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短編112「バニーガールと商店街の亡霊」暴走バニーはみんなをハッピーにする#9 〜商店街創生編〜

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
栄門町中央商店街は、時代の流れに取り残され、シャッター街と化していた。この街の組合長である鮮魚店の三代目、権藤はニーナたちに相談して……。

 熱意がない人なんていない。
 ただちょっと、拗ねてるだけだ。きっと、ちょっとしたきっかけで立ち直れる。
 だからそんな人たちの力になりたくて、私はバニースーツに身を包んでいるんだ。

「欲しいのは、若者向け集客イベントと、国からの補助金」
 栄門町商店街の端っこに存在するバニーガールのコンセプトカフェ、『Lop-Ear Café(ロップイヤーカフェ)』。
 そのVIPルームで飛び出した言葉は、明るい室内を重苦しくするには充分すぎるほどだった。

「また権堂ごんどうのじいさんが変なこと言い出した……」
「……おいニーナ、聞こえとるぞ。お前、わしが客だってこと忘れてないか?」
 VIP席は一人掛けの王様ソファが奥に置かれて、豪華なテーブルとバニーガールたちが座るための数脚の椅子が置かれている。重厚な黒い扉の近くにはカラオケセットが置かれて、まさに密室の娯楽空間という体をなしていた。

「そういうのは、栄門町中央商店街の組合長である権堂さんがやることじゃないの?」
 ニーナは黒いバニースーツに身を包み、長い金髪を垂らして濃いめのメイクで接客をしている。しかし明らかな呆れ顔で、店内で一番安いボトルキープのウイスキーをロックグラスに注ぎながら、もっともな反論をしてみせる。
「……できるなら、とっくにやってるさ」
 権堂は赤い顔でウイスキーを舐めながら、静かに呟いた。彼の顔には誇りと、それを失った深い疲弊が皺となり、根本まで真っ白になった白髪がすべてを物語っていた。
「ニーナは知らんだろうが、わしは鮮魚店の三代目だ」
 彼は静かに、目を細めて続けた。
「時代の流れに合わせて、新鮮な魚が売りの回転寿司のチェーンフランチャイズもやってみたさ。でも、気づけば大手チェーン店が駅前にばかすか出店しやがって客を食われちまった。この商店街には、その流れに負けた亡霊しか残ってねえんだ」
 権藤は、はあ、と深い溜め息をついてから、ロックグラスに残っていたウイスキーをぐいっと飲み干した。

「ただし、わしらの商店街の伝統と品位を咎めるような真似はするなよ。特にニーナ、お前は熱くなりすぎる」
「いやいや、それ以前に私、やるって言ってませんけど!」
 ニーナは思わず立ち上がり、両手の拳を振り上げて反論する。
「まあまあ、ニーナ落ち着いて」
 ニーナの隣の席に、深緑のバニースーツに身を包んだニナが、微笑みながら割って入る。
「権堂さんの言うことも、もっともね。この栄門町の商店街が盛り上がれば、私たちも恩恵を受ける。悪い話じゃないんじゃない?」
 レナはにっこりと微笑んで、権堂に微笑みかける。それからニーナに振り向いて、「ね?」と笑顔で言う。

 ……ニーナは知っている。
 レナがそんな笑顔をしているときは、脳内でそろばんを弾いて、これは儲かると判断したときだと。

 翌日、店のオープン前にニーナはレナと商店街の視察に来ていた。レナは濃い緑色のパンツに白いタートルネックを着て、グレーのツイードジャケットを羽織っている。ニーナはいつもの黒いバニースーツ。傍らで権藤が、両腕を組んで二人を見守っていた。
 商店街のアーケードは老朽化して光を失い、時代の流れに取り残されシャッター街と化していた。
人々が動く夕方になっても人通りは少なく光が届かない。並ぶのは、古めかしい看板とひび割れたシャッターばかり。まるで時間が止まったまま、眠っているようだった。

「……まるで寂れたシャッター街みたいっすね」
「ニーナ、そのまんまよ」
 思わず呟く声に、レナがツッコんだ。
「なんだと! わしらはな、この街を支えてきたんだ。あんたらみたいな若者になにが分かる」
「その結果がこのシャッター街でしょ。駅前でチラシ配る暇があるなら、SNSで生配信でもしなよ」
 ニーナは言いながら、視線をまた商店街に向けた。
 ……中途半端なパフォーマンスが通用しないことを、彼女はよく知っていた。

 それからレナは、あっという間に『シャッター街復活プロジェクト』の企画書をまとめ上げる。オープン前の店内で、バニーガールズたちにその企画書を配った。
「まずは、私。地権者への話し合いと、シャッターを開けて営業してもらえないかの交渉。それと並行して、レンタルキッチンとして活用して若いシェフを呼べないかの検討。あとはキッチンカーを呼び込んで営業してもらえないかを探るわ」
 それにニーナとアリス、それにユメは気圧されたようにただ頷いていた。
「アリスは、閉まったシャッターや壁面にウサギをモチーフとした壁画を描いて。生命力のある景観に変えていきたいの」
 言われて、白いバニースーツに身を包んだアリスが頷く。
「h、はい……分かりました」
「ユメは、SNSを活用してライブ配信をして。商店街には老舗が多いから、『隠れた名店を探す』というテーマで、商店街の良さをアピールして」
 言われたユメは、ピンク色のバニースーツ姿で大きく頷いた。
「はい! 商店街、盛り上げてみせます……!୧(๑›◡‹ ๑)୨」

「補助金は信用できん」
「アートなんかいらん」
「SNSは一部の人しか使っとらん」

 ……しかし、惨敗だった。

 商店街の店主たちの心は動かない。
 変化を恐れる彼らの抵抗は、シャッター街を動かせてはくれなかった。

 その夜、店の営業が終わったニーナは、バニースーツのまま無人の商店街へ向かってみる。寂れた街灯が落とす静かな灯りは、かつて華やかだったであろう時代を思い返させるには、充分だった。

 ――きっと、かつては明るい声が響いていたのだろう。
 お酒を楽しむサラリーマンの集団。小さな子どもの手を引いて歩く若い夫婦。そういった人たちが歩いてる姿が、視界に見えたような気がした。

 ばしゃばしゃ……。
 深夜とは思えない水音が聞こえた気がして、ニーナは商店街沿いに歩いていた。なんだろう、酔っぱらいの粗相の後始末でもしているのだろうかと思いながら、ニーナは歩いていた。

 見ると、閉めたシャッターにホースで水をかけてから、雑巾で磨いている人影が見えた。寂れたプラスチックの看板には、『魚辰鮮魚店』とある。
 シャッターを掃除していたのは誰でもない、権堂会長本人だった。

「権堂のじいさん……」
 彼の感情はニーナには分からない。
 ただ、その気持ちを言葉にするのなら。

 誇り。

 きっと、そういうことなんだろうと、彼女は思った。

「レナ、この企画どうかな?」
 翌日の夕方、ニーナはコピー用紙に手書きで綴った紙束を渡しながら言う。少し頬を染めているのは、照れではなく熱意の表れだ。
「――うん、いいね。やってみようか」
 レナはさっと目を通してから、微笑んだ。

「開けろー!」
 寂れたシャッターの前でニーナが叫んだ。その周囲では、若者たちがウサギのコスプレ……とはいえ、それっぽければなんでもOKらしくウサ耳カチューシャだけの者が多かったが、ニーナの声に合わせて熱いコールをシャッターに浴びせかけた。
 ニーナの企画というのはシンプルだ。『シャッターの前で熱いコールを上げて、シャッターを開けさせる』というもので、希望者が集まっていた。ユメとレナの宣伝が功を奏して、SNSで集まった若者や近所の家族連れが賑わいを見せていた。

 かつての駄菓子屋のシャッターが、少しだけ開いた。中から老婦人が顔を出して外を見ると、驚いて引っ込んでしまう。
「もう少しだー! みんなもお世話になった駄菓子屋さんに、シャッターを開けてもらおう!」
 ニーナの煽りに、集まった人たちは「おーっ!」と騒ぎ始める。

 ニーナは分かっている。
 今回、シャッターを開かせるべき店は、どこなのか――。
 それはもちろん、『魚辰鮮魚店』であった。

「会長! あんたの熱を世間に見せてやんなよ!」
 店の前に立つ権堂は、相変わらず腕を組んだまま訝しげな目線でニーナを睨み返した。
「……やってくれたな、ニーナ。こんな大きな騒ぎにしやがって」
「私は、あんたの熱が見たい。商売人として生きてきた、魂の証明が見たい! みんなもそれを求めてるんだ!」
 ニーナの叫びに、権堂は少しひるんだ。目を丸くして彼女を見つめると、それから右下に視線をそらして、それから口を開いた。
「――わしは、ガキの頃からずっとここで生きていた。思い出もたくさんある。この場所がまた、輝けるようになって欲しいという想いは、お前さんには負けねえ」

 言って権堂は、店のシャッターに手をかける。がらがらっ、という鈍い音と主に、魚辰鮮魚店のシャッターが全て開かれる。

 店の正面には、蛍光灯の光を反射する大きなガラスケースが鎮座している。ケースの中には、氷の上に寝かされた数匹の魚が、まるで美術品のように完璧な状態で並べられていた。
 サク取りされたマグロの深い赤、鯛の艶やかな銀鱗、そして半身にされたブリの締まった肉質。品数は多くないが、一匹一匹が店主の誇りをかけて選ばれた、生々しいまでの鮮度を保っている。その姿は、周囲の薄暗く淀んだ空気の中で、あまりにも美しく、そして孤立して見える。
 ガラスケースの奥、店の内側には、年季の入った木のまな板が置かれ、その脇には磨き抜かれた出刃包丁が鈍い光を放っている。しかし、そこには人の気配はなく、ただ冷蔵ケースの低い駆動音だけが、シャッター街の静寂をかき消すように『商売は生きている』と主張しているようだった。

(そうか――)
 深夜、権堂は店の掃除を完璧にして、その後に仕入れに行ったのだ。今日という日に店を開けるつもりで。
 ニーナは一瞬でそう悟った。

 権藤が店を開けた、という事実は周囲にも影響を与える。それは他の店主たちのプライドや職人に意地といったものを思い出させて、彼らを動かしていく。
 一軒、また一軒と、店主たちがシャッターを全力で開ける。薄暗かった商店街が光に満たされ、人々の笑顔と、店主たちの久々の活気が交錯した。

 多くの人々が溢れる路上と、興味津々で店内に入ってくる客たちに、店主たちはかつての輝きを取り戻した笑顔で、笑っていた。

「補助金が認可されました。このお金を活用して、中央商店街をより良いものにするため、そして若い力を呼び込むことが重要です」
 権堂は見積書の隅々にまで目を通しながら、深く頷く。
「……ああ。特に異論はない」
 彼は納得したような気恥ずかしいような、なんとも言えない表情で言いながら、ロックグラスのウイスキーを一口飲んだ。
「……わしらは、昔のやり方に固執しすぎたのかもしれんな」
「VIPルームの個室なだけに?」「ニーナ、しっ」

「亡霊になっていたのは、わしだったのかもしれん。あとはお嬢ちゃんたち若者に任せて、共存していこうと思う」
 しみじみと言う権堂に、ニーナは強く頷いた。

 その夜、ニーナは商店街を眺めていた。会社帰りの会社員が骨董品店を覗いていく。鮮魚店を覗く親子連れがいる。少しずつではあるが、商店街は変わりつつあった。

「熱は、伝播する。みんなをハッピーにするんだ」
 栄門町商店街のシャッターは人々を受け入れるように開かれ、温かい光を放ってくれている。
 その内側には、新しい熱意と未来への希望が、確かに灯っていた。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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