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短編68「桜のまにまに」 本のかみさまはミステリに揺蕩う#2

登場人物紹介(最新話を元に構成・更新しています。そのため本編のネタバレとなる場合がございますので、閲覧にはご注意ください)

あらすじ
古本屋チェーン店『ねこのおまもり』の店長の息子、真人まさとは通称『本のかみさま』の喋る猫・リンと、穏やかな毎日を過ごしていた。ある日、桜吹雪の中で出会ったのは――。

「桜だ」
 僕は誰に言うまでもなく、呟いた。店の外に見える景色には、桜の花びらが舞っていた。
 山上 真人やまがみ まことは古本屋チェーン『ねこのおまもり』の本店で、カウンターに座りながら店の外を眺めている。そこへ、ボンベイの黒猫がカウンターの上をとことこ歩いてやってきた。
「? 真人、外を眺めてどうしたの?」
「あ、リン。……いや、桜が散る風景って、つい見つめてしまうんだ」
 それにリンは「へえ」と、あまり興味のなさそうな言葉を返す。
「桜が散る光景に思いを馳せるのは、日本人の特徴だって聞いたことあるわね」
「うん、そうかもしれない。僕もあまりよく分かっていないけれどね」

 柔らかな風に、ひらひらと桜の花びらが舞っている。
 僕はそれに惹きつけられたように、ただ外を見つめていた。
「……真人、散歩行こうか。近くの公園なら、桜吹雪がもっと綺麗に見えるかも」
 不意にリンが提案してくれた。僕はそれに頷いてから、店を出た。

 桜並木を歩いてしばらく進む。遠くに公園が見え始めたとき、不意にリンが、
「あれ?」
 と、不思議そうな声をあげた。僕は彼女の見ている先に視線を向ける。

 桜の下に立つ和装の少女。身長は130センチぐらいだろうか、8歳ぐらいに見える。
 着物は桜柄で、舞い散る花びらに溶けていくように見える。風もないのに袂がゆらゆらと僅かに揺れていた。その幻想的な光景に、僕は思わず魅入ってしまう。
「真人、あの子に声をかけてみて」
「え? どうして?」
 リンは僕の疑問には答えず、すたすたと少女に向かっていき、足元で「にゃーん」と鳴いた。
 鳴き声に少女は気づいて、しゃがんでリンに向き合う。
「猫ちゃん! どうしたの? おさんぽ中?」
「にゃー」
 猫なで声で鳴くリンに追いつき、僕は少女に頭を下げた。
「こんにちは。この猫は、うちの子なんです」
 彼女は「あら」と言って、微笑んだ。どこか古風で不思議な少女だな、と僕は感じる。わずかに冷たい風が頬を撫でていった。

「桜吹雪を見ていたんですか?」
 僕の質問に、彼女は少し驚いた顔をしてから、視線を落とす。それから数秒、沈黙が流れた。
「いえ、ぼんやりしていただけ……ちょっと、悩み事です」
 年齢の割に大人びている受け答えだと僕は思う。少女と言うには子ども特有の無邪気さが見えないと言うか、落ち着きがありすぎるような、そんな印象を受けていた。
「最近、人につきまとわれていて、困ってるんです」
「えっ……?」
 予想外の言葉に、僕は思わず固まってしまった。
 彼女はおずおずと手を上げて、10メートルほど離れた民家隣りにある小さな私道を促す。
 そこには、建物に隠れた人影がある。建物の影であまりよく見えないが、高齢の男性らしい。まるで飢えた獣のように、背筋が凍るような視線で少女の一挙一動を見つめていた。

「……! け、警察に連絡しよう」
「真人。今日はこれぐらいにしておいて」
 慌てふためく僕に、リンは肩に乗って耳元で予想外の言葉を言う。それからリンは、少女に背を向けて歩き始めてしまった。
「??? ……あ、ごめんなさい。僕たちは、これで」
 リンと少女を何度か見比べてから、僕は慌ててリンを追いかけた。
 その光景を少女はただ見ていた。その目つきは少しだけ、悲しく見えた。

 少しだけもやもやとした気持ちで翌日を迎える。
 ……昨日の少女は、現実だったのだろうか。

「真人。散歩と、ひと仕事しに行くよ」
 店に行くと、リンがいきなり言い出した。僕はわけも分からず、リンの後をついていく。
 まったく、猫というものはなにを考えているのか分からない。

 昨日と同じ桜並木を歩く。そこには昨日と同じように、少女が立っていた。
「こんにちは」
「……あら、こんにちは。昨日ぶりですね」
 言って少女は微笑みを返す。また冷たい風が頬を撫でていった。
「その、僕は真人と言います。あなたのお名前は?」
未華みかと申します。未だ華いまだはなで、みか、と読みます」
「へえ、いい名前ですね」
 それに彼女は照れくさく笑った。

 民家の影には、昨日と同じ人影が見える。相変わらずなにをするまでもなく、ただ未華を見つめていた。
「真人」
 リンが僕の肩に乗って、耳打ちする。
「未華には内緒で、尾行するよ」
「……はいはい」
 どうせそんなことだろうと思っていた僕は、ため息をつきながらぞんざいに答えた。

 しばらくして人影が奥へと消えた。未華と話していた僕の後頭部に、リンの軽い猫パンチが入れられる。
「あ、えっと、もう行かなくちゃ。未華さん、またね」
 僕が言うのに彼女は少し悲しい顔をしていたが、すぐにいつもの微笑みに戻る。
 それに手を振りながら、僕は走り出していたリンの後を追いかけた。

 リンは日陰と日陰の間を縫うように、高齢男性の後を追いかけていく。足音を立てずに付かず離れずの距離を保ちながらどんどん進んでいく。僕はそっとその後ろをついて行った。
 100メートルほど進んだだろうか、高齢男性はひとつの民家へと入っていった。だいぶ古びた一軒家で、歴史を感じさせる木造住宅。
「ねえ、リン。一体どういうこと……?」
「……」
 リンは僕の言葉には答えず、黄色い瞳を民家に向けたままだ。一体なにを考えているのだろうか?
「〜〜〜」
 しばらくして、一軒家の中からわずかに読経の声が聞こえた。風に乗って途切れ途切れに聞こえてくる、古の祈りの言葉。
 僕とリンはしばらく、その声を聞き続けていた。

「真人。そろそろ行こうか」
 カウンターに寝転がって肉球で器用に本のページをめくるリンは、僕の方に振り返ってから、いきなり切り出した。
「え……?」
「未華のとこだよ」
 そう言ってリンはカウンターから飛び降りると、入口に向かってすたすたと歩き出した。
 僕は戸惑いながらも、気まぐれな猫の後ろをついて行く。

 いつも通り、未華はそこに立っていた。桜吹雪に溶け込むように。
「こんにちは」
「あら、真人さん」
 声に気づいた彼女が、微笑みを返す。冷たい風が吹く。
 それから建物の影を見ると、やはり高齢男性はそこに隠れている。手には数珠を持って、小声で読経をしているようだった。

 ……一体、どういうことなんだろう?

 なぜあの高齢男性は未華につきまとっているのか。
 なにかをするわけでもなく、ただ遠くから見つめているだけ。見守っているだけ。
 その意図は、僕には分からない。

 しばらくして高齢男性が去っていく。
「真人、彼の家に行って話をしよう」
 リンは僕の肩に飛び乗り、軽い猫パンチ。
「未華さん、それじゃあまた」
 僕はリンの後を追いかけて、高齢男性の自宅へ向かう。
 家の前に立つと、中からはやはり読経が聞こえる。表札には落合おちあいと書かれていた。
 リンは僕の肩に飛び乗ると、器用にインターホンを押した。

 ガラガラと音を立ててドアが開くと、高齢男性が立っていた。どこか怯えたような表情で、緊張感が彼を無愛想に見せていた。
「突然すみません。――あの桜並木に立っている少女のことで、落合さんに話を聞かせて欲しくて」
 男性は明らかにぎょっとした顔をした。それから頭を左右に軽く振って、それから、
「あなたにも、見えているのですか?」
 と、驚きを隠しもせず、そう言った。

 僕とリンは座敷に通してもらい、仏壇の前に座る。
 そこには、未華の写真が置かれていた。

「あの子は、私の孫によく似ている。10年前、病で亡くした孫娘に瓜二つだ」
 僕は思わず、えっ、と声を漏らした。リンは前足をグルーミングしていたが、一瞬止めて視線を男性に移した。
「噂で話を聞いて見に行ったところ、未華によく似ていて……それで、確かめるために毎日見に行っていました。見れば見るほど、そっくりで……でも、私のことは覚えていないようで……」
 彼はそこまで言うと、こぼれる涙をそのままに、うなだれてしまう。
「そうだったんですね……」
 僕はそれだけしか言えなくなっていた。

 僕たちは落合家を出て、未華の元へ向かう。
「未華さん、お話があります」
「はい……?」
 未華は不思議そうな顔をこちらを見上げる。その瞳はガラス玉のように純粋で、色のない輝きを放っていた。
「あの、あなたは、もう……」
 僕はそれだけなんとか絞り出した。それに未華は驚きもせず、ただ視線を落とす。
「……そうだろうとは、思っていました」
 未華は手を伸ばして、僕の手を掴もうとする。だけどそれは叶わず、彼女の手は僕の腕をすり抜け、ただ冷たい空気を撫でるだけだった。
「私にはもう、帰るところがないんです。生きていたときの記憶も曖昧で、どこに行ったらいいのか分からないんです」

「――ねえ、未華。うち来たら?」
 リンが口を開いた。
「え……?」
 未華は呆けたような顔になる。衝撃の事実を告げられた直後に、猫が喋ったので当然の反応だろう。
 彼女が表情らしきものを初めて見せた。
「うちなら、本が暖炉のようにあなたを温めてくれる。あと、昼寝とおやつもある」
 場の動きが止まる。僕はなんと言っていいか分からなかった。
 未華も困ったような顔を見せたが、しばらくたってから、微笑んでみせた。
「……面白い場所ですね。どうせ行くところなんてないし、行っていいなら行きます」
 言ってから彼女は笑顔になる。いままでのどこか冷たい微笑みは、いつしか年相応の無邪気な笑顔になっていた。

「おかえり」
 店に戻ると、お父さんがカウンターの中から迎えてくれた。僕の隣に未華が立っているのに明らかに気づいているけれど、特になにも言わない。
 ただ一言「仲良くするんだぞ」とだけ言った。

 それからしばらく経って。未華はねこのおまもりに馴染み始めていた。
 カウンターの上ではリンが寝転び、絵本を未華に読み聞かせている。
「ねえ、それから? それから?」
 嬉しそうな未華は、リンに次のページを催促する。
「はいはい、次はね――」
 リンは肉球でページをめくる。

「こんにちは」
 落合さんが店内に入ってくる。
 未華がうちにいること、ただし記憶がないことを説明して、時々会いにくることを話し合いで決めていた。
「お嬢ちゃん、こんな本は好きかい?」
 彼はカバンから真新しい絵本を取り出して、未華に見せる。
 それに彼女は瞳を輝かせていた。

 不思議な出来事だけど、そんな日常。
 リンと未華が楽しそうなのを見つめながら、僕もつられて笑顔になっていた。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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