短編70「私たちのオノマトペ」
あらすじ
高校生の明日奈と夏恋は、曖昧な擬音語や擬態語で意思疎通する特別な親友同士。ある日、担任の小濱先生から「言葉にしないと伝わらない」と言われ……。
気持ちは、擬音語や擬態語で伝わる、と信じていた。
曖昧な呼吸で、水面に浮かぶ波紋のような柔らかい愛情で。
私たちは、それで繋がっている。
「明日奈、おはよー」
席に座るのは、高校のブレザーに身を包んだショートボブの、要田 明日菜。そんな彼女に、後ろの席に座る徳江 夏恋は声をかけた。
「夏恋、おはよう。宿題やってきた?」
明日奈の声に、夏恋は苦笑いして、長い黒髪を指でくるくると弄んだ。
「だって……あんな『ざわざわ』する宿題、まるで砂漠の砂を数えるみたいで」
「言いたいことは分かる。マジで現代国語の宿題、なんとも言えないやつだった。問題文を読み解くのが大変で……」
明日奈が振り向きながら言うのに、夏恋はぶんぶんと大きく頷いた。
「分かるー! ほんとにざわざわしたよね?」
「うん。ざわざわした」
そういって2人は、風鈴のような澄んだ音を立ててけらけらと笑っていた。
「ほわほわ」
「あー、ほわほわだよね」
最後のホームルームが終わって、夏恋と明日奈はそんな擬音遊びをしている。
それに気づいた担任の小濱先生が、不思議そうな顔で話しかけてきた。
「2人とも、それで意思疎通できてるんだな……」
驚きと呆れの交じった声で、彼はそう言う。今年からの新任の先生で、年齢が近いぶん、話しかけやすい存在なのは確かだった。
「うん。ほわほわっていえば」
「ほわほわだよね」
そう言って2人は笑う。小濱は少し困ったように、微笑んだ。
「……でもね、大事な約束や、深刻な気持ちはちゃんと言葉にしないと伝わらないこと、たくさんあるから。それに気をつけてね」
彼はそれだけ言うと、教室を出ていった。
2人は思わず顔を見合わせて、不思議そうな表情を鏡合わせにする。
「私たち、分かり合ってるのに、なぜ?」
夏恋の問いに明日奈は答えられない。ただ不思議そうな顔のままで、
「先生、変だよね?」
と、思ったことをそう口にした。
「うん。私たちにはこれで充分なのに……」
「でも、先生の言うことも少しは分かる気がするかも。昨日、お母さんに『ざわざわ』するって伝えたけど、あまり伝わらなかったから」
明日奈の説明に夏恋は不思議そうな顔のままだ。それを解決できる言葉は、明日奈には思いつかなかった。
翌日のお昼休み。2人は中庭でお弁当を食べることにした。
見ると、中庭の隅に小濱がいた。惣菜パンを片手に、一口齧るごとにため息をついている。
「……先生、ざわざわしてる」
夏恋の言葉に、明日奈は頷いた。様子を見ていると、パンを齧って咀嚼してはため息をつく、ということを繰り返している。
「ねえ夏恋、小濱先生をうきうきにしてあげない?」
「あ、うん! それいいね。うきうき」
2人は小濱に駆け寄ると、「どうしたの?」と声をかけた。
「……あ、あっ、ああ……徳江と要田か。2人もここでランチしてたんだな」
「そうだよ。なんか先生がもやもやしてるから、どうしたのかなって思って」
戸惑う小濱の言葉に夏恋が答えると、彼は少し困ったように笑った。
「いや、実はね……ちょっと友達とトラブルになっちゃって。先週友達と約束していたんだけど、時間と内容が曖昧な約束しちゃって……『ちゃんと伝えてくれよ』って言われちゃったんだよね、あはは……」
「あ、先生が昨日言っていた、『言葉にしなきゃ分からない』ってそういう意味?」
「あ、そうか。そうだね、そういう意味だよ。独りよがりの思い込みで物事を進めるのは、あまり良くないよね」
小濱が恥ずかしそうに笑う。それに2人は顔を見合わせた。
「確かに……私たちのコミュニケーションじゃ、時間とか決められない」
「ほんとだ……駅前でほわほわ集合じゃ、時間が分からない」
小濱を励ますために声をかけた2人だったが、逆に考え込んでしまうことになってしまった。
「明日奈、きらきら」
「あー、いいことあったんだ?」
「ううん、そうじゃなくて。ただ明日奈を見ていると、そういう気持ちになるんだ。それは、『ありがとう』とか『好き』とか、とにかく色んなものが合わさっていて……それをちゃんと、伝えたくて」
夏恋自身も理解していない、虹色のインクが滲むような感情のままで話すのに、明日奈は微笑み返す。
「そっか、ありがと! 言葉にしてくれて、ほんとに嬉しいよ」
それから2人は、顔を見合わせて笑った。
2人だけの言葉も大切だけど、やっぱり大切なことはちゃんと言葉にしないと伝わらない。
その言葉の意味を、理解したようだった。
注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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