短編91「バニーガールと北欧の誓い」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#6
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
バニーガールのコンセプトカフェ、『Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)』。そこで働くバニーガール、レナとアリスは、店を閉めてから更衣室で話し込む。アリスは客からのクレームから立ち直れてはいないが、故郷の思い出とニンジンを思い出して……。
私の故郷、デンマーク。
思い出せば懐かしく思えるけど、いまの私は日本で生きている。
いや、生きていかなければならないのだ。
早朝四時となり、栄門町の端にあるコンセプトカフェ『Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)』は閉店時間を迎えた。掃除と片付けを済ませて、キャストたちは更衣室へ向かう。
レナは濃緑色のパンツに、白いタートルネック。グレーのツイードジャケットを羽織ってから、バニースーツを畳んでロッカーにかけると、ゆっくりと息を吐いた。
その傍らで、アリスは明るい灰色のタートルネックのニットと、生成り色のコーデュロイパンツに着替えていた。彼女の私服は、日本の蛍光灯の下ではまるで故郷の曇り空をまとっているかのようだった。その彩度の低いニットとパンツは、彼女が異国で抱える静かな孤独を映しているかのよう。
それからアリスは、テーブルにスーパーのビニール袋に入ったままの、まだ土が付いた健康的なニンジンたちを置いた。表面には細いヒゲが残っている。まるで故郷と繋がる生命線のように見えた。
「re、レナさん。少し話してもいいですか? 私、まだ分からないことがあって」
アリスの瞳は、いつものふわふわとした天然な表情ではない。強い意志をこめた視線は、故郷の厳しい冬の海のような、静かで冷たい光を宿していた。アリスの声は、いつもの天然なトーンから一変し、静かな決意の響きを帯びていた。
それにレナは腕時計を見てから、ゆっくりと優しく頷いた。
「私、お客様に『ニンジンが好きなら、ニンジンの国へ帰れ』と言われたとき、迷子になった気持ちでした。バニーガールはニンジンを食べるのが記号だと思われていたんです。でも、私にとってニンジンは……単なる記号なんかじゃ、ないんです」
アリスは手に持ったニンジンを撫でた。まるで、故郷の記憶を辿るように。
「私の故郷デンマークは、冬がとても長く日照時間が極端に短いのです。家族が住む故郷は農業が盛んで、長い冬を乗り越えるために根菜の保存食が生活の中心でした」
そこまで言ってから、アリスはふんわりと視線を天井に向ける。
「ニンジンは私にとって、故郷のにおい、太陽の記憶なんです」
想いを語るアリスに、レナはなにも言えなくなっていた。
「母がよく作ってくれたのは、チーズスープです。リーキやニンジン、セロリなどの香味野菜で炒めたものを、小麦粉や牛乳、水とコンソメを加えて煮込んだもの。ニンジンが柔らかくなったらチーズを加えて溶かす、家庭的な副菜です。あの甘さは、太陽の光が足りない冬の、家族の優しさそのものでした。私にとって、それは食卓に灯された小さな光でした」
それにレナは頷いてから、スマートフォンで検索して「あら、美味しそう」と素直な感想を伝えた。
アリスは小さな声で続ける。
「私が日本へ旅立つとき、家族は言いました。『日本で寂しくなったり、自分が何者か分からなくなったりしたら、故郷の味を食べて自分を取り戻すのよ』って。だから、ニンジンを食べることは、私にとって孤独な異国で自分を繋ぎ止めるための、精神的な契約なんです」
言ってアリスは、袋から取り出したニンジンを傾けてみせた。レナはそれに頷く。
「――つまりニンジンというのは、アリスにとって、故郷の温かいスープの記憶を蘇らせて、原始的で、より生々しい方法で呼び覚まそうとする試み、という解釈で合っているかしら?」
「Det er rigtigt、その通りです。生々しい方法で呼び覚ます、それは私の孤独な試みです」
レナは今更ながら、彼女の立ち位置を理解し始めていた。ルーツの違う彼女は、私たちとは違う常識で生きているということを、改めて理解した。
そして、普段は天然な振る舞いの裏に、異文化のストレスと自己防衛のための強固な意思が隠されていたという事実も、理解した。
「あなたが抱えるものは、理解できた。でも、なぜその大切な思い出をお守りとして持ちながら、この夜の街でバニーガールをしているの?」
「私はデンマークの美術学校を卒業していて、夢はキャラクターデザイナーになることです。日本のポップカルチャーの中で、特にアニメや漫画は、登場人物の『感情の色』を表現することは世界一です」
アリスはリュックからスケッチブックを取り出した。それにはニーナやレナのバニースーツ姿が、細やかな色彩分析と共に描かれている。
「へえ――記憶だけで、これほど緻密な色彩分析を?」
レナの言葉に、アリスは誇らしげに大きく頷いた。その熱量は、静かな水面下に沸騰するマグマのように溢れている。
レナが描かれたページには、いつもの濃緑色のバニースーツ。日本語とデンマーク語が混ざった専門的な用語は、一目で理解するのは難しい。
理性の青、Fornuft Blå
決意の深緑、Beslutning Mørkegrøn
希望の淡い金、Håb Bleg Guld
次のページには、ニーナの姿。いつもの黒いバニースーツ姿が描かれている。
情熱の赤、Lidenskab Rød
孤独の灰色、Ensomhed Grå
「バニーガールは、『無垢な喜び』や『非日常の夢』を象徴する究極の記号です。私はこの店で、レナさんやニーナさんのような強烈な感情の色を持った人々を観察し、同時に自分自身がその記号をまとうことで、日本の文化と感情を深く理解できると思っています」
アリスはニンジンを握りしめたまま、続ける。
「バニーガールの衣装と、私のニンジンへの想い。それが故郷のルーツと、私が愛する日本文化を繋ぐ、唯一無二の場所なんです。それを、誰にも絶対に否定させたくないのです」
その言葉は、自分のルーツと夢に誇りを持つ一人のアーティストのもの。静かで確固たる宣誓だった。レナはその知的な情熱に深く心を動かされ、アリスの天然な外見の奥に潜む強靭な精神を確信した。
しばらくの沈黙が続く。レナの口元はいつもの冷静な表情とは違い、少し緩んでいた。どこか楽しそうな顔だ。
「そうね――孤独、Ensomhedを希望、Håbに変える場所……そういう解釈、嫌いじゃないわ。……もう少し話したいわね。そういえばアリス、お酒飲めるよね?」
彼女は少し驚いたように目を丸くし、それから、ぱっ、と明るい表情を見せる。
「はい、大好きです! 私は故郷の味が恋しいです。Carlsbergが飲めるお店、ありますか?」
「カールスバーグね。この時間だと……行きつけのバーにあったと思う。行く?」
レナは言いながら腕時計を見て、続けた。
「はい! 行きます!」
夜の華やかな仕事着から普段着に着替えた二人。
孤独な心の内側を理解し合った二人は、まるで夜明け前の共犯者のように顔を見合わせる。そして、北欧の光、すなわち故郷の温もりを求めて、夜明けの街へと踏み出していったのだった。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
もし気に入っていただけましたら、スキやチップの応援やコメントを頂けると励みになります。
また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
#短編小説 #小説 #ライトノベル #創作 #バニーガール #コンカフェ # #note小説
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします。
いただいたチップは資料の購入費用、取材費などの活動費として有益に使わせていただきます。