短編76「永い時間の中で」
あらすじ
簡素なオフィスチェアは、小説家を夢見た男の半生を見守ってきた。熱狂的な20代、家族への責任を負った30代……娘の結婚や孫の誕生を経て、60代で終着を待つ男は椅子の上で眠りに落ちて……。
私がこの椅子と初めて出会ったのは、もうずいぶんと前の話になる。
歳を取ると、時間の感覚というものは本当に曖昧になるものだ。
だが、この椅子にまつわる記憶だけは、まるで昨日の出来事のように鮮明だ――。
簡素なオフィスチェア。木製のデスクの前で、半世紀以上私の身体を支え続けてくれた。まるで私の人生そのもののようだ。
夢を追う熱狂も、家族を養う責任も、老後の安寧も、すべてこの椅子の上から始まった。
そしていつか、すべてはこの椅子の上で終わるのだと、私は薄々感じていた。
当時は、20代だった。
夢は、小説家になることだった。世の中に認められたいという、若者特有の傲慢な願いを胸に抱き、この椅子を『自分の物語を生み出すための王座』だとすら思っていた。
この椅子は、私の戦友だった。深夜の静寂の中、キーボードを叩く音と、椅子の軋む音だけが、私の存在を証明していたと言っていい。
妻となる彼女と出会ったのも、この椅子に座っている時だった。
私は当時、小説好きが集まる小さな掲示板で彼女の感想に強く惹かれた。
「あなたの作品の主人公は、椅子に座りすぎです」
――そんな、ユーモラス溢れる感想コメントがきっかけで交流が始まった。
孤独な執筆活動における唯一の暖炉の火のように、彼女はすぐに私の生活の一部となった。
パソコン越しに連絡を取り合い、私の夢を、理想を、熱狂を、彼女はすべて受け入れてくれた。
初めて実際に会うことが決まったとき、私は椅子の上で、なにを着ていこうかと一晩中悩んだものだ。
やがて結婚して、長女が産まれた後も、熱狂は収まらなかった。身体が限界を迎えると、この椅子に身体を預けてそのまま眠りに落ちるのが日常となっていた。まともにベッドで寝る時間すら惜しかったのだ。
椅子は、私という人間が持つ、熱狂と文学への無謀さの証だった。
やがて、30代になった。
椅子との付き合い方は一変した。
長女の「パパ、誕生日プレゼントはあれがいい」と言う言葉に、私の財布は応えられなかった。
それに加えて小説の選考結果は落選が続いており、私の心はすでに折れかけていた。娘の素直な言葉が、夢という名のガラス細工をぽっきりと砕いてくれた。
私は、小説家の夢をきっぱりと諦めた。
それからはフリーランスライターとして、生活のための仕事に没頭した。椅子は、私の夢を支える戦友から、納品責任を共に背負う相棒へとその役割を変えた。かつて小説を書いていたのと同じ場所で、今度はクライアントの意向を汲み取った記事やコピーを量産する。
長時間労働は変わらなかったが、その動機は外側、つまり愛する家族へと向いた。腰痛が出始めたのもこの頃だが、椅子を変えるという選択肢はしなかった。この椅子は戦友であり相棒であり、私が地に足をつけて家族を守っているという、揺るぎない証拠だったからだ。
この椅子に座って仕事をしている私の傍らで、娘はよく、ランドセルの中身を広げて宿題をしていた。時折、椅子の足に身体をぶつけては、「痛いよパパ!」と笑いながら怒られた。
椅子は、娘が成長していく軌跡を静かに見守っていた。私にとって、椅子は平凡な日常と、静かな献身の記録係になっていた。
そして40代となり、老後の安定を求めて会社員となった。だが幸いなことに在宅勤務が主だったため、生活環境を大きく変えずに済んだ。
通勤時間が不要のため、諦めたはずの行為が改めて戻ってきた。余暇時間を活かして、インターネットで公開するための小説を書き始めたのだ。
椅子は再び、私の創造性のための場所となった。本職のライター業と、自分だけの小説。二つの『書く』という人生を、この椅子の上で送っていた。
いつも通り仕事を終えて椅子に座りながらコーヒーを飲んでいたとき。普段は書斎に立ち寄らない娘が、ドアをノックして入ってきた。
「パパ。私ね、結婚しようと思ってる」
――私は椅子の上で固まり、言葉を失った。
彼女はもう、あの頃「プレゼントはあれがいい」と言った小さな女の子ではなかった。私は椅子から立ち上がりしっかりと抱きしめたかったが、身体がすぐに動かなかった。
「おめでとう。応援しているよ」
椅子に座ったまま、震える声でそう伝えた。彼女の幸せそうな顔を見て、喜びと同時に少しばかりの寂しさが胸を満たす。
結婚式の案内が届いた日、この椅子に座って葉書の『出席』にマルをつけるだけのことに、いやに時間がかかってしまった。
椅子は、人生の次のステージへの門出を静かに見送ってくれた。
この頃から私は、老後を視野に入れた生き方を選択するようになる。椅子はすでに、人生の終盤戦に向けた伴侶となっていた。
50代になると、私に新しい役割が加わった。
おじいちゃん、という役割。孫が誕生したのだ。
彼女が連れてきた小さな命を見た時、私は椅子の上で泣いた。
孫娘はまだ言葉も話せないのに、私の古い椅子に興味津々だった。小さな手でキャスターを触ろうとする姿は、かつて娘がした行動と同じだ。椅子はなにも言わず、まるで大きな古木のように、ただ彼女の存在を受け入れる温かい存在として鎮座しているように感じられた。
孫娘を抱いて椅子に座る。柔らかい小さな生命の重みが、かつての責任の重さとは全く違う、暖かく優しい重みとして私の膝に伝わってくる。
私はこの椅子の上で、人生の最も美しい収穫を噛み締めた。
そしていま、私は60代になった。
仕事もほぼ終え、人生の役割も終えた。あとは静かに終着点を待つだけだ。
私がいま座っているのはもちろん、あの椅子だ。それは、私自身の身体の一部となっており、私の半生を記録した魂のレコーダーのようなものだ。
今日も、私はこの椅子に座っている。窓の外はもう、夜の帳が下りていた。
文書作成ソフトに書きかけの小説が静かに光っている。瞳を閉じると、昔のように座ったまま眠ってしまうのが日常だった。
まるで、長い旅の終わりのように。ようやく安息の地を見つけたように。
私は椅子に身体を預けたまま、ゆっくりと静かに、全ての音を遠ざけて意識を失っていた。
「おじいちゃん!」
孫娘がドアを開けた瞬間、部屋に差し込んだ朝の光が、私の頭上から重い身体を照らしつける。
「おじいちゃん! またここで寝てたの!?」
可愛らしい呆れ顔を見せる愛しい声が、静寂を破った。
孫娘は私の身体を揺さぶりながら、顔を覗き込みながら、微笑んでいる。なかなか目覚めない私を不思議に思って、その瞳に戸惑いが深く沈んだ。
私の半生が刻まれた椅子は、新しい世代の光の中でいま、優しく軋んでいた。
この記事は、投稿コンテスト「#いつもの場所に座って」参加作品です。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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