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短編108「零時のささやき」本のかみさまはミステリに揺蕩う#7

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
古本屋『ねこのおまもり』に、常連客である落合さんがアンティークの古い振り子時計を寄贈してくれた。だが、幽霊の少女・未華の様子が……。

 僕たちの時計は、常に前へと進んでいる。
 誰だってそうだ。
 本当は、振り向きたくなるときもあるけれど。

 栄門町さかえもんちょうに店を構える古本屋『ねこのおまもり』。その店長の息子である僕、山上 真人やまがみ まことは、相変わらず放課後ののんびりとした時間を店で過ごしていた。
 カウンターではボンベイの黒猫・リンがすやすやと眠っている。『ほんのかみさま』と呼ばれるリンも、普段の姿は単なる黒猫だ。
 その傍らで、桜柄の着物に身を包んだ少女の幽霊・未華みかもカウンターに頭を乗せて眠っている。
 そののどかな光景に僕は思わず微笑みながら、それを見つめていた。

「店長、これを寄贈させてはくれないか」
 常連客の落合さんが、大きな振り子時計を抱えて、父さんに話しかけていた。
「戦前からある立派な振り子時計でね。私の手元にあるより、誰か大切にしてくれる人の手に渡って、時を刻むのがいいんじゃないかと思うんだ」
 くすんだ真鍮のパーツが目立つ、飾り気のないシンプルなアンティークの振り子時計。壁掛けにちょうどよい、三十センチほどの高さのそれがカウンターに置かれて、父さんは何度か頷いた。それから商品用のクロスを取り出して軽く磨きながら、
「いい時計ですね」
 と、静かに答えた。
「ありがとう。早く新しい主人と出会えることを、楽しみにしている」
「はい。大切に取り扱わせていただきます」
 落合さんが微笑みながら退店するのを見守りながら、父さんは嬉しそうな顔で見送った。

 カチッ。カチッ。
 カウンターの端っこの空きスペースに仮置きされた時計は、時間を刻み続けている。
 その光景は、僕は嫌いじゃない。この店に新しい息吹が吹き込まれたような、そんな感覚を覚えていた。
 リンもそう思っているのか、それとも本能で動くものを目で追いかけてしまうのか、なにも言わず振り子を見ていた。未華も物珍しそうに、時計を上下左右から見ている。

 それからしばらくして……やっぱり、僕たちはいつものように『吸い寄せてしまった』ことに気が付いた。

 時計の横を通りがかったとき、窓の外の太陽の光に、違和感を感じた。チカッ、と世界の光がズレたように感じたのだ。見ると、時計から落ちる影も、同じように不自然に歪んでから、元に戻る。
「――?」
 僕は時計に不思議そうな視線を向ける。単なる見間違いかな、と思って。
 すぐ隣にいる未華が、瞳を見開いて時計を見つめていた。
「まさか、未華も……感じた?」
「え、あ、うん……なんかね、頭の中に変な音がするの……」
 今度は僕が目を見開く番だった。未華はゆっくりと両手で頭を左右から覆って、静かに続けた。
「カチッ、カチッって……すごくゆっくりとした音」
 もちろん、僕の耳にはそんな音なんて聞こえない。一体なにが起こっているのか、想像もできなかった。
「へん、なの……なんか、時間軸が揺れてるような気がする……」
 未華の言葉の意味は、正直あまりよく分からない。

 チカッ。

 また、日光がズレたような感覚を覚えた。それと同時に、未華の姿が消えた。
「!?」

 チカッ。

 ふっ、と何事もなかったように、未華はそこにいた。
「未華、いま、一瞬消えて……」
「……私の視界からも、一瞬消えてたわ」
 リンがカウンターの上をこちらに歩いてきながら、静かに言って未華の顔を見上げた。

「未華は……大丈夫なの? 変な感じしない?」
「ええと……」
 未華は少し視線を泳がせて小首を傾げる。戸惑いの滲み出るその動作を、僕とリンはただ見つめていた。
「私、自分がどこにいるのか時々分からなくなるんだけど……その感覚が、増幅されたような、気がする……」
 未華は静かな声で、呟くように、そう紡いだ。
「これは……ミステリね」
 リンが冷静に、いつものようにそれだけ言った。

「覚えてる? 私がお守りを失くしたときのこと」
「そういえば……」
 あのときのリンは、『どこか不安定な存在になったような気がする』という言い方をしていた。
「そのときと、似ている状況じゃないかしら?」
 真面目な顔で言うリンの言葉には、説得力がある。僕は思わず頷いていた。

「その……私は、この時計が原因で不安定な存在になっているのですか?」
 目線を伏せて辿々しく、静かな声で未華が言う。それにリンはゆっくりと息を吐いてから、頷いた。
「かつてお守りが私を過去に引き戻そうとしたように、この時計は未華を引き戻そうとする。きっと、落合さんのなにかがこの時計に染み込んでいるのかも」
 リンの推理はいつものように客観的だが、その根底にあるのは未華への深い共感。自分に起きた出来事を思い出しながら、色々と思うところがあるだろうことは理解できた。

「ねえ、あなた。落合さんからなにか聞いてない?」
 リンが、父さんの方を振り返って、そう切り出した。父さんはそれに視線を上げて考え込む素振りを見せる。
「うーん……聞いてはいるが……」
 父さんはちらりと未華を見てから、すっきりとしない言葉を口にした。
「……未華に言いにくいことなのね?」
「お察しの通り。それでも良ければ、話すが……」
 父さんの後味の悪そうな声に、未華は頷く。
「お願いです。話を聞かせてください」
 強い目線を父さんに向けて、未華はそう言った。

「落合さんはこの時計を持ってきたときに、『これは亡くなった未華に送るつもりだったんだが、間に合わなかったんだ』と話してくれた」
 その言葉に未華は、硬直してなにも言えなくなってしまう。リンも真剣な視線を父さんに向けたまま、動かなかった。
「……おそらく、その想いね。贈り先を失くした贈り物がもし、時間が止まってしまっていれば――?」
 リンの言葉に僕は思わず振り返る。

 でも……辻褄は合う。
 未華が受け取るはずだったもの、でも間に合わなかったもの。
 それが、未華の時間に影響を与えているのだとしたら。
 落合さんの強い後悔を、この時計が受け取っているのだとしたら――。

 ゴーン。
 時計は二十一時を指す。
 その瞬間、未華の身体が白い光に包まれた。彼女は不思議そうな、少し苦しそうな顔を表情にする。

 間に合わなかった贈り物、それを受け取るはずだった未華。
 きっと、この時計がその想いを受け取っている理由があるはずだ――。

 僕は振り子時計の前面を開いて、リンの方を振り向く。
「リン! 時計の中に、なにか残されてない!? 落合さんの想いが残されているはず――!」
「!」
 その言葉だけでリンには伝わったようだ。彼女は時計の周りをぐるっと回って、裏面の機械部が入っている小さな扉を爪で引っ掻く。
「ここ!」
 僕はためらわず扉を開く。こじ開けると、小さな隙間に折りたたまれた紙片が挟まれているのを見つけた。慌ててそれを取り出して広げる。震える指で書かれたのだろう、手紙らしきものを広げた。

『未華、間に合わなくてごめんね。どんなときも、まっすぐ時を刻みなさい』

 振り返ると、未華は驚いた顔でぽろぽろと涙を流している。瞳を見開きながら硬直して、少し開いた唇がわなわなと震えていた。
「……思い出した。じいじが、言ってた……『どんなときも、まっすぐに生きて欲しい』って……」
 大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、未華はなんとかそこまで言う。それから両手を組んで、静かに瞳を閉じる。

 ――病院の白いベッド。私はそこで朦朧とした意識の中で、じいじの顔を見つめていた。
 身体じゅうに繋がれた管は拘束具のよう。重い呼吸をなんとか行いながら、泣いているじいじの顔を見つめていた。
「未華……、どんなときも、まっすぐに生きて欲しい」
 言って彼は、未華の手をぎゅっと握った。

 カチッ。
 時計が音を取り戻す。それに未華は我に返ったように顔を上げて、時計に視線を向けた。

 カチッ。カチッ。
 振り子が強く動いている。
 止まった時間は、もう終わったのだ。

「未華……?」
 僕はそっと、それだけ呟いた。それに未華は戸惑うように視線を泳がせてから、僕を見つめた。
「……たぶん、大丈夫です。時間が止まったのじゃなく、いま、繋がった……んだと、思います」
 それだけ言って、未華は精一杯の微笑みを見せる。それはどこか躊躇いがありながらも、彼女の心中を表した素直な笑顔だったのかもしれない。

 それから父さんは、時計を丁寧にメンテナンスして、レジ奥の壁にかけた。どうやら売り物として扱うのをやめたらしい。
 それを見つめる僕の隣に未華が立ち、微笑みながら時計を見上げている。
「私……じいじにもらった時間を、ちゃんと大切にしたいな」
 その言葉はきっと素直な気持ちで、彼女が前向きに進んでいくための道標になったのかもしれない。

「幽霊としての止まった時間じゃなくて、じいじの愛に繋がれた『いま』を生きたいって、素直にそう思うんです」
 それにリンもにゃふんと頷いて、満足そうにカウンターで丸まった。
「大切な場所と時間を思い出した。それで充分よ。私たちには、この場所があるのだから」
 リンの言葉は未華に向けられているというより、僕に、そして自分に、伝えている言葉なのだろうと、僕は思った。

 『ねこのおまもり』は今日も、本を愛する者たちの語り尽くせない物語を紡いでいく――。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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