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短編45「もう、さまよわない」 保護猫カフェバー Il Gatto Errante#1

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
保護猫を預かるコンセプトカフェバー、「Il Gatto Errante(イル ガット エランテ)」。この店では、保護猫に新しい飼い主を斡旋する場であると同時に、専門的な知識を持ったキャストが接客をする場だった。この店で働くことになった新人キャストのココは人生に迷っていて……。

 私はずっと、さまよっていた。

 子どもの頃からずっとペットのいる環境で育って、そのままペットに関する仕事に就くんだと思っていた。長年飼っていた愛猫、ココ。彼女が老衰で虹の橋を渡ってしまった時、私は絶望してなにもできなくなってしまった。

 ――右隣は、バニーガールコンセプトのバー。左隣は、老舗のカラオケスナック。
 繁華街の最もディープなところで、私たちはお猫様たちの未来を預かっている。

 保護猫を預かるコンセプトカフェバー、「Il Gatto Errante(イル ガット エランテ)」。
 イタリア語で「さまよう猫」を意味する店名は、この店が向かう方向を示している。さまよう猫たちを預かりながら、もう二度と迷わないように導くため、ここにいるのだ。

 ここは、一般的な保護猫カフェとは少し違っていた。
 保護猫に新しい飼い主を斡旋する場というところは同じだが、猫好きなキャストが接客をする場でもあった。
 そのため、この店で働くには関連する資格が求められる。獣医師、愛玩動物看護師、愛玩動物飼養管理士や動物介護士など、保護猫の飼養に役立つ資格の保有を証明する必要があった。

「あ、あの。誰かいませんかー……?」
 裏口を開けても誰も出て来ないので、彼女はとりあえずそう呼びかけた。
 長い黒髪をツインテールにして揺らし、白いブラウスにゆったりとしたシルエットの紺色のパンツ。小さなメッセンジャーバッグを肩にかけていた。
「うーん……」
 奥から聞こえる女性の唸り声。それに彼女は不思議そうな顔をして、「おじゃまします」と小声で言いながら、店内を覗く。
 そこには、床に寝転ぶスコティッシュフォールドを前に、屈み込みながら唸っている女性の姿があった。明るい色の髪を顎ぐらいの長さで切りそろえている。白いブラウスに紺色のフレアスカートはお店の制服だった。

「……?」
 彼女はこちらに気付くと、一瞬不思議そうな顔をしてから、
「……あ、今日から入る新人の。えっと、愛玩動物飼養管理士で、キャスト名が確か……」
「ココです!」
 女性の声にココは元気な声と精一杯の笑顔で答える。
「そうか。私はこの店でキャストリーダーを務めているレオンだ。よろしく」
 レオンが差し出す手を、ココは握り返す。

「あの、もしかしてなにか問題が起こってますか……?」
 ココが言うと、レオンは困ったような顔をして、足元のスコティッシュフォールドを見る。毛並みはクリーム色のメス。お姫様然とした振る舞いが誰しもを魅了して、フライヤーにも写真が使われている看板猫だった。
「うーん、モカが、ちょっと体調が悪いみたいで。あまり食欲がないし、目やにが出ている。私は獣医師だから、診察はできるんだ」
「そうなんですね! 獣医師なんて素晴らしいです!」
「……ありがとう。それで、開店準備もあるし、どうしたものかと思案に暮れていたところだ」
「あ、じゃあ、私ひとっ走り行ってきます。近くに馴染みの動物病院はありますか?」
 レオンは驚きに有り難さが混ざった表情をしてから、頭を下げた。
「近くに江森病院という動物病院がある。うちの子をみんな見てもらっているから、そこに連れていってもらえると助かる」

 ココはスマートフォンで地図アプリを起動すると、道案内を開始させた。それから近くのケージにモカを誘導して、チャックを閉めた。
「ココ、これを持っていって。これを渡せば伝わるだろう」
 レオンが店の名刺を取り出す。ココはそれを受け取って、大きく頷いた。
「ココ、初仕事! 行ってまいりまーす!」
 そう言ってココは、裏口から飛び出していった。
「……元気のいい子だな」
 それを見送って、レオンは呟いていた。

 店内はカウンター12席だけという、こじんまりとしたお店。
 入口は二重扉になっていて猫の逸走を防ぐ。カウンター内からはバックルームに繋がっており、猫たちの飲み水やトイレ砂などのスペースがある。その奥に、キャストたちの待機場があった。
 店内では8匹ほどの保護猫たちが自由に過ごしている。カウンターの上に寝そべったり、床でへそ天してたり、とにかく自由に過ごしていた。彼らに配慮した店内は、壁にキャットウォークがあったり猫用ドアで自由に出入りできるなど、猫たちは思い思いのままに自由に過ごすことができるのだ。

「戻りました!」
 ココが裏口の扉を、ばん、と開けて、戻ってきた。
 レオンは先程の制服に加えて、エプロンと猫耳のカチューシャを着けており、客を迎え入れる準備を整えていたようだ。猫たちへのご飯を済ませて掃除も終えて、いつでもオープンできるようにしてくれていた。
「おかえり、ココ。なんて診断された? あと処方された薬を見せて」
 レオンが心配そうな顔で言うと、ココはケージを開けながら、鞄から薬袋を取り出した。
「はい。先輩の言う通り、風邪の初期症状と診断されました」
「ふむ……ジスロマック。マクロライド系の細菌性感染症の治療薬か、的確な判断だ。すぐにモカにご飯をあげて、飲ませてあげて」
「はいっ!」
 レオンがそう言うのに、ココは飛び出すように走り出していた。

「ところで、ココ」
 ココはモカに薬を飲ませて店内に戻ってくると、不意にレオンが話しかけてきた。
「? はい?」
「今日が初日だね。愛玩動物飼養管理士としての知識、いかんなく発揮して欲しい」
「……はいっ!」
 レオンの言葉にココは大きく頷いた。

「イル ガット エランテ……」
 私はもう、さまよわない。
 この店から新しい人生を始めるんだ。

 ココはそう誓って、深く頷いた。
 この日、この店で、新しい一歩を踏み出したのだった。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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