見出し画像

短編111「おばあちゃんのメロンソーダ」

あらすじ
ハナエは娘と孫と一緒に純喫茶に向かう。そこで頼んだのは、メロンソーダ。その緑色には、深い思い出が眠っていた……。

 思い出すのは、戦後のあの時代。
 おっと、懐古厨と言うのはやめておくれよ。
 あの時代の私の、大切な思い出なのだから。

 昼下がりの純喫茶、「珈琲マロニエ」。壁には油絵が飾られ、テーブルは濃い茶色の木製。昭和の雰囲気が色濃く残る。
 ハナエが窓際の4人掛けテーブルに座ると、向かいにミカとユウタが腰を下ろした。

「なんだか懐かしいわね」
 ミカが微笑んで言う。五十代だが、ぎりぎり純喫茶というものには馴染みがなく、新しいながらもどこか懐かしい光景に、思わずそう呟いていた。
「うっわ、マジ革命」
 高校生のユウタにとっては、逆に刺激的な光景に写ったようだ。驚いた顔で店内を見回している。一種のテーマパークだと解釈したようだった。

「ここね、珈琲が美味しいの」
 ハナエはゆっくりと言って、メニューを2人に差し出した。
「でもおばあちゃん、メロンソーダにしようかな」
「お母さん、さっきコーヒーが美味しいって言ったのに」
 思わずミカがツッコミを入れるが、それにハナエは微笑みを返す。
「そういう気分なのよ、今日は」

「クリームソーダにしたら? SNS映えするだろ?」
「おばあちゃん、SNSはやってないからねえ……」
 苦笑するハナエに、ミカが心配そうな視線を向けた。
「お母さん、お医者さんから甘いもの控えるようにって言われたばかりでしょう? 今日はいったい、どうしたの?」
 ミカの言葉に、ハナエはただ微笑みを返した。

 鮮やかな緑。メロンソーダが背の高いグラスで運ばれてくる。乗せられた真っ赤なチェリーが、色のコントラストを見せつけていた。
 ハナエは手元に置くと、ただグラスの側面を流れる水滴と、冷たい緑色をじっと見つめていた。
「メロンソーダを見るとね、いつも思い出すんだよ。終戦後の、あの熱い夏の日々をね」
 ハナエが静かに話し出すのに、ミカとユウタはただ見つめていた。

「当時はね、冷たいものは宝石だったのよ。私はいつも、冷たいものは妹に譲っていたわ」
 ハナエはストローを持つと、軽くグラスをかき混ぜた。しゅわしゅわと炭酸の弾ける音が、静かに流れていた。
「でもね、メロンソーダを見ると、死んだイチロウおじいちゃんのことをね、思い出すの」

 ハナエは結婚したばかりの頃の思い出を話し始める。
「なかなか時間が取れなくてね。遅い時間に、おじいちゃんが仕事から帰ってきて。私が起きて待っていると、メロンソーダの瓶を買ってくるときがあったのよ」
「そんな遅い時間に?」
「そう。それを、二人で飲むの。ユウタのパパはまだ小さくて、寝ている間にこっそり、ね。静かな夜で、キンキンに冷えたメロンソーダを飲むのが、二人だけの秘密の時間だったのよ」

 ハナエはグラスの結露を指でそっとなぞる。
「メロンソーダの冷たさが、私たち二人だけの熱い時間だったの」
「ふーん……でもさ、ばあちゃん。時間が経つと氷が溶けて炭酸が抜けちゃうぞ。過去が台無しにならないか?」
 ユウタが現実的なことを言うが、ハナエは気にせず笑顔を返して、首を左右に振った。
「違うんだよ、ユウタ。あのときのメロンソーダは、冷たさそのものが贅沢だった。だから、冷たいままの緑色を目で見て、じっくり味わうことに意味があったんだよ」
 彼女は目を細めて、続けた。

「でもね、いまは少し違う。このメロンソーダは、私とおじいちゃんが分かち合った、贅沢の象徴なんだよ」
 ハナエは言いながら、チェリーを手に取り、口に含んだ。
「甘いねえ……」
 しみじみと言うのに、ミカとユウタはなにも言えなくなっていた。それを気にせずハナエはストローを吸って、
「うーん、冷たい! 最高の贅沢だね」
 と、満面の笑みでそう続けた。

 ユウタはスマートフォンを置いてアイスコーヒーの氷を齧る。ミカはハナエの笑顔を見て、静かに頷いていた。

 冷たいメロンソーダは、ささやかな幸福の象徴として、ただそこにあった。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
もし気に入っていただけましたら、スキやチップの応援やコメントを頂けると励みになります。
また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

#短編小説 #小説 #ライトノベル #メロンソーダ


いいなと思ったら応援しよう!

今津 風色 よろしければ応援お願いします。 いただいたチップは資料の購入費用、取材費などの活動費として有益に使わせていただきます。