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短編73「バニーガールは人工呼吸する」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#5

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
『Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)』で働く暴走バニーガール、ニーナ。彼女はある日、客引きの最中に1人の女性を見つけて……。

 私は、誰かをハッピーにするために生きている。
 その気持ちだけは、自分の存在意義として忘れたくないと思うんだ。

「a、あの――レナさん、ニーナさん」
 その日の閉店後の更衣室で、アリスが切り出した。白いバニースーツは薄暗い室内に際立ち、金髪が照明を受けて柔らかく光っている。
「なあに、アリス?」
 レナは濃緑のバニースーツの胸元を整えながら、優しく答えた。その隣でニーナは、長い茶髪をふわふわと揺らしながらいつもの黒いバニースーツで、少し閉じかけた瞼で缶チューハイを傾けていた。
「ろーしたの?」

「私、今日、お客様に言われました。『ニンジンが好きなら、ニンジンの国へ帰れ』って。ニンジンが好きなことは、イケナイコト、ですか?」
「はあ!? 一体だれらろ、アリスにそんなこと言うろは!」
 ガタン、と勢いよくニーナが立ち上がり、激しく息巻きながら、ふらつく。それをレナが腕を取って支えてから、なだめて座り直させた。

「アリス、それはね。あなたの個性やルーツに対しての『差別』なのかもしれないわね。世の中には色々な人がいる。法律は皆の権利を保障している。……けれど、誰かの心の中にある偏見は、まだまだ存在しているわ」
 レナは言ってから、小さくため息をついた。法律の知識はもちろん人権擁護にも通じているが、それでも法が届かない見えない壁は、この社会にはまだ存在している。その事実はレナにとって辛い事実であり、なんとも言えない悲しい気分を誘った。
「れも、そんなの見過ごせるわけらいよ! アリスが傷つくなんて絶対にイヤ!」
「じゃあ、ニーナ。気持ちは分かるけど、その法律が届かない誰かの偏見に対して、あなたは具体的になにができるの?」
 それにニーナはぽかんと口を開けた。それから、ぐっ、と唇を結んで、ぎりぎりと歯を噛みしめる。もし『ぐうの音も出ない気持ちを全身で表現するコンテスト』があったなら、確実に優勝できそうなほどだ。

 ――結局、私にできることは、感情に任せて走り回るだけ。
 動かなければなにも守れない。そんなことは分かっている。
 けれど……。

 そして翌日の夜。ニーナは昨晩あまりよく眠れなかったのか、店の看板を持ったまま欠伸を噛み殺していた。
 とはいえ仕事なので、メイクは指導された通りに濃いめ。可愛い系でマスカラとシャドウで瞳を大きく見せて、頬には赤いチーク。唇は赤く潤っていて、艶を放っている。

 ちくちく。
 昨晩アリスの問いかけに正面から答えられなかった悔しさが、胸を刺し続けている。
「〜〜〜ああっ、もうっ」
 こんなモヤモヤしているなんて、私らしくない。
 ニーナはそう思って、頭をぶんぶんと左右に振った。今日はまだ飲んでないので、酔いは進まない。

 それから息を大きく吸って、街を歩く人たちに届くように、大きな声を放った。
「寂しい子はいませんかー! ロップイヤーカフェは24時間365日、お客様をハッピーにするよー!」
 ニーナの甲高い声が路上に響く。数人がちらりと目を向けるが、反応してくれる人はいなかった。
 平日ということもあり、歩く人影はまばら。ニーナは小さくため息をつく。

「う、う〜ん……」
「?」
 小さな唸り声が聞こえたような気がした。ニーナは周囲をきょろきょろと見回すが、声の主の姿は見えない。寝不足からくる幻聴だろうと思って、気にしないことにしようとした、そのとき。

 ビルの影になっている薄暗い場所。女性が倒れていた。
 ニーナは看板を放り出して、急いで駆け寄る。

 倒れているのは20代前半と思われる女性。膝丈のグレーカラーのAラインスカートに、淡いピンクのカーディガンを羽織っている。アイドルが着るような可愛い系のファッションだ。髪は真っ黒なストレートロングで、ほつれた髪が顔を覆っており表情が読めない。入念なメイクは崩れておらず、ナチュラルに見えるがしっかり系で、ナチュラルピンクな唇はぷっくらと肉厚さを感じさせた。
 その完璧な『カワイイ』とは裏腹に、彼女は呼吸が浅く、顔色は土気色。明らかに意識が混濁し始めており、緊急の病状だと思えた。
「私……まだ……」
 呟く声は、小さく消え入りそうだった。

 これは、普段見る泥酔した酔っぱらいとは違う。
 ニーナは頭の隅にある応急処置の知識をフル稼働させつつ、即座にスマートフォンで119番通報をする。腰のポーチから小さなブランケットを取り出すと、女性の肩に巻く。首の後ろに、ぐい、とポーチを差し込んで、気道を確保。
「はぁ、はぁ……」
 だが彼女の呼吸は少しずつ、緩やかに、浅くなっていく。
「……ま、まずいっ!」
 できることはやっている。でも、現実は無情で、なにも変わらない。

『あなたは具体的になにができるの?』

「――!!」
 昨晩のレナの言葉が、フラッシュバックした。
「……駄目、駄目だ」
 呟く言葉が溢れる。独りごちる。それからニーナは鬼気迫る顔で大きく息を吸って、
「死んじゃ駄目! ここで倒れちゃ、駄目なんだ!」
 と叫ぶ。

 女性の上半身を抱くと、鼻をつまんだ。それからさらに大きく息を吸ってから唇を重ねて、人工呼吸を始める。
「……ぷはっ。生きて、生きて!」
 ぷうーっ。大きく息を押し込むと、彼女の身体が少し震えた気がした。反応はある。諦めない。
「生きてよ! 寂しさに負けないで! 寂しいとウサギは死んじゃうんだよ!!」
 ぷうーっ。息を吹き込む。吹き込み続ける。
 ああくそ、唇やわらけーな!

 それから心臓マッサージ。少しずつ、女性の呼吸が整ってきたような気がする。
 次の瞬間、遠くからサイレンの音が近づいてきた。それにニーナははぁはぁと息を荒げながら、ほつれた前髪をぐい、と拭って、やっとのことで安堵の息を吐いた。

 救急隊員に女性を引き継いだニーナは、満身創痍でやっと店に戻る。無くした看板の言い訳、どうしようなどと考えながら。
 レナに報告すると「やるべきことはやったわ。信じましょう」と優しく答えてくれた。彼女はそれから各所への連絡を進めて、女性が入院した病院を突き止めていた。

「おはようございまーす」
 バックルームでバニースーツに着替えて店内に入ってくるニーナ。カウンターで電卓を叩いていたレナがそれに気づく。
「おはよう。先日ニーナが助けた女性ね、無事に退院したらしいわ」
 その言葉にニーナの眠気は吹き飛んでしまう。
 レナによると、過労と栄養失調による低血糖というのが倒れた理由だったそうだ。幸い、命に別状はなかったことも、ニーナを安心させてくれた。
「ニーナ、聞いたわよ。あなたの迅速な対応と人工呼吸のお陰だわ。ありがとう、本当にお疲れ様」
「へ、へえ、えへへへ」
 ニーナは胸を張りながら、なんだかよく分からない笑い声を放つ。

 ――でも。アリスの受けた偏見、倒れていた女性。どちらも見過ごせない現実。
 私の行動力は、誰かを守れるんだ。
 それは、とても嬉しい事実だ。

 いつか、あの倒れていた女性が回復したら、もっと強く生きて欲しいと素直に思う。
 私が広げるハッピーな仲間になってくれれば嬉しいなと、願いながら。

 夜の華やかさと、幸福な未来。その両方を背負う覚悟は、バニースーツの下で、さらに強く固まっていた。

 ――ちなみに、無くした看板は自腹で弁償させられた。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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