短編22「バニーガールは夜を駆ける」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#2
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
バニーガールのニーナが落とし物を届けた先は、ウサギの研究に苦心している男性。彼女の無邪気な優しさが、彼の閉ざされた心に一筋の光を灯し、再起のきっかけとなる。
週末、夜の繁華街。いつもの喧騒が広がっている。駅から繋がるメインストリートは、色々な人でごった返していた。
そこから細い通路に入ると、明るいネオンの看板が並んでいる通りが見えてくる。濃いピンク色の外壁には分厚い扉があり、その上には派手な照明で輝く紫色の看板が掲げられていた。
店名は「Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)」。その前に、バニースーツに身を包んだ2人のバニーガールが立っていた。
「レナせんぱーい! 大好きれすう!」
呂律の回らない言葉で、黒いバニースーツの女性が飛びついた。胸の下ほどまで伸ばした茶髪と、頭から生えた長い耳が揺れる。
飛びつかれたレナは、ちょっと困ったような顔で、軽くハグし返す。レナは濃緑のバニースーツで、黒い肩口までのロングボブ。料金が書かれた看板を右手に持って、店の前で客引きの最中らしかった。
「ニーナ、飲み過ぎよ。あと、路上での客引きお疲れ様」
レナは優しい笑顔で、ニーナの頭を撫でてやりながら、静かに言う。ニーナは頬が紅潮しているし、呂律もやや怪しい。それがいつもの日常であることを知っていた彼女は、それに厳しく言うことはしなかった。
……と言えば聞こえはいいのだが、要はニーナの暴走はいつものことなので諦めていた、という表現が正しい。
「それに……その分厚い本、なに?」
見ると、ニーナの手には看板と一緒に「ウサギの生態研究図鑑」と書かれた、A5版サイズで5センチほどの厚さがある書籍が持たれている。表紙にはウサギがアップの写真が使われていた。
「客引きしてたら、落ちてました。道に」
ニーナは言って、本と一緒に持っていた看板をレナに手渡す。レナは思わず受け取ってしまってから、不思議そうな視線をニーナに向けた。
「落とし主、探してきます。ではっ!」
「ちょ、ちょっと! ニーナ!」
言ってニーナは駆け出して、あっという間に人混みの中に消えてしまった。
「また勝手に……」
レナは一瞬口をぽかんと開けていたが、それからゆっくりと息を吐く。ニーナの消えた方向を、優しい目線で見つめていた。
「本を落とした人、いないれすかー?」
ニーナは頭上に本を高く掲げて、繁華街を駆けている。周囲を見回しながら、本をぶんぶんと振り回しながら。バニーガールがそんなことをしているのだから、周囲の視線を集めている。だがニーナは気にせず、きょろきょろと見回しながら、走り続けていた。
「あっ! 私です!」
1人の男性の声に、ニーナは急ブレーキ。荒れた息を抑えながら、向き直った。
そこには1人の男性がいた。年齢は50代前後だろうか、素材や縫製が良い高級そうなスーツに身を包んでいる。頭髪は全て白髪で、センターで丁寧に分けており、刻まれた皺は慌てた顔を見せていた。
「見つかって良かったれす。ウサギの研究してるんれすか?」
「はい、大学でウサギの生態調査を専門としている笹森 一良と申します」
笹森は穏やかな大人らしく、名刺を両手で出しながら、答えた。彼の笑顔はとても柔らかく、本が見つかった安心感に包まれているようだった。
ニーナはそれを素直に受け取って、たくさんの細かい文字を理解できていないくせに「頂戴いたします」と、畏まって言った。入れるポケットがないので、胸の谷間に雑に挟む。
「ウサギの研究って、難しいんですよ。個体差が激しくて研究の再現性が難しかったり、ストレス耐性が低くてちょっとの環境変化で体調を崩したりするんです」
研究職の性なのか、笹森は話し出すと止まらない。嬉しそうに続ける。
「でも先日、検体を一匹死なせてしまいまして……それで少し、落ち込んでいたんです」
話が理解できているのかいないのか、ぽやりとした表情で見つめるニーナ。それを気にせず笹森は続けて、そこで大きなため息をついた。
「私、もしかしたら研究者失格なのかもしれませんねえ……」
笹森は視線を逸らして遠くを見ながら、渇いた笑いを漏らしながら、静かに声を絞り出す。その声には辛さや悲しさ、複雑な戸惑いが含まれていた。
「そんなことないよ。ウサギって寂しいと死んじゃうんだって。検体も、きっと寂しかったんだよ」
流れを読まないニーナは言う。
――私はもちろん知っている。その話は俗説で、ウサギは体調不良を隠そうとするから、突然死に見えてしまうということを。
(でも……)
笹森は、手を口に当てて小さく笑い出した。
彼女は、私の戸惑いを彼女なりに受け止めようとしてくれている。それがとても嬉しくて、私は自分の瞳が少し潤んでいることに気づいていた。
「良かったら、なにかお礼ができませんか? お嬢さんに拾ってもらわなければ、明日困るところだった」
「えーと、じゃあ。喉乾いた。お水飲みたい」
ニーナは辺りを見回して、すぐそこにある自動販売機を指差す。笹森と前まで歩き、彼が買ってくれたミネラルウォーターを受け取った。
「ありがと! いただきまっす」
彼女はキャップを空けると、その手を腰に当ててから、一気に飲み干した。
「……ぷっはぁ……っ。はあっ」
ニーナは大きく息を吐いて、背中を自動販売機に預けて、両手を膝に乗せた上体を前に傾ける。
「……とにかく、笹森さんも頑張んなよ。……私だって、辛いことだらけの毎日で、それでも生きてる」
彼女の励ましの言葉は、先程までの元気な声から少しトーンが落ちている。外からは見えない彼女の中のなにかが、言葉に表れていた。
(……!)
その言葉に笹森は驚いて、少し上体を逸らす。
(そうだ……大変なのは私だけじゃない。彼女だって、頑張っているのに、私は……)
「よし。売上作る。店に戻る」
不意にニーナは身体を起こして直立して、静かに言った。
「あ、ああ……」
「じゃあね! しゃあぁ!」
彼女は変な声で気合を入れながら、右手を振りながら去っていく。ピンヒールをかつかつと鳴らしながら、勢いよく。
その背中を、笹森はぼんやりと見つめていた。
「寂しい、か……」
彼はなんとなく、呟いていた。
彼女のよく通る声は、彼の心の中に眠っていたなにかを呼び起こした。嵐が去った後の静けさ。繁華街の喧騒は耳に届かない。
ただ、静かだった。
――そうだ。私がこの世界を目指したのは、幼い時からずっと動物のいる日常だったこと。だからこの世界を目指したんだ。その決意は誰にも覆せないし、信念はまだ胸の中にある。
だから、諦めるわけにはいかない。
そうだ、まだやれることはある。ストレスの原因の洗い出しや、精神的なケアを見直してみよう。いまやれることを、やっていこう。
笹森はもう一度視線を上げて、彼女が立ち去った方向を見つめていた。衣装から見ると接客をする店の従業員なのだろうことは想像できた。近くのお店を探してみるのもいいかもしれない。
もしかしたら、彼女の笑顔を見られることはもう、ないのかもしれない。
でも、もしまた彼女に出会えたら。お礼を言いたい。
彼はそう考えていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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