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短編102「クリスマスの幻想」

あらすじ
憧れのコスプレデビューを決めた主人公は、大人気ラノベ『かぶアリ』のヒロイン・アリアの衣装を完璧に準備し、ネットで知り合った相手との『併せ』に臨む。撮影場所は、閉鎖されたはずの……。

 最高の出会いと、最高の併せ。
 それは私にとって最高のデビューで、最高の体験だった。

『初めまして。併せに参加したくて連絡しました。私はアリアやってます』

 スマートフォンの画面をタップして、ネットで知り合ったばかりの相手にメッセージを送信する。私の胸は、高鳴っていた。

 初めてのコスプレ。大学に入ってからずっと憧れていたコスプレに、ついに挑戦するのだ。
 『併せ』とは、同一作品やシリーズなど、テーマに沿ってコスプレイヤーが集まって撮影をすること。集合写真はもちろん、作品内の名シーンを再現したり、非公式カップリングを楽しんだりするのだ。

 私が演じるアリアは、大人気ライトノベル『灰かぶり姫アリアは二度目の生で気づく 〜断罪ルート回避のため、規格外の闇魔法で全て解決します〜』、通称『かぶアリ』のヒロインで、高校生が現代から乙女ゲームの世界に転生して、運命のバッドエンドを回避するために奔走する物語。アニメも二期まで放映されてしっかり履修済みだった。

 そのアリアをどうしても演じたくなり、私は手すき時間をフル活用して、劇中の衣装を完全再現した。スカートのプリーツの数まで完璧、軽装鎧や片手剣はライオンボードを駆使して完璧。準備に三ヶ月かけた、自信作だった。

 そして、すぐに初めての併せの日がやってくる。送られてきた位置情報の場所に到着したのだが――。
 だけど、目の前に広がっていたのは、ただの広い空き地だった。雑草が生い茂り、特有の乾いた空気と古びたフェンスが立っているだけ。

「え……? 嘘でしょ……?」
 私は立ち尽くした。位置情報は確実にここだ。でも、なにもない。併せの相手からの連絡もない。
 どうすれば良いか分からず戸惑っていた、その時だった。

 強い風が吹き抜け、それはまるで見えない手が背中を押すように、私の身体をフェンスの向こう側へと押した。
 敷地内に入ってしまった瞬間、景色が歪んだ。視界がぐにゃりとねじ曲がり、一瞬の目眩と共に、空き地だったはずの場所に、巨大なコンクリートの建物が出現していた。
 建物には煤けた看板がかかっている。『ササヅカ廃墟スタジオ』。
 私は、吸い込まれるように中へと入っていった。

 中に入ると、そこにはネットで見て憧れていたスタジオが、完璧な状態でそこにあった。古めかしい洋室の教室。映画のワンシーンのような地下鉄の車内。薄暗く、静寂に包まれたリアルに薄暗い牢屋。埃ひとつなく清掃の行き届いたセットに、私は感動し始めていた。

「すごい、すごーい!」
 驚きと興奮が合わさって、私は思わずぴょんぴょんと飛び跳ねてしまっていた。
 こんな素敵なところで併せができるなんて!

 私は急いで更衣室を探し出すと、個室でメイクと着替えを始めた。まずはメイク。普段より強めにコンシーラーを乗せて、ファンデーションで地肌を消していく。原作のアリアに似せるため、唇の赤色はあえて控えめに。睫毛を整えてからマスカラを乗せて、頬のチークはしっかりと。
 次は衣装だ。ウィッグネットを被ってから、この日のためにセットした茶色のウィッグを被る。フリルの衣装を着て、自分の肌色に合わせたストッキングを履く。それから見えてもいいフリルパンツを履いてから、最後に鎧を着込む。

「よし! 完璧!」
 現実の全てを忘れて、高揚感が全身を満たしていくのが自分でもよく分かった。
 私は荷物をロッカーに入れて鍵をかけると、剣を掴んで更衣室を飛び出した。自分がアリアになったような全能感に満たされて、私の身体を動かしていく。

 しかし、併せを約束していた人とは合流できない。メッセージは届いていないし、送るとエラー。
 なぜだろう?

 仕方なく、一人でセットの間をとぼとぼと歩いていると、数人のコスプレイヤーの集団を発見する。しかも、彼らも『かぶアリ』の衣装!
 偶然の一致に私は歓喜して、思わずその集団に駆け寄っていた。
「すみません! かぶアリの併せですよね? 良かったら混ぜてもらえませんか?」
 彼らは口数は少なかったが、自然に私を輪の中に入れてくれた。

 ちょっと不思議なのは、彼らは皆、顔を隠していることだ。深いフード、長いウィッグの毛先、大きな帽子。どの角度から見ても顔が見えない。
「どうして顔隠してるんですか?」
 尋ねてみるけど、返ってくるのは無機質なシャッター音と、空間に響く靴の音だけ。彼らの動きは、どこか夢の中のように緩慢で、不気味ではあったけど、私は初めての撮影に夢中で違和感を押し殺した。

 撮影は、一言で言えば最高だった。誰も話さないけど、立ち位置、原作再現ポーズは完璧で、いつしか私たちは言葉を交わさなくても心が通じ合う、長年連れ添ったチームのような連帯感が生まれていた。

 しかし、楽しい時間は唐突に終わりを告げる。
 ごごごご、と鈍い音とともに、ずどん、と大きな地震が起こる。立っていられないほどの揺れが起こり、天井のコンクリートがひび割れてぱらぱらと降り注ぐ。壁のセットが軋んで、激しい音と共に倒れた。

「いやあああ! みんな、逃げてー!」
 私は叫びながら走り出していた。完全にパニック状態。
 他のコスプレイヤーたちは相変わらずゆっくりと瓦礫の中を逃げているようではあったが、振り返る余裕なんてなかった。

「出口……!」
 なんとか一階にたどり着き、入口から外へ飛び出る。
 再び視界がぐにゃりと歪んだ。まるで分厚いガラス越しに世界を見ているような感覚。
 ひゅう、と冷たい秋の風が、私の身体を包んでいく。

 そこには、なにもなかった。

 巨大なスタジオも、教室も、牢屋も、すべてが消えていた。
 あるのは、最初に来たときに見た、雑草の生い茂る広い空き地と、古びたフェンスだけ。

 私は、アリアの露出度の高い衣装のまま、アスファルトの路上に放り出されてしまったのだ。呆然と立ち尽くす私を、通りすがりの人たちが二度見していく。

「いったい……なに……?」

 ――あれはきっと、この場所を愛した魂たちが紡いだ、優しい思い出だったんじゃないだろうか。
 撮影スタジオを惜しむ、大勢のコスプレイヤーたちの強い思い出が、残留思念となって形作ったものなのではないかと。

 私は、着替えも荷物もあのスタジオの中に残してきてしまった。かろうじて貴重品は持っているけれど、きっとあの場所に戻ることはできないだろう。

 ポケットの中には、ロッカーの鍵が残っている。寄せ書きのように、言葉がマジックで書かれていた。『ありがとう』『最高の思い出』『永遠に!』そんなことが書かれていた。

 私は自分のスマートフォンのカメラロールを開いてみた。そこには、顔のない仲間たちと、自分が写った完璧な写真が残されていた。きっと、私は最高のコスプレイヤーデビューを飾れたんだ。そう思えた。

 よし、と私は覚悟を決める。
 この姿のままで家まで帰らないといけないのだ。

 ちょっと露出度高いけど、クリスマスコスプレってことで大丈夫だろう。たぶん。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。


作者のひとこと
笹塚廃墟がもう無いという衝撃が、この物語を書かせました。私にとって、あの場所は永遠に存在しています。

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