短編43「変態は夏の所為にしたがる」
あらすじ
真面目な言葉だけでは人々に届かないと考える変態エッセイスト鶴野は、ユーモアを装って真理を語る。千賀はそんな彼に振り回されていて……。
「やっぱ夏なんだし、女性の水着見たり、それを題材に書きたいじゃない?」
「鶴野さん、下心が丸見えですよ?」
エッセイスト、鶴野 光。
この人、元々は有名な学者で、世界的な賞ももらったらしいけど……気づけば大人気エッセイストになっていた。
なんで?
「僕はね、ユーモアを一番大事にしたいんだよ」
鶴野は、いつもそう言っている。
彼はビーチソファーに座りながら、ペットボトルの水を一口飲んだ。
鶴野は白髪混じりの髪を丸坊主にして、ぴちっと身体に密着したビキニパンツである。年齢の割に引き締められた身体は、鍛え上げられたそれではなく、皮下脂肪が付きにくい体質なのだろう。貧弱とまでは言わないが、やや不健康な細身だった。
「真面目なだけじゃ人の心には届かないからね。千賀ちゃん、分かるかな?」
ここは夏の海岸。多くの人々が波打ち際で水遊びに興じていた。熱気を帯びた空気が、潮風とともに肌を撫でる。
2人は冷たいドリンクを飲みつつ、ぼんやりと波打ち際を見つめていた。打ち寄せる波の音だけが、絶え間なく響いている。
「そうですねー……」
その隣でビーチソファーに座りながら、千賀は感情のない同意を示した。身長が高くメリハリのきいた身体を、ビキニスタイルの黒い水着からこぼれるように晒している。胸の谷間や腰まわりをチェーンで繋いだ水着は肌の露出を高めて、大人の魅力を見せつけていた。
「真理は、もっと深いところにあるんだよ」
鶴野が言うのを千賀は無視して、ペットボトルのカフェラテを一口飲んだ。
「いつも思うんだけど、千賀ちゃんってスタイルいいよね?」
「空気を吸うようにセクハラするの、やめてください」
「セクハラじゃないよ。素直な感想」
「それをセクハラって言うんです!」
千賀はため息混じりにそう返してから、改めてもう1回ため息をついた。
……この人は、いつもそうだ。
数年前のことだ。
鶴野のエッセイスト業が多忙ということで、マネジメントを外注したいという話が飛び込んできた。
それで彼の要望は「なるべく若くて美人の女子」という、いまの時代ではとうてい考えられないほど直球の依頼を出してきて、営業担当からの指示で千賀がマネジメントすることになった。
そんなわけで千賀は、仕事なのか趣味なのかよく分からない鶴野の行動に付き合わされているのだった。
「そういえばさー、千賀ちゃん。サハラ砂漠のサハラって、どういう意味か知ってる?」
「……え? 知らないですけど……」
「あれ、砂漠っていう意味なんだって。つまり、サハラ砂漠って、『砂漠砂漠』って意味」
「ぶっ」、と千賀が激しく吹き出した。彼女は笑いの沸点が低いのか、ちょっと笑わされると激しく吹き出してしまうという特徴があった。
「千賀ちゃんナイス。相変わらず、いい笑い方するよね。……そしたら千賀ちゃん。エアーズロックって全体の5パーセントしか地上に出てないって、知ってる?」
「ええ? じゃあ、95パーセントは地下のままなんですか?」
「そうなんだよ。でもさ、資産運用で年利5パーセント儲かったら嬉しいじゃん。だから95パーセントが地下でも別に気にならなくない?」
「ぶっ」、と千賀が激しく吹き出した。彼女は笑いをこらえきれずに、肩を震わせている。
「なんでそうなるんですか! ……それより、原稿、書けそうですか?」
「……」
それに鶴野は空を見上げて、広がる海崖線を見つめて。
静かな空気の中、打ち寄せる波の音だけが辺りを包んでいた。
しばらく時間をかけてから、鶴野は次の言葉を続けた。
「いや、無理」
鶴野は水を飲みながら続ける。
「千賀ちゃんの水着姿がえっちすぎるのと、灼熱の太陽のせいで、なにも書ける気がしない」
「そういうの真顔で言わないでください。いいから書いてください」
真剣な瞳で言う鶴野に、千賀は思わずツッコミを入れる。彼に書いてもらわないと、彼女がひどい目に合うのだ。
「いいんだ。全てをこの夏の所為にしてしまおう」
「なに良いこと言ったみたいな顔してるんですか。私が編集部から怒られます。早く書いてください!」
……それから数週間して、千賀の手元に鶴野からの原稿が届いた。どうせ読んでも分からないから、そのまま編集部に渡してしまう。
そして彼のエッセイ集「人生の真理・夏 〜眩しい水着〜」が発売された。
あっさりランキング1位になった。
……なんで?
千賀は手元に届いたサンプルをめくってみるが、これがなぜ売れたのかよく分からない。
「彼女のバストにおける半球と、太陽の自転が共鳴する件について」「食い込んだ布の面積と陽射しの熱量が眩しく運動する」とかしれっと書いてるけど、この人は一体なにを言ってるのだろうか? 編集部の人は誰も止めなかったんだろうか?
というかこの人、人の身体どういう目で見てんの?
エッセイっていうジャンルって、本当にこんなんでいいの?
セクシーな水着姿の写真に謎の日本語が羅列されてるだけなんですけど?
そもそも。なんでこの人の本って売れてるの?
無事に〆切に間に合わせたという安心感はありつつも、今後のことを考えると、千賀は頭を抱えるしかなかった。
しかし、鶴野の「真理は、もっと深いところにあるんだよ」という言葉を思い出す。
彼の原稿には、あの夏の海とふざけた会話の中に隠された、誰にも気づかれない真理が確かに書かれているのだろう。
それから千賀は、考えるのをやめて鶴野の本をめくりながら、書かれた言葉をメモに残すことにした。
例えば、共鳴や運動という単語には物理学の真理が示唆されているのかもしれない。
これは、真理ではないのかもしれない。
でも、彼の本がなぜ売れるのか、それを理解することは有益なマネジメントに繋がることだけは、間違いない。
もしかして、あの変態エッセイストの隣にいることは、ある種の特権なのではないかと千賀は思い始めていたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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