにも関わらず、この後の店外できねぇなんてよ」
「まずは、不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」
それに男性は荒い鼻息をふん、と吐いた。
「ただ、申し訳ございませんが、店外に関しては当店のサービス外となっております。ご本人同士が合意の上で会うのかは関知しません。同時に、当店がサービスとしてご提供することもございません」
「ふざけんなっ!」
客は拳を振り上げると、テーブルにだんと強く叩きつける。
「こちらは高い金払ってボトル空けてやってんだ! その対価にサービスするのがプロだろうがよ!」
レナはそれには動じない。ただ静かに彼を見つめていた。
……シナリオはだいたい想像できる。
ニーナが売上を出すためにボトルを勧めたのだろう。それに対して下心のある客は、アフターを対価として要求したのだろう。でもニーナは、話を聞き流して適当にあしらったのだろう。
つまり、どっちもどっち。お互い様というやつだ。
これから話を丸く収めなきゃいけないのよねえ、とレナは内心ため息をつく。
「まず、ご理解いただきたいのですが……サービスについては、掲示がある通りです。店内でお酒の提供を始めとした接客対応をして、その対価をいただいているというのが私たちです。その認識をまずは、ご理解いただけないでしょうか」
レナはゆっくりと話を続ける。
「ニーナははっきりと『ボトルを頼んでくれたらアフターをする』と明確に言っていたでしょうか? それでしたら諾成契約が成り立ちますので、お客様の仰ることも一理ございます。おそらくですが、ニーナは『たぶん』とか『考えとく』みたいな、曖昧な言葉を使っていなかったでしょうか?」
「……う……ま、まあ、確かに、言われてみれば……」
あっさり言質が取れてしまった。レナは「ニーナに確認します」と言って部屋を出る。それからカウンターに向かうと、ニーナの隣に立った。
「あのね、ニーナ……」
「はい、ごめんなさい。売上欲しさにテキトー言いました」
「……それだけ聞ければ、充分だわ」
レナは踵を返すと、客のところに戻った。
「キャストに確認が取れました。彼女は明確に『アフターをする』とは発言していないようです。彼女が同意していないということは、お客様の言うことは契約として成立していません」
「お、おい、ふざけんな! そんな言い分が通るとでも――」
「大変申し訳ございません。これ以上のことを求められますと、『不当請求』に該当する可能性がございます。そうなってきますと、当店としても顧問弁護士を挟んで法的措置を――」
がたん。客は突然立ち上がる。レナは直感的に身構えてしまう。
「もういい。帰る。会計してくれ」
レナを見下ろしながら彼は言う。それに彼女は、微笑みを見せないように苦労した。
優良誤認だと突っ込まれたら、話はもっと面倒なことになっていたからだ。
チェックメイト。
「店長。栗山店長」
レナはバックルームに向かって、そう声をかけながらドアを開いた。
室内のデスクには、細身の男性が座っている。折り目正しい白いシャツに、黒いスラックス。黒のベストを着て、ノートパソコンの画面に向き合っていた。
「と、トラブル、どうでしたか……?」
栗山は弱気な声で言う。レナはそれに大きく頷いてから、
「メニューのどこかに、注意書きを増やしたいです。現在の『キャストが嫌がることはしない』という注意書きをより強く、『キャストが嫌がることに対して、法的措置を取る場合がございます』と、書き換えたいです」
「……は、はい。レナさんが、そう言うなら、その方向で調整します」
栗山の言葉にレナは微笑むと、店内に戻った。
「レナさん……」
店内に戻ると、ニーナが声をかけてくる。安定しない視線を下に向けて、胸の前に上げた左手を右手で包んで、弱気な声でそう言った。
「大丈夫、もう終わったから。今回の件でメニューの注意書きを更新するから、また確認しておいて。あと、ダメなときはちゃんとダメって言ってもいいんだからね。売上も大事だけど、トラブルになったら、意味がないから」
それにニーナは返す言葉がない。しょんぼりとうつむいたまま、「はい……」とだけ呟いた。
翌朝。レナはデスクに座り、行政書士のテキストを開く。
私は、仕事でいつも学んでいる。人間観察、場の収め方。
それに法律の知識が加われば、自分はもっと守れるものが増える。そう確信していた。
昨晩洗ったスーツは乾き始めていて、今夜の出勤には余裕で間に合いそうだ。
夜の華やかさと、堅実な未来。その両方を背負う覚悟は、とうにできている。
私はそう決意して、テキストを読み進めていた。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
もし気に入っていただけましたら、スキやチップの応援を頂けると励みになります。
また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
#短編小説 #小説 #ライトノベル #創作 #バニーガール #コンカフェ #note小説
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします。
いただいたチップは資料の購入費用、取材費などの活動費として有益に使わせていただきます。