短編52「めいの、おしごと」 保護猫カフェバー Il Gatto Errante#2
登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)
あらすじ
保護猫を預かるコンセプトカフェバー、「Il Gatto Errante(イル ガット エランテ)」。イタリア語で「さまよう猫」を意味するこの店は、猫たちが二度と迷わないように導くコンパスだった。
「おはようございます!」
ココは元気に裏口のドアを開けて、店に入ってきた。長い黒髪をツインテールにして、白いブラウスに紺色のパンツに身を包んでいる。
時間は17時の15分前。17時のバータイムからの出勤にはちょうど良い時間だった。
戯れる猫たちを眺めながらお酒を楽しめる場所なんて、そうない。この店は、日常のストレスを濾過する水面のような場所だった。そのためバータイムはいつも混雑するのだと、ココは聞いていた。
とはいえ、営業時間は22時までとそれほど遅くはない。
それは、展示動物は展示時間が決められているからだ。生後1年以上の成猫だと、8時〜22時の範囲で、かつ6時間を超えるごとに休憩を取らせることが義務づけられている。もちろん、自由に休憩できる場所を設けることも必要だ。
そのためこの店は、13〜17時のカフェタイムと、17〜22時のバータイムという営業時間になっていたのだった。
「あ、新人の子だぁ」
バックルームに入ると、1人のキャストから声をかけられた。
明るめの茶髪を長く伸ばしてまっすぐに下ろしていて、制服の白いブラウスと紺色のフレアスカートの制服に身を包んでいた。メイクはちょっと強めで、いまどきのアイドルを意識しているんだろうな、と思えた。
「はい、ココです。よろしくお願いします!」
「はじめましてぇ。メイです。動物介護士ですぅ」
のんびりとした声で言うメイに、ココは微笑み返す。正統派美少女ぽいなという感想を持ちながら。
『にゃーん』
ふと足元を見ると、一匹の猫がメイを見上げて甘えた声を出していた。
保護猫の一匹、『ラテ』だ。
ラグドールのメスで、ふわふわとした毛並みとブルーのタビー&ホワイト。長めの胴体に太い手足で、がっしりとした体つきだ。
『ふにゃーん』
メイが喉を撫でてやると、ラテは喉を鳴らして甘い鳴き声を出す。大きな体躯なのに、甘えん坊な性格なのだった。
「……メイさんは、どうしてここに来たんですか?」
ロッカーから制服を取り出して着替えながら、そう切り出した。
「ええと……私は私の生きたいままに生きててぇ」
メイは首を傾げながら、考える素振りを見せてそう言う。それにココは素直に頷きながらも、一瞬、わずかなひっかかりがあると感じてしまっていた。
自分の人生をそこまで迷いなく進めるのが羨ましいのか、それとも危険なのか。判断がつかなかった。
「推し活という名のマグマが溢れててぇ、お金なくてぇ……」
「あ、あは、そうなんですね」
ココはその話題に触れると火傷しそうだな、と曖昧な言葉を返す。
……あと、本当にド天然という名のブラックホールなんだと確信した。
バータイムに入って、ココは入口付近に立つ。新規のお客様が来られた時の対応のためだ。
事前に聞いてはいたけど、平日にしては客入りが良い。ものの1時間ぐらいで6組ほどの対応をした。二重扉を開けて、荷物をロッカーに入れてもらって、席に案内する。飲み物の注文を受けて、カウンターでドリンクを作って提供する。そんなことを繰り返していた。
「ラテって、本当にメイに懐いてるんだね」
「あはは、そうなんですよぉ」
客と雑談している内容が聞こえてくる。確かにカウンターに立つメイの近くにラテは陣取り、客なんて関係ないとでも言わんばかりに、定期的に『にゃー』と鳴いていた。
「はいはい、なでなで」
ラテの言葉が分かっているかのように、メイはラテの身体を撫でてやっていた。
「ねえ、この副業よくない?」
閉店時間を迎えて店の片付けを終えると、不意にメイがそう言ってスマートフォンの画面を見せてきた。
「ええと……猫の画像を使ってSNS広告を作って、指定するサイトに誘導する副業……?」
ココが読み上げると、メイが嬉しそうに頷く。
「そうなのぉ。毎日1時間で、月に50万稼げるっていう、素晴らしい副業じゃない?」
(……多分、それ詐欺かも……でも、ここで私が口を出すべきなの……?)
新人の私がそれを指摘したら、嫌われてしまうかもしれない。ようやく見つけたこの場所で、一人でやっていける自信がない。
でも、もしメイさんが騙されてしまったら……。
ココは口をつぐんでしまう。正論を言って波風を立てるリスクと、メイが詐欺に遭う最悪の事態。天秤にかけて、結局は口出ししない自己防衛を選んでしまったのだった。
翌日のバータイム。ココは出勤して制服に着替える。店に出ると、カウンターでメイがラテの前足を上げて撮影してみたり、へそ天している猫を接写したりと、撮影を続けている。
怪しい副業という名の地雷原を歩き始めちゃったんだという絶望と、そもそもいま仕事中ですよと思ったが、あまり直接的に言うのははばかられた。
『にゃー』
困惑しているココを見上げて、ラテが鳴いた。なにかを訴えるような、希望を伝えるような声で。
ラテは、まるでココの心の奥を見透かしているように見えた。「あなたのその迷いは、本物?」と問いかけているように。
ココは、この店に来るまでずっとさまよっていた自分と、今まさに不安を訴えているラテの姿を重ね合わせてしまっていた。
一瞬戸惑ったが、彼女に背中を押されたと感じる。小さく頷いてから、メイに話しかけることにした。
「メイさん、ちょっといいですか」
「?」
「その……ラテが、メイさんに不安や困惑を感じているんじゃないかと、思うんです」
その言葉にメイはラテを見つめる。彼女はなにも言わず、メイを見つめていた。
確かに、いつもならメイが出勤してきたら真っ先に駆け寄ってきていたのに、今日は距離を開けるような動きをしている。
「メイさんが推しのために頑張っているのは分かります。でも、それで猫たちの信頼を失ったら、本末転倒じゃないですか?」
ココの言葉に、メイは明らかに驚いた顔をして、言葉に詰まってしまった。
……そうだ。私は猫が好きで、保護猫を助けるためにここに居る。
頭の中のマグマが一瞬にして冷えた。
いまの私は、矛盾している……。
(そうだ、私は何をしてるの……? 猫が好きなのに、猫たちのことを考えられていない……。ラテの純粋な瞳は、私のエゴを見抜いている……)
「……ごめん、ココ。私が悪かったと思う」
素直にそう言うメイに、ココは心底安心した表情を見せた。
それからメイは、事の顛末を聞いたレオンから説教を受けてしまった。
「……とにかく、そういうのはやめて欲しい」
レオンは、メイの素直さが客や猫に好かれる才能であると同時に、危うさでもあることを理解していた。
(彼女の才能を伸ばしたい。でも、このままではいつか取り返しのつかないことになる。ここは私が、店を守るためにも、彼女を守るためにも、しっかり諭さなくてはいけない……)
「はぁい……」
「……メイは素直な性格がお客さんから評価されているし、猫も懐いている。反省して、これからも一緒に働こう。いいね?」
その言葉にメイは目を見開いて顔を上げながら、
「は、はいっ! ありがとうございますぅ……」
と、素直な気持ちを口にした。
それからしばらくして、ココは出勤する。バックルームでは、メイが着替えて時間を待っていた。
(そういえばメイさん、いつも私より早く来てる……仕事熱心なんだよね……)
「……メイさん、レオンさんとお話して、どうでしたか?」
気になっていることなので、ココは素直に聞くことにした。
「うん。これからも一緒に働こう、って言ってもらえたぁ」
ココは素直に大きく息を吐いた。うまくまとまって本当に良かったという気持ちが、心の扉から溢れたのだ。
レオンの言葉は、メイの素直さという名の才能を肯定していた。メイさんは、あの天然の輝きで人に、そして猫に愛されている。それは事実だった。
「それでね、また新しい副業を見つけたの。今度は動画制作でぇ……」
あ、これは完治まで時間がかかる病だ。
ココは苦笑していた。
『ふにゃぁー……』
カウンターの上で、ラテがあくびをしていた。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する実在の地名や場所は物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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