短編48「迷子のアリスはバニーガール」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#3
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
破天荒バニーガール・ニーナは、新人バニーのアリスの教育係を任される。アリスが「ニンジンが好き」という一面を知ると、ニーナは……。
「新人ちゃんの教育、ニーナにお願いしたいの」
レナがいつも通りの冷静な笑顔で、切り出した。
濃緑のバニースーツに身を包んで、肩口まで黒髪を伸ばしたロングボブ。穏やかな表情は人生を知り尽くしたよう。それにニーナは、なんと答えたらいいのか分からなくなってしまっていた。
「新人の教育……この私が? 万年新人から卒業できないこの私が?」
ニーナは思わず素直な意見を口にしていた。自分には教育なんて1ミリも向いてないと思っているからで、どうやら自覚はあるようだ。
ニーナは茶色の髪を胸の下まで伸ばしていた。黒色のバニースーツに身を包んでおり、身体のラインを惜しげもなく晒している。入念なメイクはマスカラとシャドウをしっかり入れて、最近のアイドルみたいな可愛さを演出している。頬には強めの赤いチークを載せて、唇は赤く艶があった。
「私には、向いてないですよ?」
「うん、知ってる」
ニーナの困ったような言葉をレナは一刀両断して、続けた。
「新人ちゃん、ちょっと独特なの。ルーツが海外で、文化の違いがあって。そういうの、ニーナなら受け止められると思っていて」
それを聞いて、ニーナは少し考え込んでしまった。できるかどうかは分からないけど、新しいことに挑戦するということは、自分のできることを広げることだから。
「そうなんですね……じゃあ、やってみるかな……」
レナの瞳が少し光っている。だが、それにニーナは気づいていなかった。
「Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)」。繁華街のディープなところに店を構える、バニーガールが接客を行うコンセプトカフェ。今日も、夜の繁華街を彩っていた。
「a、a……あ。初め、まして。アリスです」
発音を調整しながら、挨拶をする彼女。ニーナの前に立つのは、低い身長で白色のバニースーツに身を包んだ女性だった。いや、少女と言った方が適切なぐらい幼く見える。入店時に確認しているはずなので成年済みなのは間違いないと思われるが。腰からは懐中時計を下げていた。
身体の起伏が少なく、睫毛や長い金髪は日本人のものとは思えない。白人のような白い肌と海外がルーツと思われるその姿に、ニーナはなにから話そうかと考えていた。
「アリスは、なんでここで働こうと思ったの?」
「ニンジン……好きだからです。ウサギといえば、ニンジン」
答えるアリスに、ニーナはなんと答えたらいいか迷う。間違ってはいないけど、と思いながら。
「ニンジンが好きだという理由でバニースーツに身を包むって、相当な覚悟だよね?」
「ka、かく、ご……?」
だめだ。思った以上に相手は手強い。ニーナはとっとと諦めて、話を切り替える。
「じゃあ、今日は基本的なことを教えるね。まずはそこから始めようか」
「hi、はい。お願いします」
ニーナは入店時のレジ処理や基本的なドリンクの作り方を教える。アリスは戸惑いながらも、ひとつずつ試して、質問して、解決していった。
「ニーナさん、これで合ってますか……?」
「……うん、完璧」
正直、ニーナは焦っていた。
……この子、物覚えが良すぎる。どんなことでもだいたい1回で覚えてしまうし、再現性も高い。なんという大型新人が来てしまったのだと、焦りを感じ始めてしまう始末だった。
ニーナは、取り急ぎ教育についてレナに報告する。彼女はにっこりと笑って、
「じゃあ、今日から店に出てもらいましょうか」
と、満面の笑みを見せつけた。
ニーナは知っている。
この顔をする時のレナは、脳内でそろばんを弾いている時の顔だな、と。
平日の一週間に疲れた人たちが癒しを求めて訪れる、夜の繁華街。
アリスは店の前で看板を持って、客引きを担当していた。だが、慣れていないのでどうもうまく立ち回れない。声をかけても小さいので気づかれなかったり、人混みに揉まれて流されてしまったりと、なかなかうまく立ち回れていなかった。間の悪いことにニーナも駅前での客引きに忙しく、アリスの様子を見てあげられるほどの余裕はない。
「お嬢ちゃん、どんな店?」
ふと、声をかけてきた男性に、アリスは振り向いた。二人組の男性で、恵まれた体格が彼女を囲い込んでしまう。
「……!」
アリスはどうしたらいいか分からない。目を見開いて、尻込みしてしまう。完全に萎縮して、なにも言えなくなってしまっていた。
男性の1人が、アリスの震えを見ながらも、笑みを浮かべて彼女を見下ろす。単なるからかいなのだろうが、アリスはまだそれを理解できなかった。
「ウサギちゃん、そんなに震えてどうしたんだい?」
「彼女は、大きなニンジンを食べたいんじゃないのか?」
そこまで言って彼らは笑う。だがアリスは、恐怖に声が出なかった。全身から血の気が引いていくのが分かり、ただただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「——はいはい、うちの子、なにか問題ありましたか?」
アリスと男性たちが振り向くと、そこにニーナが立っていた。ビニール袋持った手を堂々と腰に手を当てながら、男性たちを見据えている。視線がニーナに集まったところで、彼女は表情を満面の笑みに切り替えた。
「うちの期待の新人なんですよ。いまならお席に余裕ありますから、店内で楽しく話しませんか?」
笑顔で言うニーナの瞳は、笑ってはいなかった。男性たちもそれに気づいて、足早に立ち去ってしまう。
あ、しまった。
お客を帰させてどうすんだ私……。
まあ、やってしまったことは仕方ない。私はアリスの手を引いて、店内に入る。
「ニーナ……それなに?」
レナが、ニーナが抱えるビニール袋を指差す。袋一杯に詰め込まれたニンジン。
「あ、さっき、八百屋さんがくれたんです。いつもお世話になってるからって」
レナは首を傾げる。ニーナがいつの間に八百屋さんとそんな信頼関係を築いたのか、本当に謎すぎる。でも、それが彼女の魅力であることも理解しているから、それ以上はなにも言わなかった。
「ニンジン、大好きです」
アリスが不意に、自分の心の言葉を素直に言う。それにニーナは微笑んで、キッチンに連れて行った。
「そっかー。じゃあ、ニンジンパーリィでも、しますかね」
ニーナはエプロンを着けて、包丁を握る。
「ニンジンステーキ。アリスは、食べたことある?」
ニーナの言葉に、アリスはぽかんとした顔で頭を左右に振った。それにニーナは微笑みを返して、調理を始めた。
皮をむいてヘタを落としたニンジンを、縦に5ミリぐらいの厚さで切る。それを、また1本に戻すように合わせてラップで包む。数分レンジで加熱して火を通してから、フライパンで両面に焼き色をつける。最後に香り付けの醤油とバター、胡椒で味付けをしてから、
「完成!」
と、ニーナは言った。
アリスは驚きながらも、皿に盛られたニンジンに鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅ぐ。それからはっとしたような顔で、ニーナを見つめた。
「味見、してくれる?」
そう言われて、アリスは頷いた。厚切りのニンジン。箸は苦手というので、フォークに刺して、口に近づける。ふわっと漂う胡椒のスパイシーさと、醤油の香り。最後にバターの甘い香りが包んでいく。
アリスは少し口を開いて、ニンジンステーキを一口、かじった。
「oh……、美味しい」
素直にそう言っていた。咀嚼するごとに、ニンジンの甘みが口に広がっていく。表面はかりかり。内側はとろけるよう。ニンジンがほろほろと口の中でほぐれて、隅々まで甘さが行き渡る。
「……すごく、美味しい」
語彙のなかで言えるだけの言葉を言って、アリスは微笑んだ。それにニーナは、親指を立てて答えた。
店内に醤油とバターの美味しい匂いが店内に広がっていく。それに常連客が気づいて、「なに作ってるの?」「美味しそうなにおい」と騒ぎ出した。
レナはキッチンに駆け込んで、エプロンをしたニーナとニンジンステーキを頬張るアリスを見比べて、全てを察する。
「ニーナ、ニンジンはまだあるの?」
「はい、大量に」
ニーナはビニール袋を持ち上げて、レナに見せる。確かに、まだ数十本はあるようだった。
(あ、そろばん弾いてる顔だ……)
ニーナはレナを見つめながら、素直にそう思った。
「それ、今日のおすすめにする。お願いね」
それだけ言って、レナはキッチンから出ていく。そんなわけで、ニーナ特製ニンジンステーキが本日のおすすめメニューとなってしまった。大量のニンジンがどんどん売れていく。
アリスはその光景を、複雑そうな表情で見守っていた。それに気づいたニーナは、
「大丈夫。ニンジン、まだたくさんあるからね」
と、言う。
その声に、アリスは微笑んだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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