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短編96「追憶がさまよう」 本のかみさまはミステリに揺蕩う#6

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
古本屋『ねこのおまもり』代表の息子・山上 真人やまがみ まさとは、なぜ自分たちの周りにばかり不思議な事件が起こるのかという根源的な疑問を抱く。その最中、リンが肌身離さず身に着けている母の形見のお守りが……。

 僕の記憶は、曖昧だ。
 お母さんのことはあまり覚えていない。
 でも、とても温かな存在だったことだけが、記憶の片隅に留まっていた。

 ビルの一階で営まれる古本屋『ねこのおまもり』。店長の息子である僕、山上 真人やまがみ まさとは、カウンターの周りを忙しく動いていた。昨日大量の買い取りがあり、それを整理する必要があったのだ。
 大量の本をカウンターに運んで、バーコードをスキャンして値段をつける。つけ終わった本が溜まったら、本棚に運んで陳列する。そんなことを繰り返していた。

「真人、適当に休憩挟めよ」
 そんな僕を見て、お父さんが声をかけてくる。僕はそれに頷いた。
「そういえば、お父さん。なんか最近、変な事件ばっかり起こってるけど、なんでだろうね」
 高堂さんは集合的無意識で生まれた物語に傾倒し、トミコさんの絵本から色が抜け落ち、松井先輩は文学書を黒塗りにする……すべて、本にまつわる、人の心の強い執着が引き起こした『ミステリ』だった。

「そうだな……」
 お父さんは抱えていた本を棚に置くと、コーヒーを一口飲みながら答えた。
「この古本屋という場所、そしてリンの存在が、人の想いを引き付けているのかもしれないな」
 その表情はまるで天気の話題でもするように平常心で、一連の不思議な出来事を受け入れているかのようだった。
 僕は休憩がてら、カウンターに座る。カウンターの上ではボンベイの黒猫・リンが本を枕に丸くなっていて、そこに頭を乗せるように桜柄の着物を着た少女の幽霊、未華が眠っていた。
 お父さんはそれ以上話さず、作業に戻る。僕も答えの出ない曖昧な会話を続けることを諦めて、また本の山に向かうことにした。

 翌朝になって、店のシャッターを開いて中に入る。いつものようにカウンターの上で眠るリンに近づいて、「おはよう」と声をかけた。
「うん……」
 曖昧な返事をしてからリンは、全身をぐいっと伸ばしてから、大きな欠伸をした。
 その光景に僕は違和感を感じる。

 なにか足りない……?

「リン! 首のお守りがないよ!?」
 リンの首輪からは、母の形見である赤く小さなお守りがぶら下がっていたはずだ。それが、ない。
「えっ?」
 それは彼女も予想外だったらしく、前足で首元をかりかりして、「あれ?」と言いながら僕を見つめた。

「おかしいわね。閉店してから誰も来てないし、落とすような激しい動きをした記憶もない。でもね」
 困惑したリンは辿々しい言葉を綴って、続けた。
「私自身が、どこか不安定な存在になったような気がする――」
 リンは頭を振って、冷静さを取り戻そうとしてから、続ける。
「これは、ミステリよ。お守りに込められたなんらかの強い想いが、動かしたんじゃないかしら」
「そんな――物が勝手に動くなんて……」
 僕は思わず、困惑を素直に言葉にしてしまっていた。
 リンはいつも客観的な推理を行うが、あまりにも超常的な現象に、明らかに困惑していた。

 しばらくして、お父さんが店に入ってくる。それからリンを見てすぐに、
「ん? お守りはどうしたんだ?」
 と、気づいて言った。
「お父さん、その……」
 僕がそれだけ言うと、すぐに察したらしい。お父さんは優しく頷いてから、口を開いた。
「あの赤いお守りは、母さんが大事にしていたものだ。彼女は誰よりも本を愛していた。リンの存在とこの店で起こる不思議な現象は、母さんの想いが関わっているのかもしれないな」
 リンはその言葉を、興味深い物語でも聞くように真剣に聞いて、何度か頷いた。

 お父さんは在庫整理を再開しながらふと手を止めて、
「そういえば……あれだ、母さんが亡くなってから、最後に使ったものを私はずっと触れずにいたな」
 と、レジ裏の棚の隅を指さした。古い『広辞苑』。使い込まれた辞書は、長い時間をここで過ごしていたのだろう。どこか緊張したように、棚の隅に静かに立てかけられていた。
「あの辞書を最後に使ったのは、間違いなく母さんだ。それから誰も動かしていない」
 僕はその広辞苑を手に取る。ずっしりとした重さに触れると、お母さんの温もりが残っているような錯覚を覚えた。

 辞書をめくる。ぱらぱらとページを送ると、自然とあるページで手が止まった。そこには鉛筆で何度か線を引いた跡があり、その文字は『帰属』だった。そのページを開いたまま、僕は視線を巡らせる。
 線の引かれた項目のページに、探していた赤いお守りが挟まれていた。
 僕はお守りを手に取り、カウンターへと戻る。

「お守り、あったよ」
 僕がリンにお守りを差し出すと、彼女は不思議そうな顔で首を傾げる。
「――このお守りは、私がこの場所に留まり続けたいという無意識の欲求で動いたのかもしれない……私自身を証明できる知識の源の中で、静かに留まっていたのかも」
 リンの推理は客観的でありながら、同時にリンの切実な想いを表していたように思う。

「少し、分かった気がする。私は過去の記憶を欠いた存在でありながら、強い帰属意識を持っているのかもしれない。それを、お守りが証明してくれた」
 お父さんは、お守りの紐を丁寧に直してくれる。それから、リンの首輪に付け直した。
 リンはそれを見てから、またカウンターで丸くなる。その姿は相変わらず愛おしい存在であることを、改めて見せつけてくれた。

「……不思議な現象が起こるのは、私がまだ『読まれていない物語』だから。そういったものを引き寄せてしまうのかもしれない」
 僕は思わずお父さんの顔を見る。お父さんも、不思議そうな顔で、首を傾げた。
 それでも僕たちは、リンの未完成な物語を優しく見守っていくしかない。

 『ねこのおまもり』は今日も、本を愛する者たちの、不思議で語り尽くされない物語を紡いでいくのだ。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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