短編30「黒猫は足跡を残して」 黒猫の日常#2
あらすじ
停電の夜に僕が出会ったのは、黒猫を思わせる不思議な少女だった。 彼女が残した足跡は、狭い世界から踏み出して再び彼女に会えるかもしれないという希望をくれた。
ぶつん。部屋の照明が音を立てて消えた。同時に、空気をかき回してくれていたサーキュレーターも止まる。
……停電?
僕は立ち上がって、窓から外を見る。
――真っ暗。
街灯は消えて、視界に入る建物たちの窓はいずれも暗黒。スマートフォンを掴んで、ニュースの情報を手繰り寄せる。見ると、ここいら一帯が停電になっている、とのことだった。
「ふぅ……」
僕は息を吐きながら、スマートフォンのライトでクローゼットを照らして、外出用のパンツを履いた。薄手のパーカーを羽織ってから、キーケースを掴んで玄関のドアを開ける。
停電で暗い街は、僕にとって楽しい時間だった。
消えている街灯や看板、営業している店舗も真っ暗。僕は、それにうきうきするのだ。
こういう時に出歩く人は少ないだろうと思う。でも、僕はこの時間が好きだ。
全てが止まったような時間。世界にいるのは自分だけという感覚。そんな時間が好きだった。
ふと、公園の前を通りがかる。
「……?」
街灯が消えて暗いからよく見えないが、ベンチに人影を見つける。わずかな月明かりから見える姿は、恐らく女性だろう。
黒髪を左右でシニヨンにまとめていて、黒色の長袖ワンピースを着ている。フードには猫耳がついていた。袖とスカートの裾には白いレースがあしらわれていて、暗い夜にも明るく見える。スカート丈は短く、ミニスカートとオーバーニーソックスが絶対領域を作っていた。
暗闇に佇む彼女は、黒猫を思わせた。暗闇補正は当然入っているだろうけど、僕には彼女が魅力的に見える。停電の夜、暗い公園でベンチに座って、周囲には野良猫が集まっている。それは、神秘的な風景に見えた。
(なんだろう……?)
不思議な光景に好奇心が止まらない。僕はゆっくりと公園に入って、ベンチの方へと近づいていく。不審者と思われないように、なるべくゆっくり堂々と歩いた。
半径2メートルほどまで近づいたところで、野良猫たちは唸ったり距離を離したりし始める。
彼女はそこでやっと僕の存在を認識したらしい。こちらに振り向くと、暗闇の中で彼女の瞳が光ったようにも見えた。
「……ねこ、好き?」
「うん、好き。彼らがどう思ってくれてるかは、わからないけど」
僕の言葉に彼女は、小さく頷いてから、またこちらに視線を向けた。
「じゃあ、座るといいにゃん」
「ありがとう」
僕は彼女の隣に座って、夜空を見上げる。
空は、暗い。灯りのない夜は、とても暗くて深い。飲み込まれるという表現はふさわしくないと思う。ただそこに巨大に広がって、ただ全てを包み込んでいる。この世界は全て、この空が飲み込んでいるのだろうと思えた。
「停電の夜は、空が深い。心に染み入る」
「そうだね」
ここで初めて、彼女が笑った。暗い闇が影を落としているせいか、どこか哀愁を感じさせるような、そんな笑顔だった。
彼女は答えてから、また空に視線を戻す。暗闇の横顔は、真意が見えないというか、なにを考えているのか分からないというか、その内面を見せていない。そう思えた。
「君の名前は? 僕は、シバって呼ばれてる」
「ねこにゃん。そう呼ばれてる」
空を見上げながら行われる最低限のコミュニケーション。お互いにそれ以上は深堀りしない、されない。温かな時間。
「停電の世界は、どこまでも広がる世界を感じさせてくれる。シバはどう思う?」
「分かる。いまこの瞬間、この世界中に1人だけという感覚、僕は好きだな」
彼女は笑った顔で振り向く。暗い中でも彼女が満面の笑みを浮かべているということはよく分かった。
ぱっ。その笑顔がスイッチだったのか、公園の街灯が灯った。それから順番に、街灯が灯っていく。その光はここから灯りが広がっていき、世界が広がっていくような、そういう光景に見えた。
「もう終わりかー。じゃ、もう帰るにゃん」
言って彼女はベンチから立ち上がる。それを合図に野良猫たちもぴょんぴょんと草陰に消えて行った。
「ねえ。また会える?」
「んー……また停電が起こったり、気が向いたら、かにゃ?」
背中越しに声をかけると、彼女は振り向かずに答えた。
「連絡先聞いていい?」
「また会った時にね」
彼女は手をひらひらと振りながら、ベンチに僕を残して、背中を向けて歩き始める。その背中をただ見つめていた。
彼女の後ろ姿は夜闇に溶け込み、馴染んでいく。まるで夜に愛され抱かれたかのように、彼女の姿は消えていった。
(……?)
明るくなって、ふと気付く。ベンチの上に、なにかが置かれている。
それは、黒猫の足の裏と肉球をイラスト化した、アクリルスタンドキーボルダーだった。
彼女のものだろうか? 彼女が消えた方向を見るが、もちろんその姿はもう見えない。追いかけようにも、もう遅いだろう。
「……猫が足跡残して、どうすんだよ」
僕は独りごちながら、そのキーホルダーを手に取った。
「またいつか、停電の時に……」
僕はそう言って立ち上がり、キーホルダーをポケットに突っ込む。
それからちょっとだけ笑って、家に向かって歩き始めた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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