見出し画像

短編24「私の世界は、半径2キロメートル。」

あらすじ

 自分の世界は狭いと自覚する高校生のみさとは、バイト先の先輩に誘われて初めてのドライブへ。広い世界への好奇心を刺激され、心が踊る。

 私の世界は、狭い。
 高校までは自転車で2キロメートル。通学路の坂道にある色褪せた看板。帰り道に立ち寄るコンビニにたむろする野良猫たち。
 自転車で2キロ圏内の景色。私の世界はそこで完結している。
 でも、いまはそれで良かった。見知らぬ世界に興味はあるけど、別に急いで超えたいとは思っていない。この日常が続くだけで、それだけで、良かった。

 アルバイト先のコンビニ。放課後は週に何度かここで過ごしていた。
「みさと」
 不意に呼ばれて、私は振り返る。レジ前に立つ私のとなりに、彼がやってきた。彼も同じくアルバイトの1人で、2つ上の先輩。大学生の男性だ。センターパートの黒髪で、トップのボリュームがないせいか、ぺたっとした印象を受ける。
「永倉さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。なあ聞いてくれよ。俺、やっと車買ったんだぜ」
「え、すっご」
 素直な感想が口から出る。学校に通いながらバイト代で買ったんだろう。決して安い買い物ではないだろうに。
「そうでもないよ。よくあるセダンで、中古だから」
 彼は自虐的に笑うが、その瞳が輝いている。とても嬉しいのだろうことは想像がついた。

「だからさ、暇ならドライブいかね?」
 だから、からの流れはあまり理解できなかったが、誘われていることは分かる。別に特に親しいわけでもないが、違う世界を見られるかもしれないという気持ちが、ちょっとだけ私の好奇心を刺激した。
「いいですよー。いつですか?」
「みさとがいいなら、今日」
 まあ、今日は特に予定がない。別にいいやと私は考え、
「じゃ、今日にしましょう」
 と、答えた。

 夜になって定時を迎えると、私はコンビニエンスストアの制服から学校の制服に着替えて、駐車場に向かう。黒いセダンの前に立つ永倉を見つけると、彼は笑顔で手を振っていた。
「わー、本当に車だ」
 私は素直な驚きと、褒めた方がいいんだろうという気持ちが混ざって、なんだかよく分からない驚き方をしている。それに永倉は、にやっと笑うと、
「だろ?」
 と、自慢げに言う。それから助手席のドアを開いて、私を促した。
「……助手席に乗せるの、みさとが初めてだからな」
「? あ、はい」
 その言葉の意味するところが分からず、私は曖昧に答える。だが、彼はどこか満足げな表情だった。

 彼が見せてくれた世界は、真新しかった。
 少し遠いところにあるショッピングモールの煌めき。見上げる展望台の空に届くような高さ。港の駐車場から見える観覧車。どれも、私の世界にはないものばかりだった。

 ……そうだ。私に見えている世界は、狭い。
 自分でそれを壊す勇気はないけど、好奇心があるのは本当。それを目の当たりにして、私は駐車場に停めた車の中から観覧車を見上げながら、そんなことを考えていた。
「みさと」
 運転席の彼が身を乗り出して、ぐい、と助手席の私に近づいてくる。

「俺、みさとのこと、もっと知りたいと思ってたんだ」
 それから両手を伸ばして、私の肩に触れた。
「……」
 困惑して、どう対応して良いか分からず、私はなにもしなかった。
 彼は、それをどうやら了承と認識したらしい。左手は下に滑り腰を撫でる。右手は鎖骨を撫でて、そのまま私の胸に触れた。顔が近づいてきて、私の唇を見つめている。

(……うーん)
 どうしたものか、悩んだ。
 そんな目で見られているのだろうことはなんとなく察していたが、あいにく私は彼に恋愛感情を持ってない。
 だけど、彼の誘いに乗ったのは事実。そこで齟齬が生まれているんだろうな、ということだけは理解できた。

「みさと、好きだよ。きっと俺のことを、理解してくれるはず」
 彼は顔を近づけて、私の耳元で囁く。左手が腰から下へと移動し、スカートの上からお尻を撫で回す。右手は私の左胸を包み込み、服の上から優しく撫でる。彼は顔を近づけて、私の唇に自分のそれを重ねようとする。反射的に、ぷい、と顔を逸らすと、彼は顔を私の胸元に埋めた。
 知識がないわけではないから、彼が求めていることはもちろん分かっている。でも経験がなくてよく分からないし、ビデオで見る女優みたいな声も湧き上がって来ないので、どうしたらいいのか分からなくなる。
 それに、あまりに強く拒絶して、これからの関係性が悪化するのもよくないと思う。

 ……こんなものなのかなあ。特に気持ちは動かない。
 新しい世界の扉が開くかもしれないのに、私の心はそのドキドキを伝えてこない。
 相手の問題なのか、私の問題なのか。それは分からない。
「みさと……」
 言いながら彼は、相変わらず私の胸に顔を埋めている。左手でスカートを掴んでたくし上げようとする。右手でブラウスのボタンを外そうとしている。私のプライベートゾーンに侵入しようとする動きには、さすがに危険信号を感じた。

「……あ、でも、やっぱ。ごめん。なんかやだ」
 呟きながら足元に置いた鞄を手に取る。彼はそれに気づかない。
「先輩、ごめんなさい」
 私の胸に顔を埋めて無防備な彼の後頭部に、教科書がたっぷり詰まった鞄を、思いっきりぶちこんだ。

 夜道を歩きながら、時計を見る。もう22時。スマートフォンのマップ機能は、自宅まであと3キロ、おおよそ40分だと教えてくれる。
「もう少し、頑張りますかあ……」
 若干疲れは出ているが、まだ歩けそう。
 やっぱり、世界は自分の足で広げるしかないんだな、と私は考えていた。
 本当に見たい世界は、自分にしか分からない。人に委ねるものじゃない。自分の足で、一歩ずつ進んでいくしかない。

 それを知れただけでも良かったのだと思う。
 今まで狭い世界で生きていて、世の中の知らないことも多かったけど、それで満足していた自分。少しだけ、変われた気がしていた。
「……よし。もっと広い世界、見に行こう」
 私は微笑んで、ずっと続くアスファルトの道を、力強く歩き始めた。

 歩き始めた背中を、冷たい夜風が撫でていく。それはとても心地よく、私の背筋をぴんと伸ばしてくれた気がした。


最後までお読みいただきありがとうございました。
もし気に入っていただけましたら、スキを頂けると励みになります。
また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

#短編小説 #恋愛小説   #ライトノベル #創作 #note小説


いいなと思ったら応援しよう!

今津 風色 よろしければ応援お願いします。 いただいたチップは資料の購入費用、取材費などの活動費として有益に使わせていただきます。