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短編67「あなたを読ませて」

あらすじ
自分の作品が誰かの批判の対象になることを恐れ、書くことに気が進まない範久。そんな彼に、文学を心から愛する舞衣は無邪気に「読ませて」と語りかけて……。

 僕は、自分の作品を誰かに見せることが素直に怖い。
 ニュースサイトやSNSでは、毎日飽きもせず、誤解を原因とした口論や正義感を振りかざす炎上が繰り広げられている。
 そんなことに巻き込まれるのは、想像するだけで怖いと思っていた。

 もし僕が、もし僕が公開した作品が、その非難の対象になったらと思うと手が止まってしまう。
 それが、表現者として越えなければいけないことだと頭では理解している。
 でも、手は動かない。いまの僕には、それを越えられる強さがない。

 お昼休み。僕は弁当を食べていると、隣の席に座る末武 舞衣すえたけ まいが、声をかけてきた。
「昨日ね、大好きな先生の新刊の発売日で!」
 彼女は嬉しそうに、ハードカバーの単行本を取り出すと、見せびらかすように僕に見せつける。
 名前しか知らない作家さんなので僕は対応に困る。とはいえ無下にするつもりもないので、素直に『良かったね』と答えた。
「そうなの! 先生の作品、やっぱ感動的なの! 読んでて心が震えちゃった」
 舞衣の言葉に僕は微笑み返す。詳しくは分からないけど、彼女の文学に対する愛情は本物なのだなと、いつも思っていた。

範久のりひさって、文学部なんでしょ? 最近は作品、書いてないの?」
 不意に言われて、僕は回答に困る。
「そ、そうだね。最後に部誌に書いたの、いつだったっけ……」
 曖昧にそう返した。でも、舞衣は僕を逃してはくれない。
「また書いてよ! 前に書いてたやつ、面白かったよ。『世界から争いを無くす方法』ってやつ。ケンカの原因になる感情を全て飲み込む掃除機って発想、私は好きだな」

 僕は言葉を返せなくなる。頬が赤く火照っているのだろうなという、自覚はあった。
「いや……あれは、僕がただ争いが嫌いで。思ったままに書いたんだ」
 僕は素直に困って、言葉を返す。舞衣はそれに、満足そうに笑った。
「範久の話、また読みたい。空いてる時間に書かないの?」
 彼女の無邪気な感情は、時々心に痛い。そう言ってくれることはもちろん嬉しいのだが、いまの僕は投げられた言葉を正面から受け取れなかったのだ。

「その、僕……怖いんだ。部誌みたいな限られた場所ならいいんだけど。知らない誰かに向けて発信して、自分の作品が批判されるのが怖いんだ」
 僕は心のうちを素直に言葉にしていた。それに舞衣は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「範久らしい、優しい意見だね」
 そう言って、舞衣は静かに微笑んでいた。その笑顔は、僕の深い気持ちを見抜いているような、そんな笑顔だった。
「範久の意見に共感してくれる人もいれば、反発する人もいる。それでいいじゃん。それでも、範久の信念はなにも変わらないよね?」

 ……驚いてしまった。
 いままでぐずっていた僕の気持ちを、見事なまでに言語化されてしまった。

 その通りだ。僕には信念があるけど、自信がない。
 誰かに届けたいと思いながらも、ネガティブな言葉を受け止められない。発言する自由の代償に、不特定多数からの発言を受け止める義務を負う。僕はそんな風に捉えていたのだ。

「じゃあ、私が最初の前向きな批評を返してあげる。範久の作品を正面から受け止めてあげる。だから……ね?」
 舞衣は笑顔で続けた。どこか楽しそうに、ワクワクした気持ちを表情にして。

「ネットじゃなく、私のために書いて。そして読ませて」

 僕は、言葉を失ってしまった、息を呑んで舞衣を見上げると、彼女は満足そうな顔で僕を見ている。そこには、批判への恐怖を乗り越えさせるような、強い光があった。
「そ、そこまで言われたら……」
 僕は勢いに乗せられて、曖昧な承認を返す。
 それに舞衣は、優しく微笑んだ。

 正直、どうしたらいいか分からない。
 家に帰ってすぐ、スマートフォンのテキストアプリを立ち上げる。

 ……どう書き出すべきか、そこで詰まる。
 これから僕が書く文章は、ただ、舞衣に向けたものだ。
 それ以上でも、それ以下でもない。ただ1人のために文章を書くのだ。
 ならば……描きはじめは、これしかない。

『君に伝えたいことがあります』

 そう、素直に書き始めた。
 なにを伝えるかは、まだ決めていない。

 でも、僕が伝えたいことは、きっとたくさんあるはず。
 そんなことを考えながら、届くことを祈りながら。

 ネットの喧騒から離れた、ただ一人の読者に向けて。
 僕は言葉を紡ぎ始めていた。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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