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短編110「ただ、そこにいられる」保護猫カフェバー Il Gatto Errante 〜二重唱編〜 #8

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
コンセプトカフェバー『Il Gatto Errante(イルガットエランテ)』に、同業者のキャストが客として来店する。彼はメイの接客を評価しつつも、看板猫モカの「エンタメ性の弱さ」を指摘して……。

 『まったり、させてね。』
 彼らの言葉なき願いこそが、この店が守り抜かなければならない、最高の哲学だから。

「モカ、超カワイイ! ラテも、今日も毛並みいいね!」
 メイの明るい声が、パチパチと店内に弾けていた。
 彼女は長い茶髪を長く伸ばしており、店の制服である白いブラウスと紺色のフレアスカートに身を包んで、いつもの軽やかな足取りで店内を飛び回っていた。
 新規入店客の対応、ドリンクの注文対応、お会計。テキパキと楽しそうに働くその笑顔は、店内にポジティブな賑わいをもたらしている。特にSNSでは若年層の客から応援コメントがたくさん届いていた。

 そう、店内のキラキラとした空気の源泉は、紛れもなくメイ自身だった。

 カウンターの下では、ラグドールのメス猫、ラテが静かに伸びをしていた。彼女は照れ屋なところがあり、お客さんがたくさんいる時はいつもマイペースに過ごしている。時折尻尾を振って応えるだけで、基本的に自分のペースを崩すことはなかった。

「メイさん、今日も絶好調ですね!」
 声をかけてきたのはココだ。黒髪をツインテールにまとめたこの店で一番の新人で、メイのサポートを受けて店のSNS広報も担当している。
 それにメイは満面の笑みをニッコリと返すと、
「そりゃそうだよぉ。猫も人も幸せにするのが、メイの使命だからね!」
 と、おどけてウインクを返してくれた。

 そのとき、店の入口のドアが開く。ココとメイは反射的に振り向いた。
 黒髪を耳が隠れないほどの長さにまとめ、サングラスをかけた男性だった。上質な白いTシャツに高級そうなジャケット、綺麗な生地のジーパンを履いている。シンプルな装いながら身につけているのは高級品だろうと、二人は感じていた。
 彼はサングラスを外すと、鋭い瞳が現れる。観察するように舐めるような視線でぐるりと店内を見回した。
「SNS見て、来たんやけど」
 近づくメイに気付いて、彼は関西弁で静かにそう言う。
「えっ本当ですかぁ! 嬉しいですぅ」
 手洗い場に案内して、手洗いと消毒を促した。その間に、メイはさっとココに近づいて耳打ちする。
「彼、他のカフェの店員、真理夫まりおだと思う。SNSで有名だから。接客気をつけてね」

 メイが内扉を開いて彼を店内に誘導する。店内は他の客が二組ほどおり、モカ、ラテ、ベルが思い思いに寛いでいた。
「ああ、あんた噂のメイやな! いつもSNS見てるで。笑顔、ほんまにええなあ。キャストの鏡っちゅうたら、あんたみたいな人のこと言うんやろな」
 彼は静かな口調で、硬い表情を僅かに崩しながら、まくし立てるようにそう言った。
「えっ! あ、ありがとうございますう」
 面と向かって褒められて、メイは素直に驚きながら、頬を染めてしまう。
「店内の内装も清潔感があってええな。猫が喜ぶ空間、よう分かっとるわ。ああ、やっぱお猫様は偉大やなあ……!」
 両手を軽く広げて持ち上げて、彼はご満悦のようだった。

「……せやけど、あかんな」

 先程までの口調が急に鋭さを帯び、彼はくるりとメイに振り向いた。
「エンターテイメント性がまるで足らん。うちではお猫様は『スター』として扱っとる」
「……スター?」
 真理夫の急変にメイは言葉に詰まる。いきなり話題が変わったのもそうだが、猫にエンタメ性という文脈が理解できない。
 要は、『なに言ってるんだろうこの人』と思ったのである。

「例えば、一番人気のモカちゃん、おるやろ」
 彼はスタスタとカウンターに近づくと、そこで寝転がっていたモカの前に立つ。見知らぬ人の登場もそうだが、身長が高く威圧感のある彼の態度に、モカは少し警戒を強めた。
「このルックスでめっちゃカワイイのに、カウンターから動かへんのは非常にもったいない! 機会損失やで!」
 突然の大声に驚いて、モカはカウンターから飛び降りて逃げてしまった。警戒するように遠くから彼を見つめている。

「あのう、お客様。大きな声を出すと猫が驚くので……」
「ああ、堪忍な。つい興奮してもうたわ。猫のことになると、あかんねん」
 ココがやんわり言うと、彼は我に返ったように、素直に謝罪を口にする。

「あの、エンターテイメント性というのは、なぜ……?」
 メイが素直な疑問を口にする。彼の言葉はどうやら、彼女の好奇心をつついてしまったようだ。

「……せや、自己紹介がまだやったな。わいは猫カフェ『Le Chat Étoile(ル・シャ・エトワール)』で働いている、真理夫っちゅうもんや」
「あ! いつもSNSで派手なエンターテイメントを打ち出している……!」
「知ってくれとったか! 猫たちを飾り、パフォーマンスをさせて、お客様に喜んでもらっとるんや」

 ココはスマートフォンを取り出して、お店のアカウントを検索する。見ると、派手なネオンが輝く店内で、タキシードを着た猫がいたり、ステージ上で餌を使ってカラカラを回し続けるなど、確かに見ていて幻想的な楽しさが溢れていた。

「わいらにとって、猫カフェは『最高のエンタメ業』。猫にキャラ付けして、ポーズや芸を教えんと、ビジネスとしては弱いんや」
 堂々と言い放つ真理夫。その顔は真剣で、完全にビジネスマンのそれだった。
「いや、うちは保護猫の引取先を探し――」
「エンタメ性……」
 ココは少し眉を寄せながら反論する。意外にも、それを遮ったのはメイだった。
「つまり、私たちは、猫たちを『より可愛く魅せる』努力が、足りてない……?」
 メイは自分の両手で二の腕を軽く掴むと、うついてしまった。

 それから真理夫は、店内で餌を買ってすべての猫に配り、本棚の本を読み漁り、全力で楽しんで帰って行く。来店時間内ずっと、全力でカフェを楽しんでいるようだった。
 その間じゅうずっと、メイはどこか呆けたような顔をしていた。ココはその横顔を見つめて、溜息をつく。

 ――メイさん、影響受けやすいとこあるからなあ……と私は考えて、それ以上はなにも言わなかった。

 翌日。メイが開店前の店内で慌ただしくしている。ココはそれに気付いていたが、なにをしているのかをそっと物陰から見守っていた。
「モカ、こっちこっち、こっちにおいで」
 メイは言って、モカ愛用のクッションを定位置からカウンターの上に移動する。そこは店外からもよく見える、いわばステージのセンターのような場所だった。モカを抱きかかえると、そのクッションの上に乗せた。当然、モカは落ち着かない様子だ。

(……メイさん、猫たちは物の位置が急に変わると、混乱してしまいます……!)

 メイは、次はラテに向き直る。
「っじゃーん!」
 メイは猫用の衣装を取り出した。頭につけるヘッドドレスと、メイド服みたいな衣装である。
「ほらほら、カワイイよぉ〜っ☆」
 怯えるラテにヘッドドレスと衣装を着せるが、どうも落ち着かない様子。前足で頭を引っ掻いたり、後ろ足で衣装を剥がそうと悪戦苦闘している。

(……メイさん、ラテが嫌がってますよぉっ……!)

 モカがクッションから飛び降りる。それからいつものように優雅にすたすたと歩くと、レオンの診察室の前の扉にぴったりと身体を寄せて、伏せてしまった。

「おはようございます」
 裏口からレオンとシズカが入ってくる。
 レオンは店内を見て、メイを見て、ラテを見てから、モカを見た。
「……メイ、どうしたんだ?」
 レオンはそれだけで全てを察したらしい。静かにそう言った。

「モカの行動は強いストレスのサインだ。猫に無理な体勢や長時間のエンタメ性を要求することは、本能と健康を害すると言っていいだろう」
「ふぁい、実は――」
 メイは先日、ル・シャ・エトワールの従業員である真理夫が来たこと、彼の言うエンタメ性に心動かされてしまったことを説明した。

「気持ちは分かる。誰だって、より可愛い猫が見たいと思うのは当然のことだ」
 レオンにとってはすべて想定内だったのだろう、動じることなく責めることなく、静かにそう続けた。
「ただ違うのは、私たちは『保護猫カフェ』で譲渡先を探すことが目的だ。猫の健康と心の平穏こそが、この店がするべき最優先事項なんだ」
 レオンの言うもっともなけじめに、メイはしょんぼりとうつむいてしまう。

 シズカの足元でベルが鳴いて、前足を伸ばして足を叩く。それに気付いたシズカはベルを抱き上げて、両手でだっこの体勢になった。
「真理夫さんの意見も一理あるとは思いますが、いわゆるペット産業の価値観ですね。猫は愛玩される対象として過度に扱われると、安心を失ってしまう。この店が守るべきことは、猫が安全に『ただ、そこにいられる』という自由を与える場所だと思います」
「ごもっともですぅ……」

 ――また私、なにか間違えてしまったみたい……。
 私の明るさや笑顔は、猫が安心して『ただ、そこにいられる』ために使うべきものなんだって、理解できていなかった。最高の接客でお客様に喜んでもらい、猫たちが安心して過ごせる場所を作る。
 ただ、それだけなんだってこと――。

「――メイさんの笑顔は、猫たちに『大丈夫だよ』って伝えてられていると思います」
 ココは、静かにそう切り出した。
「私たちは、猫たちを『生命の尊さを伝えるパートナー』として迎えているんです。メイさんはいつも、誰よりも猫たちのことを考えて自由を守ってくれていました。――そうですよね?」
 それにレオンとシズカが頷いて、メイは少し遅れてから、ぶんぶんと頭を縦に振った。

「……ということだ、メイ。だから、」
 レオンはそこで一度、ゆっくりと息を吸ってから、メイに手を差し出す。それから続けた。
「気にするな。これからも一緒に働こう。いいね?」
「は……はいっ!」
 緊張から裏返るその声に、全員で笑っていた。

 それからしばらくして――真理夫がまた来店した。この店が気に入ってしまったのだろうか。
 前回と同じく餌を猫の頭数だけ買って配り、店内に置かれた漫画を広げて自由に過ごしている。猫たちもそれに惹かれてか、彼の周囲に集まって寛いでいた。

(なんだかんだ言ってこの人……猫が大好きだし、猫にも好かれる体質なんだなあ……)

 ココはそんなことを思いながら、彼の姿を見つめていた。
 すると、メイが彼に近付いていくのが見える。

「真理夫さん、本日はご来店ありがとうございます。そして、色々と教えてくれてありがとうございました」
「いや、ええねん。わい、猫が大好きやから。あと、あんたの顔も見たくなった」
 笑顔で真理夫は言って、メイを指差す。
 彼女は不思議そうな顔で、人差し指で自分を指さした。

「わいには分かるで。瞳の奥にえらい意志が宿っとる。この店で働くことに、信念持ってるやろ?」
「信念……」
 真理夫の予想外の言葉にメイは一瞬怯む。でも、後ずさるわけにはいかない。
「……私たちが目指すのは、猫たちが『ただ、そこにいられる』、自然体の自由を与えるための場所を作ること」
 メイの声に真理夫は何度も頷きながら、「ほんで?」と先を促す。
「お客様への最高のパフォーマンスは、猫たちがなんのストレスもなく、ただ幸せに生きている姿を見せること。そのための安全を作ることが、私の仕事です」
 そこまでメイが言うと、真理夫は大きな声で笑い出した。

「あっはっは! ……ああ、ヤバい、めっちゃいい。やっぱあんた、最高や」
「むぅ……そう言われても……」
「いやいや、笑ってすまんかった。あんたの言ってること、めっちゃここに響いたわ」
 言って真理夫は自分の胸を、拳でどん、と叩いてみせる。

「……気に入った。メイ、あんたは今日から、わいのライバルや。目指すところが違うからこそ、競い合える存在になろうや」
「……はあ???」

「おっと、そろそろ店行かんと。ほな、またな」
 言って真理夫は餌を配ってしまうと、店を出て行った。
「……嵐のような人ですね」
 ココが思わず呟いていた。

 静かになった店内で、モカはいつもの定位置ですやすやと寝息を立てている。
 ラテはメイの隣で、ベルはシズカの足元で。それぞれの自然体で穏やかに過ごしていた――。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する実在の地名や場所は物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


 最後までお読みいただきありがとうございました。 もし気に入っていただけましたら、スキやチップの応援を頂けると励みになります。 また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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