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短編97「楽園へのドアが開かない」

あらすじ
驚異的な質量と不規則な高速回転体。お願いだから、私を早く楽園に連れて行ってくれないか?

 俺はテツオ。
 昼休み、カフェのドアの前で、俺は静かに立ち尽くしていた。

 自動ドアが、開かない。

 近づいたというのに、ドアはただ冷たく閉ざされたままだ。センサーの赤い光も点灯しない。
 まさか故障か、あるいは節電か?
 いや、そんな理屈はどうでもいい。俺はいま、この扉をくぐり、コーヒーを飲むという儀式を遂行したいのだ。
 店内にはすでに楽園に入れた客たちが楽しそうにコーヒーを楽しんでいる。俺も早く楽園に行きたいのだ。

 俺は少しだけ、ドアに近づいてみた。一歩。だがドアは開かない。
 さらに一歩。鼻先がガラスに触れそうになる。ドアは開かない。

「動いてくれ! 俺の存在を認識してくれ!」
 俺は思わず、天を仰いで咆哮した。
 この声よ、神に届け。そして楽園へのドアを開けてくれ。

 焦燥に駆られた俺は、おもむろにジャケットの内ポケットに手を入れた。取り出したのは、愛用のボールペン。
 俺は慎重に、それをドアの前に差し出した。ドアは俺という『質量』だけでなく、この小さな物体をも認識するだろう。そう考えて、ボールペンを左右にゆらゆらと揺らす。

 ドアは開かない。

 ボールペンの尻をカチッとノックしてペン先を出すと、まるでセンサーにサインをするかのように、ドアの前でゆっくりと文字を書く動作をした。
 周囲の通行人たちが俺という滑稽な物体に不思議そうな視線を向けているが、そんなことを気にする余裕はない。

 ドアは開かない。

「質量が足りないのか……?」
 俺は来ていたジャケットを素早く脱いだ。そしてそれを両手に持って、ばさばさと大きく振り回した。猛禽類が獲物を威嚇するかのように、布が空気を切り裂く。
 これならば、『急速に拡大した驚異的な質量』とセンサーが認識するはずだ。

 ドアは開かない。

 俺の努力は、むなしくカフェのガラス扉に反射する。
「くそっ!」
 ジャケットを乱暴に地面に叩きつけると、最後の手段に出る。

 腰に巻いていたベルトを素早く外し、その先端に持っていたビジネスバッグの持ち手に縛り付けた。
 そして、バッグを振り子の要領で、ぐるぐると高速で回転させる。

「どうだっ! この『不規則な高速回転体』を認識しろっ!」
 カバンがひゅんひゅんと唸りを上げ、ガラスに触れるギリギリのラインを通過する。
 俺は遠心力に耐えながら、目を血走らせてバッグを振り回し続けた。これだけの物理的なノイズと、不規則な運動エネルギーを無視できるセンサーなど、この世には存在しないと確信しながら。

 ドアは開かない。

「テツオさん! もう、やめてください!」
 休憩から戻ってきたカフェの店員が、俺の後ろから声をかけてきた。バッグを振り回すのをやめ、息を切らしながら店員に振り向く。
「なぜだ? なぜ開かないんだ!? 俺の存在は楽園に入るにはふさわしくないというのか!?」
 店員は、地面に落ちたジャケットを見て、ベルトの先にあるカバンを見て、それからドアのガラスを見た。
 彼がゆっくりと手を伸ばす。それは地獄から引き上げてくれる天使の手、そんなものに俺には見えた。
 その手が、ドアの中央にあるセンサーに触れる。

 自動ドアが開いた。

 俺はなにが起こったのか分からない。
 ただただ、驚いた顔で、店員の顔を見つめていた。

「テツオさん、これ。タッチしたら、開くやつです」


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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