短編100「バニーガールと壊れたアイドル」 暴走バニーはみんなをハッピーにする#7
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
栄門町商店街にある、バニーガールのコンセプトカフェ『Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)』。ある日、新しいキャストが入店した。そのキャストの顔にニーナは驚いて……?
ああ、愛しい人……(*´ェ`*)ポッ
颯爽と私を助けてくれた、あの人。ドキがムネムネする(๑´ㅂ`๑)♡*.+゜
彼女に少しでも近づきたい――(♡∀♡)
Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)の更衣室からバニースーツを着たニーナが出てくる。いつもの黒いバニースーツに長い金髪を垂らして、カフスの形を整えながら店内に入ってくる。メイクは営業用にしっかりと、マスカラとシャドウにチークも強めに入れていた。
「おはようございまーす」
「あ、ニーナ。ちょうどいいところに」
濃緑色のバニースーツに身を包んで黒髪をボブカットにしており、手に持ったタブレットを見ていた視線をニーナに向けた。
「? どうしたんですか、レナ先輩」
レナは真剣な視線をニーナに向けると、にっこりと微笑んだ。
ニーナは知っている。真剣な視線で笑顔を見せるときのレナは、だいたいなにか大変なことをお願いするときの微笑みだ。
「今日から新人が入店するわ。その子のオリエンテーションを任せたいの」
「新人教育? なんかアリスのときも言いましたけど、向いてないですよ? それでもいいんですか?」
ニーナは少し眉根をひそめて、なんとも言えない顔で言う。
「大丈夫。たぶん、ニーナに任せた方が、良いと思っているから」
「?」
レナの意図がよく分からないニーナは、首を少し右に倒した。
「実は、ちょっと気になるところがあるの。これを見て」
レナはタブレットに映し出した履歴書をニーナに見せる。キャストネームは『ユメ』。
気になるのはその経歴で、地下アイドルグループを脱退後、地方オーディションなどを渡り歩いていたようだが、今日までしばらく空白期間がある。そこには『過労により休養』と書かれていた。
「……はあ、なるほど……」
「かなりナイーブな問題だと思うの。それをニーナがうまく受け止めてあげて欲しい。だからお願い。彼女の教育を、任せたいの」
「まあ、そーいうことなら……」
ニーナは乗り気ではなさそうだったが、理解はしたようだった。それにレナは微笑んだ。
ユメと名乗った新人は、ピンク色のバニースーツに黒髪、隙のない完璧なメイクで、AIが生成したようなカワイイ笑顔を貼りつけていた。
「は、初めまして! 今日から働くことになった、ユメです。よろしくお願いいたします!」
言って彼女は頭を下げて九十度のお辞儀を見せると、そのままの姿勢を維持した。
「あ、頭上げてよ。……私は教育係のニーナ。よろしくね」
「ふ……ふふ……やっと逢えましたね! ニーナさん!(ノ*>∀<)ノ♡」
「え? あ! あの時の!?」
ニーナは驚きで声が裏返った。ユメは、一か月前に高架下で過労で倒れ、ニーナが救命措置をした女性だった。ユメは真剣な瞳で訴える。
「私、ニーナさんみたいに、人をハッピーにできる、完璧なプロになりたいんです!(๑•̀ㅂ•́)و」
ユメはニーナに飛びついて抱きつくと、ぎゅう、と強くしがみつく。
「ぐはっ、鯖折り……」
「私、ずっとニーナさんに憧れて探してたんです。私はニーナさんみたいに、人をハッピーにできるアイドルになりたいんです! 完璧なプロのアイドルになりたいんです!(๑•̀ㅂ•́)و」
「どうどう、お、落ち着いて」
獲物に噛みついたら離れない野獣状態のユメを、ニーナはなんとか引き剥がした。
結論から言うと、初日とは思えないほど、ユメは即戦力だった。
「お客様初めまして、ユメです〜」
「へえ、可愛いね! まるでプロみたい」
「だって、プロですもんっ」
彼女は接客マニュアルを完璧にこなし、客のグラスが空くタイミングや求められる会話の方向性を無駄なく、瞬時に察知する。そのスキルはレナが舌を巻くほどだった。ユメの接客はまるで、感情の起伏を一切見せない代わりに『顧客満足度、百パーセント』という数値的な結果だけを追求しているかのようだった。
それを遠巻きに見ながらニーナは、
「なんというか――いろいろ手慣れ過ぎていて、ツッコミが追いつかない」
と、ぼやいた。ぽかんと口を開けて、目を丸くしている。
「さすがよね。カメラが向いてなくても常に完璧な自分を見せるというプロ意識が、骨の髄まで染み付いてるって感じ」
レナはタブレットの売上を見ながら、懸念を深めていた。
「でも……彼女は『完璧な役割』を履行することで、アイドルでない生身の自分には価値がないという、命を担保にした自己契約を必死に守ろうとしているように見えるわ」
「確かに……なんか脆くて危うい感じ、するんだよねえ……」
ユメの完璧すぎる接客はユーザーの心を掴んで離さない。常にテーブルの客と目を合わせる所作、小首を傾げたポーズで注文を取る。客は彼女のパフォーマンスに陶酔し、彼女が接客した人たちはどんどんと彼女に魅了されていく。まるで底なし沼のような魅力に、被害者は増え続ける一方だった。
――完璧を求めること、それ自体は個々人の価値観なのでいいと私は思う。
でも、彼女は完璧さを求めるあまり、本当の自分を隠しているような気がする。
生命の熱をあえて抑え込んで、メイクとスーツで本当の自分を隠してるように見える……。
「ユメちゃん! はい、チーズ!」
「ぴょん!」
カメラが向けられた瞬間、ユメは世界一の笑顔を作る。
隙のないプロの仕上がりだった。彼女の表情には一分の揺らぎもない、AIが生成したような均質な笑顔が貼りついていた。
――どうにも、嫌な予感がする。
ひとつ、ユメは無理をしている気がする。
ふたつ、それに気づいているニーナは、どうアクションするか分からない。
さて、なにが起こるか……もう少し様子を見ましょうか……。
ニーナが着替えに戻ると、ちょうどアリスが着替えを終えたところだった。
灰色のタートルネックのニットと生成り色のコーデュロイパンツで、座ってペットボトルの水を飲んでいた。
「おつかれさまー。今日はどうだった? 仕事慣れた?」
「a、あ、はい。だいぶ慣れてきました」
アリスは微笑みながら応える。心なしか、以前に比べて柔らかい笑顔になったとニーナは感じた。
「アリスは、どう思う? ユメのこと」
「えっと……今日見ていましたけど、メイクで感情の色を消しているように見えました。本当の自分をカワイイという記号で上塗りしているような……うまく言えないですけど、自分自身の生命の色を怖がっているというか……」
アリスの言葉に、ニーナはすっかり納得してしまっていた。腕を組んで上半身をぐいと後ろに反らすと、「うーん……」と唸り声を漏らす。
「ユメさん、寂しがり屋さんなのかもしれません。誰かの承認という熱で、動かされているような」
それから一週間ほどして、ユメの研修期間は終りを迎える。
営業時間間近というところで、カウンターに置いてある店のスマートフォンに着信が入る。レナはスピーカーボタンを押した。
「お電話ありがとうございます。コンセプトカフェ・ロップイヤーカフェでございます」
「おい、ユメというバニーガール、ひどいな? 客と個人的な連絡先を交換したり、他のキャストの悪口を言ったりしているぞ」
その男性の声に思わず振り向いたニーナとユメ。レナはその視線に気づきながらも目線は変えず、
「ご連絡いただきありがとうございます。ただ調査してみないと回答することはできません。失礼ですが、お客様のお名前と連絡先をいただいてもよろしいでしょうか?」
それからレナは相手をなだめて、通話を切った。
「……なんか、フェイククレームっすね。相手しなくていいでしょ」
ニーナは即座にスマートフォンで検索して、ユメが以前所属していた地下アイドルグループを熱心に応援していたファンが、声の主であることを、SNSの発言から突き止めている。
「そうね。こんなの真面目に相手している場合ではないわ」
ニーナとレナが話してから、二人はユメの方に向き直る。
だが彼女は、両手で頭を抱えて身体を屈めていた。
「……ユメ……?」
……声はガラスが割れる音のように響く。
アイドルの看板に傷がつく。その事実は全身から血の気を奪っていく。
完璧なメイクの下の素顔が、真っ青を通り越して粘土のようになっていく。
いつもの完璧な笑顔を作るための表情筋は引きつり、指先は激しく震えだす。呼吸が浅くなり、前に倒れたときと同じ、過呼吸の症状が喉元まで迫り上がってきた。
――これじゃあ、私にはもう、生きている価値がない。
「ユメ!」
異常に気づいたニーナが、ユメの背中に手を回して支えた。胸の前で両手をばたつかせて抵抗する彼女を、なんとか抑えようとする。
ユメの震える指先、浅い呼吸、張り付いたまま崩壊寸前の笑顔。高架下で見た恐怖が、ニーナの脳裏にフラッシュバックした。
このままでは、ユメは本当に壊れてしまう――。
「おい、ユメ!」
ニーナは彼女の身体を引っ張って、強引にバックルームに連れ込んだ。
それから、カウンターから拝借してきた温かいおしぼりの袋を破ると、彼女の顔に押し当てた。その熱は、ユメの顔に張り付いた偶像の仮面を溶かすための、荒療治の熱だ。
「あっ!? ニーナさん、だめ、だめです! メイクが――」
「仮面を剥がして! あんたが死んだら、誰もハッピーにできない! その生命が最高のハッピーなんだよ!」
「やめて、ニーナさん! アイドルじゃない私には、私には、価値がない――!」
悲鳴に近い声を上げて抵抗するユメ。しかし、熱気と溢れる涙は、完璧だったはずのメイクを無惨に崩壊させていく。マスカラが涙と混ざって黒く滲み、アイシャドウは流れ落ちていく。
仮面を剥がされたユメはその場で座り込んでしまった。
「私……誰にも必要とされないのが、怖かった……壊れた私には、もうなんの価値もないの……」
「そんなことはない! 誰かの夢になる前に、まずあんたが自分の生命を認めないと!」
嗚咽しながら吐露するユメの肩を掴んで揺さぶりながら、ニーナは強い口調でそう言った。
「誰かからのアイドルの評価じゃなくて、自分自身の寂しい心を、自分で認めなきゃ! ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ!?」
ニーナの言葉にユメははっとなって顔を上げる。崩れたメイクとニーナの感情が、心に届いた瞬間だった。
呆けた顔でニーナを見上げて、ぼんやりとした視線を向ける。
「ニーナさん――ありがとうございます。私、もう誰かに媚びるための鎧は着ません。私のプロ意識は、私の命のために使いたいと思います」
涙を拭いながら作った笑顔は、いつものユメの笑顔より少しだけ優しく見えた。
それからユメは、集客力と自己プロデュース能力を最大限に活用してSNSでの発信を始めていた。
「ロップイヤーカフェで生きていくことを決めました。ここが私の次のステージです。皆さんも、ついてきてくれますか?(≧▽≦)ノ」
コメントには『今日行く』『生きててくれてありがとう』などの熱い発言が並ぶ。
その夜、ロップイヤーカフェは入店待ちの行列ができ、満席となった。花束を持ったファンが多数来店してユメに想いを伝える。それにユメは、生命力に溢れた心からの笑顔を見せていた。
「――しっかし、えらいことになったね」
店内に大量に飾られた花束の山を見て、ニーナが不思議そうに呟いた。
「……みんな、私のことを覚えていてくれた。嬉しいです」
ユメは花束を抱えながら、その影で一瞬だけ、舌を小さくぺろりと出した。その表情には、弱さを知ったからこその、『したたかな強さ』が宿っている。
「いつでも私に会いに来てくださいね、お客様(^_^)♪」
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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