短編31「ふたりあるき」
あらすじ
優柔不断なタクは、元カノからの連絡に回答できずにいた。そんな彼を、今の彼女・メイは「3人で会おう」と後押しし、二人の歩幅を再確認する。
2人は、歩幅感が合っている。
一緒で眠っているダブルベッドから、示し合わせたように2人でもぞもぞと起き上がる。一緒に洗面台に向かって、一緒に歯ブラシを持って、一緒に歯を磨く。それから一緒に顔を洗ってから顔を拭く。同じタオルで。2人の姿は、まるで鏡に映った自分自身を見ているかのよう。
「……タクくん、なんかあった?」
ふと、メイが顔を拭きながらそう言うのに、タクは考え込む顔を見せる。
「いやね、その……昨晩、元カノから連絡が来ていて」
タクがスマートフォンの画面を見せる。そこには、要約すると「復縁について話し合いたいです。連絡ください」と書かれている。
それにメイは大げさにため息をついてみせると、
「断ればいいじゃん」
と、もっともな意見を言う。
「でも、無理なんだ。前職でお世話になった上長で。彼女とは正面から向き合わないといけないんだ」
タクの言葉に、メイは少し考える。彼のそういうところは真面目で優しさなんだと思うけど、彼の優柔不断な性格を考えると、うまくまとめられるとは思えなかったからだ。
しばらく経って、メイは「うん!」と言って大げさに頷くと、
「じゃ、3人で会ってみるか!」
と、目一杯の笑顔で言った。
「え、え? ええーーーーー!?」
というわけで、翌週、約束したカフェ。タクとメイは4人席に隣り合わせに座りながら、コーヒーを飲んでいた。
タクは白いパーカーに細身の黒いパンツを履いている。メイは茶髪を雑なツインテールにまとめて、大きめのパーカーにシルエットのだぼついたパンツを履いていた。
「でもメイ、ありがとう」
「どういたしまして」
メイはおどけて答える。
……正直、いまこの場に自分がいることは、若干不自然だ。少なくとも相手はそう思うだろう。でも、恐らく必要なプロセスなのだ。なにせ、タクは優しい。同時に、優柔不断だ。2人きりで合わせると、焼け木杭に火がつく可能性もある。それだけは避けたかった。
1人の女性が、入口からつかつかとこちらに歩いてくる。彼女は肩に触れるぐらいの黒髪を垂らし、白いブラウスに紺色のタイトスカートで、ビジネスの場での完璧なドレスコードだった。
「ええと、タクくん。この人は誰?」
彼女は開口一番、メイを指さして露骨に嫌そうな顔をしている。それもそうだ。
「いま、タクくんと同棲しています。メイです」
メイが笑顔で言うのに、女性は少し驚いた顔をしてから、黙り込んでしまった。
「その、智華子さん……」
「……しばらく連絡来ないから、そんなところだろうとは思っていたけど、でも……」
「あの、俺。智華子さんとちゃんと話したくて、でも、勇気なくて。だから、メイについてきてもらったんです」
タクがうつむきながら口早に言うのに、智華子もメイもなにも言えなかった。
「俺、その……ずっと智華子さんに憧れていたんです。だから、真剣に向き合いたかったんです」
そう、彼は理解している。優柔不断な自分を、智華子は導いていてくれたんだと。
でも、それについていけなかった自分も理解していた。
……仕事ではいつも、智華子さんの指示をこなすだけで精一杯だった。ずっと前に走っていたつもりだったのに、彼女の背中はいつも遠かった。僕が彼女の背中に追いつけることは一度もなかったのだ。
だからこそ、そんな彼女から差し伸べられた手を素直に握り返した。
「……俺、母親いないし、覚えてもいなくて。たぶん、智華子さんに母親を求めていたんだと思います」
「……」
智華子はそれになにも言わず、ただ見守っていた。メイは心配そうに2人の顔を見比べている。
「でも……でも、智華子さんの背中はずっと遠くに見えてました。俺には追いつけないと思っていました」
智華子はタクの言葉に小さくため息をつく。
……つまり、彼を導くつもりだったのが、彼を置いていくように見えていたこと。手を差し伸べていたつもりだった。それが、彼を苦しめていたのだと。
「……私と、いまの彼女はなにが違うの?」
智華子は長い自問の時間を終えて、口を開いた。
「歩幅が合います。同じ速度で肩を並べて歩んでいる、そう感じているんです」
タクが言うのに、智華子はバツの悪そうな表情を見せる。彼女の冷静な表情が、困惑に染められているように見えた。
「あの……私が言うのもなんなんですけれど。たぶん、お互いに支え合うという視点が違って、齟齬があったんじゃなかったんじゃ……」
メイの意見に智華子は鋭い目つきで睨んで、
「そんなこと分かってるわよ」
と、きつい口調で言う。
「私も、そういう経験あるから、分かります」
メイは智華子の言葉に動じることなく、続けた。
「私も夜道に置いて行かれたことがあって。ただ立ち尽くして、親しかったはずの人影が遠くに消えていくのを、ただ見ていました。だから、タクくんが一人で立ち尽くす姿を見ていられなかったんです」
「……」
「私は夜道で泣き続けていましたけど、誰も迎えには来てくれませんでした。彼の感情は、それに近いものだったんじゃないかな、って思います」
智華子はそれにすっかり押し黙ってしまった。
「……最後に、聞かせて。タクくん」
彼女の言葉にタクは、ゆっくりと視線を彼女に向けた。
「それでも、私のことを慕って、頼っていてくれたのね?」
「はい」
タクがまっすぐな瞳で見つめ返すのに、智華子は大きく頷いた。
「分かったわ。ありがとう」
彼女は言いながら立ち上がると、財布から1枚の千円札を取り出してテーブルに置く。
立ち去る際に、彼女はタクとメイの繋がれた手をちらっと見てから、静かに店を出ていった。
「……これで、良かったのかな」
タクが自問するように呟く。メイはその顔を両手で挟み込んで、無理やりこちらに向けた。
「優柔不断なタクにしたら、良かったと思う。というか、良かったと思うしかないんじゃない?」
メイの微笑みにタクも微笑むと、2人は何度か頷いた。
帰り道、2人は買い物した食材の詰まったエコバッグを下げて、夕方の街を歩いている。今夜は鍋だと決めていた。
「白菜入れて♪」
「鶏肉入れて♪」
2人は手を繋ぎながら歩いて、楽しそうに歌う。
「歩幅が合うって、こういうことなんだろうな」
不意にタクが言って、メイが不思議そうに振り向く。
「物理的な歩く速度もそうなんだけど。精神的な距離が、ちょうどいい」
タクは少し照れながら、微笑んで、メイを見つめる。それにメイは笑顔を返して、
「そうだよ。だから、一緒に歩けるんだよ」
と、満面の笑顔で言う。それにタクも笑った。
「うん、これで良かったんだ。僕は、メイのことを置いていかないからね」
「ありがと。でもそれはお互い様だからね」
2人は微笑み合って、帰路を急ぐ。なにせ今日は2人で鍋を作って食べるのだ。
食べたいものを食べたいだけ入れて、たくさん食べるんだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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