短編14「バニーガールは希望で出来ている」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#1
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
残業続きで疲労困憊の会社員、古家雄介。ミスを繰り返す自分に自己嫌悪を抱く彼の前に、突然、黒いバニースーツの女性が現れて……。
「はあ……」
帰宅するために歩いているだけなのに、ため息が出る。
古家 雄介は、繁華街を背に、とぼとぼと駅に向かって歩いていた。時計を見ると、時間は夜の11時。終電にはまだ余裕があったが、それより疲れが勝ってしまう。
彼は会社員で事務職なのだが、今日は書類の記載ミスでクライアントに迷惑をかけてしまった。悪いのはミスした自分なのだが、上長からこってり絞られて、しかも初犯ではなかったため、改善を厳しく求められてしまった。
そんなわけで繁華街で一人飲みして、しかも3軒ほどはしごした後だった。
「はあ……」
……俺、なにしてんだろ。資料に書いた記載内容の間違いなんて凡ミス、まるで新入社員時代に戻ったみたいだ。確かに最近、求められるクオリティが高くなってきたのは感じていたが、それを言ってもなにも始まらない。
自分を責めても、酒を飲んでも過去は変わらないことも分かっている。でも……。
駅へと続く細道は、高架下をくぐって進むとすぐに駅の改札へと辿り着く道だ。雄介は今日何度目か分からないため息をまたついて、高架下へと入った。
「……?」
そこに、予想外の存在があることに雄介は気付く。
黒いバニースーツの女性。頭からは長いうさぎ耳が生えている。彼女は高架下の柱に背中を預けて、ぐったりと立っていた。
(客引き? にしては、繁華街から離れすぎじゃないか?)
雄介は不思議そうに思いながらも、自分の正直な感情が彼女を見つめろと言う。
茶髪を胸の下ぐらいまで伸ばしていた。メイクはしっかり目で、どこかで見たことのあるアイドルのような可愛い系。大きな瞳はマスカラとシャドウをしっかり、ふっくらとした頬には強めの赤いチークが置かれている。唇は赤く艶があり、肉感的な魅力を感じさせた。
バニースーツという衣装のせいで、身体のラインを惜しげもなく晒している。バストは大きく、深い谷間を形作っている。絞られた腰は細く、ボリュームのあるヒップを強調しているように見える。雄介はそれに、鼓動が少し早まるのを感じていた。
その官能的な彼女が、壁にもたれてかかってぐったりしている。なぜだろう。
「……なに見てんのよ、あんた」
不意に彼女は顔をこちらに向けて、言った。その胸には「ニーナ」と書かれた手書きの名札がある。いきなりの強い言葉に、雄介はたじろいだ。
「私、タダじゃないんだからね!?」
……なんだなんだ? 俺、そんなにきつい口調で絡まれるようなこと、してないぞ。
「……飲み過ぎじゃないですか?」
「全然。まったく酔ってなんか、ないんらからね!?」
あ、ダメだ。これ、酔ってる人が絶対言うやつだ。
雄介は困る。どう対応していいのか分からない。おまけに、彼女の魅力的な肢体は目のやりどころに困る。それに下心がないと言えば嘘になる。
つまり、彼は非常に困惑していた。
「私が悪いんじゃないもん。私の魅力が分からない人が悪いんらからね!?」
ニーナは雄介を睨みつけながら言う。
(一体なんだ……? 失礼な……)
彼女の強い言動に対する苛立ち。それがさらに雄介の困惑を深いものにしていた。
「知ってるぅ? ウサギって、寂しいと死んじゃうんらから」
……それは嘘だ。俺は知っている。ウサギは病気を隠して元気なフリをするから、突然死したように見えるだけ。
でも、目の前の彼女も同じように、弱さを隠そうとしているんだな、と雄介は感じた。これだけ泥酔しているのもそうだが、彼女の大きな瞳には、どこか影を感じる。彼女のメイクは、きっと彼女が見せたくないものを隠すためにしているのじゃないだろうか。雄介はそんなことを考えていた。
「水。喉渇いた。お水飲みたい。いますぐ持ってきて!」
「は、はいはい……」
振り向けば自動販売機があるのを知っている。ため息をつきながら5歩ほど歩いて、ミネラルウォーターを買ってくるとニーナに手渡した。
彼女は受け取りながら、ふわふわとした顔で微笑んでキャップを開けると、腰に手を当ててから、ぐいっ、と一気にあおる。驚きながら見ている雄介をよそに、10秒ほどで500ミリリットルのペットボトルは空になっていた。
「……ぷっはぁ……っ」
彼女は一気に水を飲み干すと、へなへなと座り込んで身体を折りたたむ。彼女の豊満な胸が太ももに乗ってたわみ、その谷間がさらに強調されるのに雄介は戸惑った。
「……私さぁ、自分に自信ないんだよね。悪い?」
「……え?」
ニーナの突然の言葉に、雄介は当惑する。
「だからぁ、チヤホヤされたら自信つくんじゃないかって、コンセプトカフェで働いてみたわけ。わかる?」
一瞬、安直すぎる理由だとは思ったが、ニーナはきっとまだ弱さを抱えていると雄介は感じていたので、なにも言わなかった。
「でもさー、売上出せないんだよね……指名も取れないし、同伴も入らないし……私、なにやってんだろうな、ってたまに思うわけよ。この気持ち、あんたになんて分からないでしょ?」
雄介はなにも言わないことにする。きっとまだ、なにか出てきそうな気がしたからだ。
「売上出せるわけないじゃん。だって、私なんかより可愛い子たくさんいるし……! もうっ!!」
ニーナの鋭い視線が、また雄介に向かう。それに彼は思わず仰け反る。
「私、自分に自信をつけるんだ。だからコンカフェで結果出すんだ!」
「……あの、ニーナって、『新たな菜』でニーナ?」
「そうだけど! それがなに?」
「いや、新菜って名前は、『希望』を願ってつけられた名前だって聞いたことがあるから。それだけたくさんの愛情をこめられたのに、どうして自信がないって話になるのかな、と思ったんだ」
それにニーナは少しだけ目を見開いて、雄介の顔を見つめる。口が半開きになったまま、驚きと不思議さ、そういったものが混ざりあった感情を視線に乗せて見上げている。
それから彼女は頭を軽く左右に振ってから、
「……あんた、なにしてる人?」
と、唐突な質問を口にする。
「え? 会社員。頑張ってるけど、ミスが多くて困ってる」
ぷっ、とニーナが急に吹き出して笑い出した。いきなりの笑顔に雄介はリアクションに困る。
「なんだ、じゃあ私と同じじゃん。ミスするってことは、挑戦してるってことでしょ? がんばんなよ!」
びくり、と雄介は身体を身震いさせる。驚きが思考を鈍らせて、時間の経過が遅くなったように感じている。
……ニーナの言葉は、俺の一番弱いところを突いてきた。確かに最近、仕事で求められるレベルが少しずつ上がっていることは実感している。それは、気付かないうちに挑戦を続けていたという、そういう意味でもあった。
たぶん、今日、会社を出てから。初めて、笑った気がする。
「あはは! ありがとう」
「しゃあぁ!」
変な声をあげながら、彼女は急に立ち上がる。
「私、もう少し頑張ってみる。だから、あんたも頑張れ!」
言ってニーナはピンヒールを鳴らしながらつかつかと歩き出す。繁華街の方に。
「……あ、ああ」
雄介は彼女が晒した白い背中を、ぼんやりと見送る。堂々とした背中はどこか強く見える。弱い部分はもう感じなくなっていた。
……おそらく、もう会うこともないだろう。
でも、明日から頑張れる気がする。彼女の不器用な強がり、それでも前を向こうとする姿。そういったものが、雄介に勇気を与えてくれた。厳しい現実と向き合える気がした。
でももし、運命の悪戯みたいなものが起こって、もう一度ニーナに会えたとしたら。
『勇気をもらえた。ありがとう』
そう伝えたい。雄介はそう思っていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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